親友には建前は通じない/オフィスラブ編②
「あんなぁ、これは友達の話なんやけど、異性を温泉旅行に誘うってどういう意図があると思う?」
金曜日の夜。東京で仕事を終えた
二人とは高校を卒業してからも連絡を取り合っていた。忙しくて頻繁には会えないけど、タイミングが合えばこうして駆けつけてくれる。雅にとっては信頼できる友人だった。
高校卒業から10年経ったこともあり、二人とも大人びていた。
水野は高校時代から落ち着いていたが、年を重ねたことでさらに大人の魅力が増している。自由な服装の職場なのかスーツは来ていなかったが、シンプルなシャツとスラックスからはセンスの良さを感じられた。
羽菜は高校時代と変わらずに美しく、それでいて儚い雰囲気をまとっていた。サイドに流したアッシュグレーの長い髪からは色気を感じさせる。フォーマルなセットアップを着ているところから、こちらはお堅い職場であることが伺える。
雅が相談を切り出すと、水野は昔と変わらない穏やかな笑みを浮かべながら指摘した。
「そういう話の切り出し方をする時って、大抵自分の話なんだよね」
一瞬で見破られてしまった。やはりこの男を欺くことはできない。
「
羽菜にも見破られていた。しかも名指しで。
千颯と再会したことは二人にも話していたから、そういう解釈をされるのは想定内だったけど……できれば指摘してほしくなかった。あくまで友達の話というていで聞いて欲しかった。
とはいえ指摘されてしまったのだから仕方ない。雅は正直に白状した。
「そや。千颯くんに温泉行こうって誘われたんやけど、どういうつもりなんやろか?」
二人は顔を見合わせる。それから水野が苦々しい表情を浮かべながら尋ねてきた。
「要するに、千颯に下心があるのか俺たちにジャッジしてほしいってこと」
「まあ、そうなるなぁ」
「責任重大じゃん。千颯の運命を俺たちが握ってるようなもんじゃ……」
「そら大袈裟やわぁ」
雅はひらひら手を振りながら否定する。とはいえ、はっきりと下心があると断言されたら、警戒してしまうのも事実だ。運命を握っているというのは、あながち間違いではない。
水野が言い淀んでいると、先に羽菜が意見を伝えた。
「千颯くんは単純に雅ちゃんと旅行したいだけなのでは? 下心うんぬんというよりは、雅ちゃんと距離を縮めたいという気持ちが根底にあるような気がします」
羽菜の意見には一理ある。千颯はこれまでのデートでも手を出して来なかったから、単純にその延長線上で誘ってきたのかもしれない。
高校時代の千颯は女の子にデレデレしていたけど、気安く手を出すことはなかった。そういうところは意外とちゃんとしている男だ。
納得しかけたが、羽菜の意見はあっさりと否定される。
「甘いね。千颯だって男なんだから、少なくともそういう展開は期待していると思うよ。もし相良さんが千颯を男として見られないなら、悪いことは言わないから断った方がいい。その気もないのに誘いに乗ったら千颯が可哀そうだ」
鋭い意見を突きつけられて面食らう。男性視点からの意見ということもあり説得力があった。雅のことだけでなく、千颯のことも気遣ったアドバイスをする辺りが彼らしい。
その気もないのに誘いに乗ったら可哀そう。その意見はもっともだ。期待させるだけさせて、最後に落とされるのはショックが大きい。高校時代の自分が似たようなことをされたから、その痛みはよく分かる。
「確かに中途半端な気持ちで誘いに乗ったら、千颯くんを傷つけるだけやね」
やっぱり行かないのが正解だ。お互いのためにも。そう結論づけると、羽菜から直接的な質問をぶつけられた。
「雅ちゃんは千颯くんのことが好きなんですか?」
色素の薄い瞳は真意を確かめるようにじっとこちらを見つめている。あまりに真っすぐな視線を向けられて一瞬動揺したが、すぐに笑ってごまかした。
「人としては好きやで。千颯くん、悪い人じゃないし」
そんな雅の反応を見て、水野は苦笑いを浮かべながら羽菜に指摘した。
「羽菜ちゃん、相良さんにそんな直球で聞いても無駄だよ。のらりくらりかわされるんだから」
雅の性格をよく熟知しているようだ。水野の言う通り、好きかと問われて素直に答えるようなタイプではない。
「水野くんは何でもお見通しやね」
「そういう性格なんだ。相良さんも知ってるでしょ?」
「そやね。その性格に随分助けられてきたわぁ」
「それはお互い様だと思うけど……今回は俺が助ける番なのかな?」
疑問形で投げかけられる。それから水野は唐突に質問をぶつけてきた。
「怖いの?」
「え?」
「また千颯に裏切られるんじゃないかって」
見事に核心を突いてきた。本当にこの男は……と感心してしまう。雅が黙っていると、水野は思いがけない事実を明かした。
「実は俺、千颯からも相談を受けてたんだ。相良さんにもう一度好きになってもらうにはどうしたらいいんだろうって」
「千颯くん、そんなん言っとったん?」
「うん。結構真剣に相談してきた」
二人も高校を卒業してからも繋がっていたようだったが、そこまで相談しているとは思わなかった。なんだかこちらの事情が筒抜けで恥ずかしい。
「まあ、温泉の話はいま初めて聞いたけど」
「そうなんやぁ……」
両方から相談される事態になって、さぞかし面倒なことになっていただろう。申しわけなさを感じていると、水野は小さく溜息をついた。
「高校時代、千颯は相良さんを散々傷つけた。それは本人も自覚している。あの時は、どっちつかずな態度を取ってきた千颯が一番悪い。初めから誰が一番大事なのかはっきりさせておけば、傷つけることもなかっただろうに」
その言葉からは、若干憤りが滲んでいた。その意見には同意だ。
「ほんまやで。最初から愛未ちゃんだけを見ていれば、周りも変に期待することはなかったのに、あの男はフラフラ、フラフラとっ」
「うん。それは千颯のダメなところだと思う」
話していたら高校時代の千颯への憤りが沸き上がってきた。このままだと、千颯の愚痴大会が始まってしまいそうだ。
だけどそうはならなかった。水野が止めてくれたからだ。
「昔の千颯は優柔不断でダメな奴だったけど、いまは違うよ」
テーブルの上で両手を組んだ水野は、穏やかに微笑んでいた。
「いまの千颯には迷いはない。本気で相良さんのことが好きなんだよ」
ぎゅっと胸が締め付けられる。本人から言われたわけでもないのに、泣きそうになっている自分がいる。潤んだ瞳を見られたくなくて、その場で俯いた。
「もう一度さ、千颯を信じてみたらどうかな?」
信じたい気持ちはある。だけどまだ、頷くことはできなかった。信じるに値するものが、まだ足りない。
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