ミッション2/プロポーズ編④

 1つ目のミッションをクリアした千颯ちはやみやびは、次の目的地へ向かっていた。


「お兄ちゃんから貰ったメモには、なんて書いてあるん?」

「これだよ」

「【千本の鳥居をくぐった先で、お狐様が待つ】……って、これはお稲荷さんのことやろなぁ」

「だろうね。こんなの名探偵じゃなくても分かる」


 お狐様というのが誰を指すのかは分からないが、場所には心当たりがあった。


 二人がやって来たのは、伏見稲荷大社。ここには千本鳥居と呼ばれる名所がある。凪が指定したのは、恐らくここだろう。


 本殿を通り過ぎて奥に進むと、千本鳥居が見えてきた。朱塗りの鳥居はトンネルのようにずらりと連なっていた。


「これ、本当に千本あるの?」

「千本鳥居にあるのは約800基。稲荷山全体では約1万基あるらしいけどなぁ」

「いちまん……」

「鳥居を通ると願い事が通るをかけて、鳥居を奉納する風習ができたんやって」

「みんながどんどん奉納したから、こんなに増えたってことかー……」


 雅から解説されながら鳥居の下をくぐる。どこまでも続く朱色のトンネルは神秘的で、神様の世界に繋がっているのではないかと思わせた。鳥居の一つ一つに願い事が込められていると聞くと、大きなパワーを感じる。


 立ち止まって鳥居に見入っていると、雅がずんずん先に進んでいることに気付く。千颯は走って追いかけて、雅の手を握った。


「なに、急に?」

「いや、別に」


 突然手を握られたことに驚く雅に、なんでもないように伝える。鳥居をくぐる雅の姿があまりにも美しくて、神様に攫われてしまいそうな気がした。ちゃんと繋ぎとめておきたくて、しっかりと手を握る。


 そんな千颯の心境を知らない雅は、先を急ぐ。


「はよ、行くで」

「うん、そうだね」


*・*・*


 千本鳥居の終わりが見えたところで、不思議な人物が佇んでいることに気付く。白のロングコートに、肩口まで伸びたふわふわとした栗色の髪。顔は狐のお面で隠されていた。どこか浮世離れした存在を目にして、思わず息を飲む


「お狐様?」


 そういえば、凪からのミッションには【お狐様が待つ】と書かれていた。まさかアレがそうなのか?


 狐のお面を被った人物はこちらに気付くと、遠慮がちに手を振る。


「俺達に手を振ってるのかな?」


 周囲には千颯たちの他に誰もいない。戸惑いながら隣に視線を送ると、雅は驚いたように目を丸くしていた。


「あの人、もしかして……」


 そう呟いた直後、雅は何かに憑りつかれたかのように走り出す。突然走り出した雅を見て、狐のお面を被った人物はあたふたし始めた。


 千本鳥居をくぐり抜けてから、雅は狐のお面をまじまじと凝視する。


芽依めいちゃん?」


 懐かしい名前を呼ぶと、目の前の人物はお面を外した。


「正解です」


 そこには穏やかに微笑む芽依がいた。10年ぶりに見た芽依は、かつての可愛らしさを残しつつ、上品な大人の女性へと成長していた。芽依の姿を見て、雅は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「芽依ちゃん! 久しぶりやなぁ。10年ぶりくらい?」

「ですね! またお会いできて嬉しいです」


 二人は手を取り合って再会を喜んでいた。遅れてやって来た千颯も、懐かしさが込み上げてくる。


「芽依ちゃん! 久しぶり! どうしてこんな所に!?」


 驚く千颯を見て、芽依は目を細めながら微笑む。


「お兄さんもお久しぶりです。今日は凪ちゃんに頼まれて、ここでお二人をお待ちしていました」


 再会に喜んでいたのも束の間、千颯は申しわけなさに支配される。


「ごめんね、芽依ちゃん。おかしなことに巻き込んで。……っていうか、わざわざ京都まで来てくれたの」

「はいっ」


 ちょっと困ったように眉を下げつつも、元気よく返事をする芽依。再び申し訳なさで押しつぶされそうになった。


「本当にごめん……。良いんだよ、凪の頼みなんて断っても」

「断れなかったから来ているわけではありませんよ。私もお二人の門出に協力したかったんです」


 にっこり微笑む芽依は、天使のようだった。思わず見惚れていると、雅に脇腹を肘で突かれる。違うよ、と訂正しようとしたところで、芽依がポケットからメモ用紙を取り出した。


