1-4 ナゾナ・ゾロアスター旧校舎四階にいた!
怪しげな暖簾がかかっている。どこにかかっているかというと、すぐそこ、廊下の突き当りにである。
今までスルーしてたけど、おかしいよな。廊下の突き当りに暖簾かけてるなんておかしいよな。
暖簾の前までやってきた。二股に分かれて揺れる青地の暖簾には、大きなハテナマークが描かれている。よく見れば、その奥に人の脚が見えている。
「あのー、すみませーん。やってますかー?」
暖簾の前で俺は呼びかけた。暖簾からの返答は個性的で、なんなら変態的ですらあった。
「やや、この声この匂い、もしやお主の正体は、洲屋の浮世に現るる、親子に扮する大盗賊、その片割れの男の方、洲屋忍者トキマス殿でござるか」
やっぱりいたよ。ゾロアスターだよ。勧誘会の時と全く同じ調子だよ。コイツ廊下の突き当りに暖簾かけて部室にしてやがるよ。
……くっ、池谷には九十九パーセントカッコよくないと言われたが、こうも堂々とやられると、俺も七五調で合わせざるをえん。
「むむ、そういう貴殿の変わらぬ調子、忍者のオイラが知るところ、貴殿は昨日の謎仮面、ゾロアスターにて違いなし。して、何故貴殿が、オイラの正体を知っているのか、非常に気になるところ、まずはその委細、詳しくお聞かせ願いたい」
俺は全力で返した。すると暖簾の奥からは、何の迷いもない早口のオタク調が返って来た。
「いやなに細かいことはさておいて、袖振り合うも他生の縁というしー、どうかなここは一つ、先日の縁が今日に続いたお祝いもこめて、再開の挨拶をしてみるというのも悪くはない選択肢だと思うのだがー」
「さ、再開の挨拶?」
「お約束の奴だよ」
え、え? なになに、再開にお約束の挨拶なんてある? 知らない知らない俺知らない。
と考えているうちに、ひょこっと暖簾からあの黒仮面が出でてきた。
「はい、せーの」
黒仮面が強引に声を合わせようとするので、俺はとりあえずミトシ先生直伝の挨拶をチョイスしてみる。
「「これはしたり~」」
……見事にハモッた。このマニアックな再開の挨拶で正解だった。
変態すぎるだろゾロアスター。何者なんだよ一体。てゆうか、なんで俺はこの謎テンションについていけるんだよ。
「ゾロアスター、お前は池谷葉月だろう。絶対に」
その黒い舞踏の仮面を睨んで言った。俺を洲屋忍者と知り、ここまで俺を翻弄させるのは、池谷以外にありえないと思った。
「否否。一年が噂の美少女、君の相棒も務めたる池谷葉月と、この我ナゾナ・ゾロアスター、これら全くの別人。キミの予想は外れたり」
言いながら、仮面はいそいそと暖簾の中に戻っていき、また元と同じように脚だけを俺に見せる。
俺はコヤツの正体を暴くため更なる追撃をかけた。
「昨日は俺の前でパンツを濡らしていたよなぁ、池谷?」
暖簾からは慌てたような早口が返ってくる。
「え、ええ? き、君と池谷氏はそういう関係なのか。まあ君も美男だしなー、私もお近づきになれてちょっと嬉しく思ってるくらいだしー。いやしかし、いくら美男とはいえ、恋人との色事情をやすやすと口にしては、池谷氏も悲しむだろう。そんな男は美男とは言えないし、どうかなここは一つ、袖振り合うも他生の縁の言うがー、そこまで親密な縁でもないし、私も聞かなかったことにするからー、ソレは君と池谷氏だけの秘密にしておくのがいいと思うのだがー」
……どうでもいいが、この絶滅危惧種みたいなオタク調はマジな喋り方なんだろうか。マジでもネタでも、面白過ぎるだろ。どうかなここは一つじゃねえんだよ、なんだよ袖振り合うも他生の縁って、そう乱発する言葉じゃねえだろ。
俺の笑いのツボがひくひくと反応しているが、笑ったら負けなような気がして、感情は表に出さない。俺はまだゾロアスターの正体が池谷であることを疑っている。笑った瞬間にゾロアスターが変装を解いて「デデーン。先輩アウトー」などと言い出したら一生モノの敗北だ。
なので俺はまだ疑う。
「一目惚れ 二人で見上げた 星空で キミは初めて ボクに恋する」
「い、いきなりなんだね?」
「昨日池谷が俺の前で詠んだ句だ。パンツを濡らしてると思わないか」
「やや、そういう事情であったか。それは確かにパンツを濡らしている。センスの欠片も感じないし、オナニー覚えたての中学生が詠んだかと思うほど絶望的な句だ。しかし、池谷氏が本当にその句を詠んだと言うのであれば、このゾロアスター、ますます池谷葉月とは似ても似つかぬ存在であろう。私もそれなりにセンスはある方だと自負している」
