ミッション3/プロポーズ編⑤

「次のミッションはなんなん?」


 伏見稲荷大社を出たところで、みやびに尋ねられる。千颯ちはやは、芽依めいから受け取ったメモ用紙を開いた。


「えーっと、なになにー…………は?」


 そこに書かれていたのは、拍子抜けする内容だった。


【ミッション3 可愛い妹に甘夏屋の和菓子を献上せよ】


「ってこれ、ただのお土産の要求じゃねーか!」


 思わずメモ用紙を地面に叩きつけた。雅は呆れ顔を浮かべながらも、千颯の落としたメモ用紙を拾う。


「まあ、ええやん。簡単なミッションで助かったわぁ」

「それは、そうだけどさ……」


 簡単なミッションなのは有り難いけど、なんだか腑に落ちない。良いように使われているような気がする。


「千颯くん、うちの家族に会うの久しぶりやない? 10年ぶり?」


 雅から指摘されて、千颯はこのミッションの真の目的に気付く。これは、簡単なミッションではない。千颯にとっては高難易度のミッションだった。


「俺、どの面下げて雅のご家族に会えばいいの? 一度別れて、別の子と付き合って、また付き合い始めてって、印象最悪じゃない?」

「そんなん今更やわぁ。普通にしてたらええから」

「そう言うわけには……」


 本来であれば、もっと早い段階でご挨拶に伺うべきだった。だけどお互い忙しいからと言い訳をして、先延ばしにしていた。結婚を見据えているのであれば、ご家族への挨拶は避けては通れない。


「お嬢さんを僕にくださいとか言うの? うわああ、心の準備がっ!」

「そんなんいらん! ほんまに普通にしててくれればええから。千颯くんと交際してることは、みんな知ってるから」

「知ってるなら余計に、なんでもっと早く挨拶に来ないんだって思われてるんじゃ……」

「考えすぎや。さっさと行くで」


 渋る千颯の手を、雅が掴んでずんずん進んで行く。


「待って、待って、せめて手土産を」

「いらん、いらん。気にせんでええから」

「そうは言ってもさー」


 心の準備ができないまま、千颯は甘夏屋へと連行された。


*・*・*


「本当に来ちゃったよ……」


 年季の入った看板を見上げながら、千颯は慄く。老舗和菓子屋の甘夏屋は、相変わらず立派な店構えだった。


「ほな、行くで」

「う、うん」


 ここまで来たからには、もう情けないことは言っていられない。千颯だってこの10年でそれなりの社交スキルは身につけてきた。大人として恥ずかしくない振る舞いをしようと決意をした。


「ただいまぁ」

「お邪魔します」


 雅に続いて、店に入る。店内は、高校時代に来た時とあまり変わってないように思えた。手前には箱詰めにされたお菓子が並んでいて、奥のショーケースには色とりどりの上生菓子が綺麗に並んでいた。


 ショーケースの奥には、黒髪をお団子にまとめた女性が佇んでいた。目が合うと柔らかく微笑みかけられる。


「雅さん、いらっしゃい。……あら、そちらの方は?」

「藤間千颯くん。いまお付き合いをしている人や」

「そうでしたか。お会いできて光栄です」


 折り目正しくお辞儀をされると恐縮してしまう。


「雅さんとお付き合いさせていただいている藤間千颯です。よろしくお願いします」


 千颯は頭を上げながら、「あの人誰?」と雅に視線で訴える。意図を察した雅は、紹介をしてくれた。


「彼女は宗ちゃんのお嫁さん」

「お嫁さん!? 宗司さん、結婚したんだ!」


 それは初耳だった。和菓子一筋だった宗司さんが結婚していたなんて信じられない。驚いていると、雅が耳元でこそっと補足をした。


「和菓子にしか興味のなかった宗ちゃんが唯一愛した人や。手を出したらシバかれるから気い付けや」

「手なんて出さないよ!」


 即座に否定する千颯を見て、雅はおかしそうに笑った。


「私、女将さんと宗司さんをお呼びしてきますね」


 彼女はそう言い残すと、奥の調理場へと走っていった。


「いよいよか……」

「そんなに身構えなくてもええから」


 雅は軽く考えているようだが、こっちは気が気じゃない。結婚に向けて話を進めるためにも、ここで良い印象を与えておかなければ。


 しばらくすると、雅母と宗司がやって来た。10年経っても雅母は相変わらず美しく、着物がよく似合っていた。10年前はあどけなさを残していた宗司も、今ではすっかり大人の男になっている。


