プロポーズ大作戦/プロポーズ編①

「女性ってさ、どんなプロポーズにときめくんだろう?」

「どしたの、急に?」


 神妙な面持ちで尋ねる千颯ちはやを見て、なぎは眉を顰める。凪の娘、果帆かほも真ん丸な瞳で千颯を見つめていた。


「いやさ、みやびにプロポーズしようと思うんだけど、どんなシチュエーションだったら喜んでもらえるのかなって」

「ガチな相談じゃん」

「ガチな相談だよ」


 凪は果帆の顔を覗き込みながら「そういうこと妹に相談するかなー?」と、わざとらしく話しかけた。


 温泉旅行をきっかけに正式に交際を始めた千颯と雅。それから3カ月が経過した12月の上旬、そろそろプロポーズをしようと計画していた。


 温泉旅行の一件で、雅から「責任を取ってほしい」と言われたから、結婚の意思があることは確認済みだ。


 だけど油断は禁物。プロポーズの仕方を間違えたら、蛙化されてしまう危険性がある。ようやく交際まで漕ぎつけたのに、こんな所でフラれるなんて絶対に避けたい。


 そんな中、妹の凪と、姪っ子の果帆がアパートに訪れた。これは相談をする絶好のチャンスだ。


 久々に会った凪は、長かった黒髪をバッサリ切って、肩の位置で切り揃えていた。最初見たときは驚いたが、凪は「この方が楽だからー」とあっけらかんと笑った。


 姪っ子の果帆は、首が座って新生児から乳児へと成長していた。まだ動き回ることはないが、初めて訪れた場所に興味津々だった。


 妹と姪っ子がやって来たタイミングで、千颯は何気なくプロポーズの話題を出す。女性からの意見は参考になると踏んでいたからだ。


「俺、過去に二回、プロポーズに失敗してるんだけどさ」

「それはヤバい」

「だろ? だから流石にもう失敗したくないんだ」


 一回目はかつて付き合っていた彼女に対して。結婚しようと言ったら、あっさり断られてその日のうちに別れを切り出された。


 二回目は雅と再会した時だ。想いの丈をぶつけたが、再会して早々に結婚はないと断られた。


 だから、次が三回目。三度目の正直という言葉もあるくらいだから、今度こそ成功させたい。


「実は、これは準備したんだ」


 千颯はテレビボードの下から紺色の小箱を取り出す。


「え? もしかして婚約指輪?」

「惜しい。まだ指輪じゃないんだ」


 蓋をパカッと開けると、煌びやかなダイヤモンドが一粒現れた。


「指輪になる前の宝石?」

「うん。ダイヤモンドルースって言うんだって。プロポーズでは石だけの状態で渡して、後で指輪に加工するんだ」


 説明をすると、凪は「ほほう」と腕組みをした。


「悪くない選択だね。これなら雅さんの好みのデザインに加工できるし、千颯が指輪の号数を間違える心配もない。そしてサプライズとしても成立する」

「我ながら、良いアイデアでしょ?」

「やるじゃん、千颯」


 凪が拍手をすると、膝の上で大人しく座っていた果帆も真似して手を叩いた。女子二人からの賛同を得たところで、まずは一安心。


「だけどさ、肝心の渡し方で悩んでて……」

「確かにシチュエーションは大事だよね。寒いプロポーズをしたらドン引きされそう」

「それはマズい」


 やっぱりシチュエーションは重要だ。ここでミスしたら、好感度を激減させてしまう。


 せっかくなら思い出に残るようなシチュエーションがいい。千颯は映画やドラマの知識を頼りに、プロポーズのシチュエーションを挙げていく。


「フラッシュモブとかどうだろう。みんなで一斉に踊り出すやつ」


 何気なく口にすると、凪から「ないない」と即座に反対された。


「雅さん、そういう派手な演出は好まなそう」

「確かに……」


 ダンスをする集団の中で、苦笑いを浮かべる雅の姿が目に浮かんだ。駄目だ。フラッシュモブはナシだ。


「夜景の見えるレストランでプロポーズするのは? ケーキに指輪を仕込んでおくとか」


 ケーキを食べたら中から指輪が!? なんてシチュエーションは見たことがある。


「夜景の見えるレストランってところまではいいけど、ケーキに仕込むのはどうだろう? ダイヤモンドルースだと、そのまま飲み込んじゃいそう」


 ダイヤモンドルースもろとも、ケーキを完食してしまう雅の姿が浮かんだ。駄目だ。危険すぎる。


「それならいっそ、部屋で寛いでる時に何気なく渡すのは?」


 二人でまったりテレビを見ている時に、不意にプロポーズをするシチュエーションを思い浮かべてみる。これなら雅の意表を突ける。


「それはやる気なさ過ぎでしょ。プロポーズが雑だと、一生恨まれるよ?」


 それはマズい。この先うん十年、プロポーズが雑だったと小言を言われるのは絶対に避けたい。


「あれも駄目、これも駄目って、プロポーズって難しすぎ!」


 千颯が頭を抱えて悶えていると、凪からやれやれと呆れられた。


「そういう凪は、どうやってプロポーズされたの?」

「私?」

「参考までに聞かせて」