むむむ、この反応。本当に池谷ではないな。池谷は人の声真似や変装がずば抜けて上手いから、ゾロアスターに化けて俺をからかっていると思ったが、本当に違うっぽい。
……そ、それにしても、ゾロアスターさんも結構毒舌だよね。確かに、池谷さんは恋愛を詠ませればゴミクズセンスを発揮するけど、荒事の前の啖呵切りとかはべらぼうに上手いんだよ? ほんと柄にもなく、恋愛事になるとすぐキミとかボクとか言いたがるから。
「さて、話を戻すと時舛殿、君が我がクラブに入部したいという話であったが、うむ。許可しよう、入り給え」
「またれいまたれい。俺はマントを返しに来ただけだ。入部したいわけじゃない」
「あ、そうだったのか。ありがとう。おかげで昨日の勧誘会はあのまま逃げ切れた」
暖簾の隙間から腕が伸びてくる。俺はマントを手渡すと、このまま翻弄されっぱなしというのは癪なので、ここらでちょっと仕返し。ゾロアスターの口調を真似して言ってやる。
「いやしかし、そのついでと言ってはなんだがー、先日君からもらった紙飛行機、その紙面に書いてある、たしか正解者ゼロの世紀の良問であったかー、どうかなここは一つ、袖振り合うも他生の縁と言うしー、この俺がその世紀の良問に、答えてみてもいいと思うのだがー」
「……ほう、それは私の真似かい? 洲屋忍者の時舛殿」
ふっふっふ、効いてる効いてる。
「言っておくが私は親しみやすさとキャラづくりのために、こういうわざとらしい口調になっているのであって、本気を出せば一発で君を黙らせる短歌も詠めるし、それに私はハイブリッドだから洋魂の喋りもいける口だぞ」
「くくく。どこでオイラの正体を、見たか聞いたか知らないが、洲屋の忍びの一族を、あまり舐めない方がよい。どうかなここは一つ、今度一緒に俺と洲屋忍カルタでもするか? 俺と短歌を詠みあえば、如何に洋風話せども、その仮面外さずにはいられまい。顔が火照り熱くて喋れぬだろうからな」
「そうだなここは一つ、袖振り合うも他生の縁と言うし、今度そのカルタやろう」
ホント好きだな、そのフレーズ。一緒に話してると絶対に移るわ。
さあ、お遊びはこの辺にしておいて、さらっとなぞなぞの答えを言って帰ろう。
「答えは――」
「ちょっと待った。ちなみに間違いだったら入部してもらうから。はい誓約書、間違いだったら入部しますって一筆頂きます」
暖簾の中からにょきっと細腕。手に持ってるのは紙とペン。
「え、え?」
「まず誓約書に名前書く! その後で答え言う!」
「は、はいぃ!」
し、しまった! 勢いに乗せられて名前を書いてしまったぞ!
「おほん、では改めて二年一組、学校ではそこそこのイケメンとして有名な紋代時舛君。苗字と名前の組み合わせが放つ奇蹟的な面白さ故、みんなからは時舛と名前で呼ばれて慕われているそうだが、私もそれに倣って時舛君と呼ぶことにしよう。では、時舛君、答えをどうぞ」
「え、ちょま、ちょまって。間違ったら、入部決定なの?」
「当然なり。そっちは間違うつもりはないのだろう?」
「う、うん。そうだけど」
「ならはい、答えどうぞ」
なんだかゾロアスターの自信が怖い。でも俺の答えも自信あるし。
俺はとりあえず、謎解きの解説を始めた。
「えーっと、このなぞなぞは、暗号の言葉を変換するとドレミファソラシドの順番になる。『金曜日のあと』は土曜日の『ド』、『チェック方法にありがち』はレ点チェックの『レ』、『二回繰り返すと耳になる』は単純に『ミ』、『寝起きとかに言う』のは『ファ』、『この一文字を付けると複数人を意味できるぞ』は『ラ』、最後の『日曜の前。は再び『ド』って感じ」」
「ふむそれで?」
「この順で行くと、暗号文の『ソ』と『シ』に当たる部分が〇になっている。つまり〇に入る文字は『ソ』と『シ』で、これを並び替えて言葉にすればいいわけ」
「つまり答えは?」
……並び替えると言っても『ソ』と『シ』の二文字だけなのでパターンは知れている。阻止とか素子とかでもいけるけど、まあ一番オーソドックスなのは。
「紫蘇、かな」
「ファイナルアンサァー?」
妙に色気づいた声の最終チェックだった。暖簾の奥の脚は一段と楽しそうに揺れていた。
オイオイオイ、なんか間違っている気がする! なんかひっかけられている気がする!