 緊張していたが、二人の顔を見ると懐かしさが込み上げた。


「お久しぶりです。藤間千颯です。突然お邪魔してしまい申し訳ございません」


 笑顔を浮かべながら礼儀正しく挨拶をすると、宗司は「ほう」と感心したように声を漏らした。


「久しぶりやなぁ、千颯くん。えらい大人になってるからびっくりしたわぁ」


 とりあえず門前払いされるような事態にはならず、ホッとする。すると雅母も落ちついた口調で会話に加わった。


「千颯くん、また雅と仲良うしてくれておおきに」


 懐かしむように目を細めながら話す姿を見て、心が軽くなる。雅の言っていた通りだ。過度に気負う必要はなかったのかもしれない。


 真剣な気持ちが伝わるように、千颯は宣言する。


「雅さんとは、結婚を見据えてお付き合いをさせていただいています」


 堂々と宣言する千颯の隣で、雅は「け、結婚!?」と呟きながら、真っ赤になった頬を抑えていた。千颯からすれば、何を今更恥ずかしがっているんだと首を傾げてしまう。


 雅母は納得したように何度か頷いた後、落ちついた声色で言った。


「千颯くんが真剣に雅と交際をしていることは、よう分かりました。日を改めて、一緒に食事でもしましょか。お父さんも呼んで」

「はい、ぜひ」


 笑顔で返事をしたものの、雅のお父さんには会ったことがなかったなぁと今頃になって気付く。どんな人なのかと想像していると、宗司が茶化すように言った。


「千颯くん、気い付けや。雅のお父さんは娘ラブなおっかない人やから」

「え……」

「宗ちゃん! 余計な事いわんといて! 千颯くん、気にせんでええよ。ちょっと気難しい人やけど、悪い人やないから」


 雅はフォローをしてくれているんだけど、余計に身構えてしまう。雅が気難しいというんだからよっぽどだ。もしかしたら、真のラスボスは雅父なのかもしれない。


 千颯が笑顔を作ったまま固まっていると、雅が慌てて話を進める。


「とにかく、今日は顔見せに来ただけやから。あ、あと、凪ちゃんのお土産も買わなっ」


 季節の上生菓子をいくつかチョイスすると、お土産用に包んで持たせてくれた。これで凪からのミッションはクリアだ。


 帰り際、宗司からメモ用紙を手渡される。


「そういえば、凪さんからこれを渡すように言付かった。なんや、面白い事になっとるようやなぁ、千颯くん」

「巻き込んでしまって、すみません……」

「かまへん、かまへん。……そや、千颯くん、ちょっと耳貸しぃ」

「え? はい?」


 言われるがままに耳を貸すと、宗司はにやりと笑いながら言った。


「雅はベタなシチュエーションに弱い。ちょっとカッコつけたくらいがちょうどええよ」


 何をとは言わなかったが、言いたいことは伝わった。思いがけずアドバイスを貰って驚く。呆然としていると、バシンと肩を叩かれた。


「気張りや」


 そう言い残すと、宗司は調理場に戻っていった。千颯は受け取ったメモ用紙を開く。


【白い塔が光輝く時、千年の都を見渡せる場所で、永遠の愛を誓え】


 メッセージの意味は瞬時に分かった。


 いよいよだ。随分遠回りをしてしまったけど、ようやく伝えられる。


「頑張りますね」


 千颯はメモ用紙を握りしめながら、決意を新たにした。

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