 凪はムフフッと得意げに笑った後、口元に人差し指を添えた。


「内緒っ」

「んだよ、ケチ」


 教えてもらえなかった。悪態をついたものの、妹の恋バナを聞くのは気まずいから、それ以上追及するのはやめておいた。


「あー、もう、どうしよう」


 千颯は溜息をつきながら、ローテーブルに突っ伏す。


「さっきの話を聞く限り、千颯のセンスに任せておくのは心配だなぁ」

「それな」

「いやいや、自分で同意したらおしまいでしょ?」


 センスがないことは自覚している。だからこうして相談をしているんだ。


「こうなったら、私が一肌脱いであげるよ」

「は? それってどういう……」


 詳しく訊こうとしたところ、玄関のチャイムが鳴った。


「あ、雅かな?」

「おおっと! 待ってましたぁぁ!」


 凪は即座に立ち上がり、果帆を千颯に託す。そのままピュンッと玄関に向かってダッシュした。


 今日、凪がここに来たのは他でもない。雅に会うためだ。直接会うのは、かれこれ10年ぶりだろう。


 ガシャっと扉が開くと、玄関から賑やかな声が聞こえてきた。


「わあぁーー! 雅さーーーーん!」

「凪ちゃん、久しぶりやなぁ」


 玄関を覗くと、凪が雅に抱きついていた。凪は人懐っこい犬のように擦り寄り、雅は凪の頭を撫でていた。


「本物の雅さんだ! 凄い! 感激!」

「凪ちゃんは相変わらず元気やなぁ。こっちまで元気もらえるわぁ」

「雅さんに会って、余計に元気になりました! っていうか、雅さん、めっちゃ綺麗! 千颯にはもったいなっ!」

「おい、そういうこと言うなよ」


 凪に言われるまでもなく、自分にはもったいない彼女だということは自覚している。


 今日だって、雅は超絶可愛い。いつもはスーツ姿だから、私服姿を見るのはレアだった。


 ベージュのロングコートは、袖にもふもふのファーが付いていて可愛らしい。花柄のピンクのスカートの下には、黒タイツを合わせていた。上品で清楚なスタイルは、千颯の好みのドストライクだ。


 玄関に上がって、コートを脱ぐと身体のラインを拾った白のニットが露わになる。思わず胸元に目がいってしまうのは、もはや不可抗力だ。


 今日も可愛いなぁとしみじみ眺めていると、雅がこちらに視線を向ける。その直後、はわああっと蕩けるように表情を緩ませた。


(え? なにその表情、可愛い過ぎるんですが?)


 突如向けられた笑顔に戸惑っていると、雅は千颯のもとに走ってきた。


「もしかしてこの子、凪ちゃんの娘ちゃん?」

「はい! 娘の果帆です」

「かぁわいいいいいい!」


 雅のお目当ては、千颯が抱っこしていた果帆だった。可愛いと褒められた果帆は、キャッキャと笑っていた。その反応が、さらに雅を蕩けさせる。


 自分に微笑みかけられたわけではないと知り、千颯はちょっとがっかりする。


 だけど、愛おしそうに目を細めながら果帆に笑いかけている雅を見ていると、微笑ましくなった。


「ええなぁ。赤ちゃん。和むわぁ」

「お二人もぜひ」

「馬鹿!」


 余計なことを口走る凪を、光の速さで咎める。雅はカアアアッと赤くなりながら視線を泳がせた。


「あかんて……。うちら、まだ、結婚してへんし……」


 それなら、いますぐ結婚しよう……という言葉は、寸でのところで飲み込んだ。


 プロポーズはするけど、いまじゃない。この流れでのプロポーズは絶対駄目だ。


「もう、さっさと結婚すればいいのに」


 凪の呆れたような言葉には、聞こえないふりをした。


*・*・*


 それからも、凪と雅は仲良く話していた。10年のブランクがあるとは思えない。途切れることなく会話を続ける二人を、千颯はひっそりと見守っていた。


 途中、千颯が「夕飯の買い出しに行ってくるけど」と断りを入れると、「いってらー」っと二人に見送られた。


 そんなガールズトークも18時を過ぎるとお開きになる。


「それじゃあ私はそろそろ帰りますね」

「凪ちゃん、東京に帰るん?」

「いえ、今日はホテルに一泊する予定です」

「そうなんやぁ。明日は京都観光?」

「さあ? それはどうでしょう?」


 フフフッと意味深な発言をする凪。妙な胸騒ぎがするが、深くは追求しなかった。

 凪は果帆を抱っこすると、ひらひらと手を振る。


「では、お二人ともごゆっくり~」


 凪はにやりと不敵な笑みを浮かべてから去っていった。




 騒がしい妹がいなくなったことで、部屋の中が急に静かになる。時計の秒針の音だけが部屋に響いた。


 視線が交わると、雅はわざとらしく逸らす。多分、意識されているんだと思う。


「今日、泊ってく?」


 平静を装いながら尋ねると、雅はこくんと頷いた。


「そのつもりやけど……」


 その頬は、燃え上がりそうなほど赤く染まっていた。

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