好きの根拠が知りたくて/オフィスラブ編③
水野たちと別れてから
スマホを充電しようと取り出したところ、
『今日は東京出張だっけ? もうホテルに着いた?』
心配で連絡してくれたのかもしれない。メッセージが届いたのが22時頃だから、随分待たせてしまった。
『もうホテルにおるで。今日は水野くんたちとご飯に行ってた』
すぐに返事は来ないかもしれないと思っていたが、意外にも即既読になって返事が来た。
『その集まりめっちゃ行きたかった! 二人とも元気そうだった?』
いつもと変わらない明るい返事でホッとする。それからぽちぽちとやりとりを続けた。
『元気やったで。あの二人は相変わらず仲良さそうで微笑ましかったわぁ』
『きっと波長が合うからずっと仲良くしていられるんだろうね』
『波長が合うっていうのはなんか分かるわぁ』
千颯とのやりとりはポンポンと続いていく。そのテンポも心地よかった。
そんな中、感情をかき乱してくるようなメッセージが届いた。
『今日は雅に会えなくて寂しかったけど、LIENで話せてよかった』
さりげなく好意を含む言葉を告げられてドキッとしてしまう。こういうことを平気で言ってくるから困る。
『うちに会えんと寂しいの?』
『そりゃあ寂しいよ。雅に会えた日は馬鹿みたいに嬉しくなるし、会えない日はがっかりする。そうやって一喜一憂しているんだ。って、これじゃあ子供みたいだね』
胸の中がぎゅうぎゅうと締め付けられて、苦しくて仕方がない。千颯の言葉には痛いほど共感できる。こっちだって同じだから。
オフィスで偶然会えれば嬉しくなるし、会えない日はちょっとがっかりする。当たり前のように毎日会える関係じゃないから、会えた時の嬉しさが跳ね上がる。
こんな風に好きな人のことで一喜一憂するのは学生の特権だと思っていたけど、大人になっても変わらないらしい。
とはいえ、そんな気持ちを向こうに知られたら癪だ。
『ほんまに子供やなぁ』
また素っ気ない態度を取ってしまった。千颯の方はもう慣れっこなのか、落ち込む素振りは見せない。
『子供に戻っちゃうくらい、雅のことが好きなんだよ』
しれっと好きと言われて顔が熱くなる。そのまま枕に顔を埋めて悶えた。
大人になってからの千颯は、軽率に好きと言ってくる。もしかしたら高校時代からそうだったのかもしれないけど、そんな一面は知らない。
雅にとって、好きという言葉はもっと重い。それに言えば言うほど軽くなっていくような気がした。だから簡単には言えない。
千颯は一体どういう心境で好きと言っているのだろうか? そもそも自分のどこに惹かれているのか? 好きの根拠がイマイチ分からなかった。
『千颯くんは、うちのどこが好きなん?』
率直に尋ねてみる。するとポンポン続いていたやりとりが途絶えた。
いきなりどこが好きかと訊かれて戸惑っているのか? LIENの向こう側で千颯が考えている姿を想像していた。
スマホの画面が消え、ぼーっとしていると、ようやく千颯からの返事が来た。
『俺はさ、憧れが恋心に変わるタイプなんだよ』
意外な返しで面食らう。憧れと恋心はどちらも好意的な感情だが、好意の種類としては少し異なる。どういう意味なのか詳しく聞いてみたい。
『詳しく聞かせて』
再び返信が途絶える。しばらくすると、普段の短文のやりとりとは違う、長い文章が届いた。
『俺の場合は、あの人みたいになりたいっていう憧れが好きって気持ちに変わるんだ。俺は高校時代、雅に憧れていた。困っている人を助けてあげる優しさとか、本音と建前を上手く使い分けて交渉するコミュ力とか、時々見せる大胆な行動とか。そういう姿を見て、俺も雅みたいになりたいって思った。いままでも、ほんの少しだけ雅の真似をして生きていたんだ。大人になって再会してからは、その憧れがもっと強くなった。高校時代の夢を叶えて活躍している雅を見て、心からカッコいいと思ったんだ。いまの俺も、雅みたいになりたくて足掻いている。そうしているうちにどんどん惹かれていったんだ』
こんな風にはっきり言葉にしてくれるとは思わなかった。まるで目の前で説得されているようにスッと心に入っていく。続けてメッセージが届いた。
『結局俺はさ、好きな人の成分で出来ているんだと思う。好きな人の好きな所をちょっとずつ真似て、いまの自分ができているんだよ。俺はもっと雅の成分で満たされたいし、雅のことも俺の成分で満たしたい。ごめん、何言ってるか分からないよね』
好きな人の成分で出来ている。その感覚はちょっと分かる。こっちだって、ずっと千颯に憧れていたから。
相手の気持ちに寄り添おうとする千颯は、まさしく雅がなりたかった姿だ。千颯のような優しい人間になりたくて、ここまで走ってきた。千颯の言葉を借りるなら、相良雅も藤間千颯の成分で出来ていることになる。
『ちゃんと分かるで』
その言葉だけは素直に伝えられた。
『伝わって良かった』
嬉しそうに尻尾を振る犬のスタンプと共に送られてきた。LIENの向こう側にいる千颯も、この犬のように喜んでいるような気がした。
時計を見るとすでに0時を回っていた。今日のところはこの辺区切りを付けよう。
『もう遅いから寝よか』
『うん、おやすみ雅』
おやすみの挨拶を交わしてスマホを閉じた。眠りにつこうと目を閉じるも、千颯のことばかりが思い浮かぶ。
好きの根拠を教えてくれたのは嬉しかった。千颯の話を聞いて、腑に落ちた自分がいる。
軽い気持ちで好きと言っているのではなく、本気で向き合おうとしてくれていることが伝わった。
それだけじゃない。かつて千颯が愛していたあの子の身代わりとしてではなく、相良雅を好きになってくれたことが嬉しかった。
疲れているはずなのに、胸が高鳴ってなかなか眠れない。なんだか夢にも千颯が出て来そうだ。夢の中だったら、もう少し素直になれそうな気がした。
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