「では、お二人にミッションを発表しますね」

「ああ、芽依ちゃんもソレやるんだね」


 呆れ顔を浮かべつつも、二人はミッションに耳を傾けた。


「ミッション2 相手に直してほしい所を伝えよ」


 先ほどとは正反対のミッションを告げられる。


「直してほしいところかぁ……。なんだろう? パッと思い浮かばないなぁ」


 雅にしてほしいことはあるけど、直してほしい所はすぐには思い浮かばない。


「ひとつくらいあるやろ。うちだってあかんとこ沢山あるし」

「そういう雅は? 俺に直してほしい所ある?」

「ある」

「え……。どこ? 教えて?」


 即座に肯定されてちょっと焦る。縋るように尋ねると、雅は拗ねたような口調で言った。


「綺麗な人にすぐに目移りするとこ」


 思いのほか可愛い発言で驚いた。


「それは、嫉妬しちゃうから?」


 何気なく尋ねると、雅は真っ赤になりながらこちらを睨みつけた。


「そうやない! 周りに迷惑がかかるからや。変に誤解させたら相手の子が可哀そうやん」


 必死に弁解しようとしているのが余計に可愛い。


「分かったよ。これからは雅だけを見ているから」


 にやけ顔を隠せないまま約束をすると、雅はぷいっとそっぽを向く。


「……分かればええ」


 そんな二人のやりとりを眺めながら、芽依はほっこりと微笑む。


「仲良しですねぇ。見ていて和みます」


 声をかけられたところで、芽依に一部始終を見られていたことに気付く。


「ごめん。変な所を見せちゃって」

「いえいえ、幸せのおすそ分けをしてもらいました」


 なんだか気まずい。芽依はまるで気にしていないようだけど。


「次はお兄さんの番ですよ。雅さんに直してほしいところはありますか?」

「雅に直してほしいところか……」


 正直、雅と過ごしている中でストレスに感じることは滅多にない。これといった欠点は見当たらなかった。


 何かあるかと頭を悩ませていると、ひとつ思いついた。これは直してほしい所というより、してほしいことに近いけど。


「もうちょっと、素直に愛情表現してほしいかな?」


 雅から注目されていることに気付きつつも伝える。


「雅が恥ずかしがり屋なのは分かってるけどさ、せっかく恋人になったんだから言葉と態度で気持ちを伝えてほしい、かな」


 改めて口にすると恥ずかしい。雅も恥ずかしそうに視線を泳がせた。


「そんなん言われても、困るわぁ……」


 気まずい空気が流れる中、芽依が二人の間を取り成す。


「それは大事なことですね。愛情も感謝も言葉にしなければ伝わりませんよ。言わなくても分かってもらえるなんて考えるのは傲慢です」


 きっぱりと言い切る芽依に、雅はちょっと怖気づく。「確かにそうやけど……」と口ごもっていた。


「雅さんがお兄さんを大好きな気持ちを、ちゃんと伝えてあげてください」


 芽依がもう一押しすると、雅は蚊の鳴くような声で言った。


「善処します……」


 その言葉で嬉しさが込み上げてくる。


「うん! 約束だよ! 忘れんなよ!」


 子どものようにはしゃぐ千颯と、恥ずかしそうに頬を赤らめる雅の間で、芽依がパチパチと手を叩く。


「おめでとうございます。ミッションクリアです」


 そういえばこれは凪からのミッションだった……と当初の目的を思い出す。ミッションをクリアしたところで、芽依はメモ用紙を千颯に手渡した。


「こちらが次のミッションです。お二人とも、最後まで頑張ってくださいね」

「ありがとう。というか、こんなことに巻き込んで本当にごめん」

「良いんです。仲良しなお二人の姿を見られて、こっちまであったかい気持ちになりました」


 嫌な顔ひとつせず協力してくれた芽依を見て、本当にいい子なんだぁと実感した。


「では、私はこれで。お二人とも、末永くお幸せに」


 ぺこっと小さくお辞儀をしてから、芽依は千本鳥居をくぐっていく。


「ほななぁ、芽依ちゃん」


 雅が手を振りながら声をかけると、芽依はくるりと振り返った。


「お二人の結婚式、楽しみにしてますね。私の結婚式にもご招待しますから」


 愛らしくにっこり笑ってから、芽依は朱色のトンネルの中に消えていく。二人は千本鳥居をぼんやりと眺めていた。


「芽依ちゃん、私の結婚式にもって言ってたね。もうじき結婚するのかな?」

「きっとそうやわぁ。あんなに可愛い人、ほっとかれへんよ」

「そうだよね」


 千颯は穏やかに目を細める。高校時代は芽依の気持ちに応えてあげられないことを申し訳なく思っていたけど、ちゃんと前に進んで幸せを掴んでいるようで安心した。


「やっぱり強いね、芽依ちゃんは」

「ほんまやなぁ」

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