「と、言うのがひっかけであってだな! うんうん! これはよくできたひっかけ問題だよなー! さすが世紀の良問なだけはある!」
俺は強引に答えを取り下げることにした。やっぱりゆっくり考え直そうと思った。
がしかし、
「制限時間、残り三十秒」
いきなり始まる入部へのカウントダウン。
「ちょっと待て! 制限時間とか有り!?」
「誓約書にはそう書いてある」
くそ! マズイ! このままでは本当に入部してしまう!
閃け。閃け俺。何か見落としているひっかけがあるはずだ。紫蘇じゃない、紫蘇じゃない何かがあるはずだ。
――ッハ! 暗号文をよく見たら最後に『日曜の前。』のところに『。』ついてる! 問題文は『〇』に当てはまる文字を並び替えろって書いてある! これひっかけ問題にありがちな奴じゃん! 『。』も『〇』に含める奴じゃん!
「残り二十秒」
えーっと、『。』って確か句点だよな。句点、つまり『クテン』ってことだろ。
なら、『ソ』と『シ』、そして『ク』、『テ』、『ン』の五文字を並び替えて出来る言葉が真の正解だから。
「残り十秒」
考えろ! 後は並び替えるだけだ!
ソ、シ、ク、テ、ン。シソクテン、ソクシテン、クシソテン。テンソクシ。
ダメだ! 出てこない! 並び替えるだけなのに!
「残り五秒」
「ヒントくれ! 頼むゾロアスター!」
「えー、まあ、罵倒語かな」
「解った! クソテンシッ! 糞天使だぁぁぁぁ!」
土壇場で出た。俺は人生で初めて糞天使という言葉を叫んでいた。
「…………せいかーい」
「よっし」
素直にガッツポーズである。入部回避の安心もあるけど、単純に正解できて嬉しいぞい。
「おめでとう。君は解いたようだな、ナゾナ・ゾロアスター作の渾身のなぞなぞを」
「はっはっは、解いてしまったよ。しかしどうかなこれで一つ、袖振り合うも他生の縁と言いつつも、俺はこの世紀の良問を解いた史上一人目の正解者ということで――」
「いや、君は史上二人目の正解者だ」
「て、二番手かいっ!」
「うむ。ちなみに一番手は、新入生で金髪ショートカットのヤンキーみたいな美少女だった」
「池谷葉月! ソレ間違いなく俺の後輩!」
「彼女は紙飛行機を拾って開いた瞬間に、答えを言って私に紙飛行機を投げ返した」
「アイツの方が天才主人公! アイツのせいで俺が凡百の男に成り下がってる!」
「正確には――拙者は孤高の洲屋忍者、汚い言葉は言わねえと、誓った手前の元悪人。この謎解きの回答も、普段は口に出来ねえが、春も麗らか小春の日、可笑しな風が言わせただけよ。この答え、糞天使にて違いなし――と言っていた」
「アイツもノリノリで七五調じゃねえかーー! 自分のこと拙者とか言ってんじゃねえかーー!」
俺は叫んでいた。西日差し込むオレンジ色の放課後、旧校舎四階の端っこで一人叫んでいた。
近所迷惑になっただろうかとあたりを見渡したが、こちらを訝しむ影はない。よかった。
「むむ、やはり彼女が池谷葉月であったか。君と違って、本物の忍者という感じがしたよ」
「いや俺も本物だから。俺、アイツの兄弟子だから」
言いながらスマホで時間を確認する。
本当ならもっとゾロアスターと遊んでみたいところだが、残念。闇バイトの時間が近づいている。
そろそろおいとませねばなるまい。
俺は最後に暖簾に向かって問いかけた。
「ゾロアスター、明日もここでやってるのか?」
「ああ。しばらくはここが活動拠点だ。昼休みもやっている」
「ふーん。そうか、頑張れよ」
なら、明日も来てみるかな。俺はそう思って踵を返し、暖簾の前から立ち去った。
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