第172話 これからも

※171話をまだ読んでいない方は、まずはそちらから!




 俺と結婚する?


 そう告げた瞬間、みやびは足を止めた。千颯ちはやの真意を探るように、まじまじと見つめていた。


 こんな言葉は冗談では言えやしない。いつぞや雅から告げられた言葉を信じて、口にしているのだ。いや、真に受けたという方が正しいのかもしれない。


 千颯は冗談だと笑い飛ばされる前に、かつて抱いていた本音を告げた。


「俺は高校時代、雅のことが好きだった。空港で会った時も、その言葉を伝えたかった」


 あの日伝えられなかった想いを10年越しに伝える。未練がましいと思われるかもしれないが、その想いはもはや過去のものではない。


「京都に来て、雅と同じビルで働いているって知った時は、運命なんじゃないかと思った。こっちに来てから、いまの雅のことを調べて、雅がずっと頑張ってきたことを知った。お世辞抜きで、俺は雅を尊敬している」


 雅が社長になったことは風の噂で知っていたが、詳しい情報までは知らなかった。だけど京都に来てから、いまの雅を知りたいと思い、ネットや雑誌で情報を漁った。


 そんな中、ある雑誌のインタビュー記事を見つけて衝撃を受けた。


『誰かの悩みに寄り添って、前に進む力を与えたい』


 記事の見出しにはそう記されていた。


 本文には、雅が海外の大学で経営学を学んだことや、卒業後に高校時代の親友と会社を立ち上げたことが綴られていた。


 それだけではない。ここに辿り着くまでの苦難や挫折も赤裸々に語られていた。


 会社を立ち上げた当初は、女性の肌悩みに寄り添った化粧品を販売したが、知名度がなく全く売れなかったこと。


 何とか会社を維持するために打開策を考えていたところ、高校時代の友人から自分が広告塔になって宣伝をすればいいとアドバイスをされたこと。


 そのアドバイスに従って動画投稿を始めたら、10代の間でバズって商品が売れるようになったこと。


 現在は国内のみならず世界中のお客様から感謝の言葉を頂いていることが綴られていた。


 インタビュー記事を通して、雅と離れていた10年間を知った。遠く離れていた雅が、全力で生きてきたことを知って胸が熱くなった。


 そして記事の最後には、こんな言葉も……。


『昔、憧れていた人に宣言したんです。人の気持ちに寄り添える優しい人間になりたいって。その夢がようやく叶った気がします』


 記事を読み終えた時、涙でぐしゃぐしゃになっていた。卒業式の日に手紙を読んだ時と全く同じだ。抱いた感情ですら同じだった。


 雅は高校時代の目標を叶えて、なりたい自分になった。そんな彼女に、心から惹かれている自分がいた。


 過去を引きずってプロポーズをしているわけではない。大人になった藤間千颯は、いまの相良雅に惹かれていた。


「きっと俺は、これからもっと雅を好きになる。だから傍に居てほしい」


 思いつきで言っているわけではない。雅と再会したら、伝えようと決意していた。


 こんなことなら花のひとつでも用意しておけば良かったが、いつ会えるか分からなかったから準備なんてできなかった。


 花は準備できなかったけど、覚悟という一番大事な準備はできていた。


 どうか伝わってほしい。そして受け入れて欲しい。


 雅は依然として、じっと千颯の瞳を見つめている。にこりとも笑ってくれない姿から、緊張が走った。


 沈黙が続いた後、雅は口を開いた。


「千颯くん」

「はい」


 雅は千颯の目の前にやってくる。そして清々しいほどの笑顔を浮かべた。


「はい喜んで…………なんていう女がどこにおるん?」


 その言葉でガックリ肩を落とす。肺の中の空気を全部吐き切るような勢いで溜息をついた。


「やっぱダメか……」


 本気のプロポーズだったが、正直なところ勝算はなかった。


 当たり前だ。過去にフラれた男からのプロポーズをおいそれと受ける女性なんて存在しない。たとえ思い出補正がかかっていたとしてもだ。


 結婚なんて決断は、流されてするものじゃない。社長業をこなしている雅なら尚更だ。もっとシビアに現実を見ている。


「あったり前やろ! 10年やで10年! いまの千颯くんは高校時代の千颯くんやない。昔とは価値観だって変わってる。そんな状態で簡単にOKは出されへんよ」


「ごもっともで……」


 やっぱり10年という期間は長すぎた。10年も経てば人は変わる。


 千颯自身はそこまで変わった自覚はないが、雅からしたら別人に思えるのかもしれない。


 本気のプロポーズが失敗に終わり、本気で凹む。好きな人から振られたのはこれで3回目だ。大人になっても、好きな人を振り向かせるのは容易ではないらしい。


 だけどそれで終わりではなかった。

 落ち込む千颯を見つめながら、雅は遠慮がちに言葉を続ける。


「まあでも、うちに正面切ってプロポーズしてきたんは千颯くんが初めてや。その気概は認めたるわぁ」


 千颯は顔を上げる。そのまま雅の言葉を待った。


「いきなり結婚っていうのは無理やけど、友達からなら……考えてあげへんこともないなぁ……」


 風向きが変わった気がした。0%だった可能性が1%になった。

 0じゃないなら飛び込む余地はある。追い風を背に突き進むことにした。


「初めは友達でもいい。雅の隣に居られるなら」


 まだ付き合えると決まったわけではないのに、嬉しさがこみあげてくる。

 千颯は雅の隣に駆け寄った。


「まずは友達として、いまの俺を知ってほしい」

「それなら、かまへんけど……」


 雅は視線を逸らしながら前髪をいじる。その仕草は恥ずかしがっているように見えた。


 男として見られているなら望みはある。千颯はここぞとばかりに攻め立てた。


「じゃあさ、今度二人でご飯行こ」

「まあ、ええけど……」

「休みの日にはデートしよ」

「う、うん……」

「俺の家にも来る?」

「まあ、仲良くなったら……」


 これはイケる。咄嗟にそう感じて心の中でガッツポーズをした。

 にやけてしまいそうな顔を隠しながら言葉を続ける。


「いいよ、仲良くなったらで。その代わり……」


 千颯は完璧な笑顔を浮かべながら雅の手を取る。そのまま自分のもとに引き寄せた。


 驚いた雅は目を丸くしながら千颯を見上げる。そんな彼女の耳元でそっと囁いた。


「仲良くなったら、今度こそ好きって言わせてあげるから」


 雅はカーっと赤くなる。慌てて手を振りほどき、跳びはねるようにして千颯から距離を取った。


 口をパクパクさせて動揺する雅。そんな彼女に念押しするように千颯はもう一度微笑んだ。


「ねっ」

「ねっ、じゃないわアホ! 距離感考えて!」

「あはは、ごめん、ごめん」

「ほんっとにもう、千颯くんは……」


 雅は顔を真っ赤にしながら不貞腐れたようにスタスタと千颯の前を歩く。千颯はその後を追いかけながら話を振った。


「これはさ、かるーい気持ちで答えてくれればいいんだけど」


「なんや」


「結婚式は教会派? 神社派?」


「……神社かなぁ。うちの両親が神前式やったから、白無垢の花嫁さんに憧れとるんよ」


「わっかるー。白無垢っていいよねー。清楚で」


「何なん急に?」


「ただの世間話だから。あとさ、家族で住むなら持ち家派? 賃貸派?」


「賃貸かなぁ。実家もあるし」


「俺もそうだわー。賃貸でいいよねー。持ち家は手入れとか面倒臭そう」


「妙に現実的やなぁ」


「まあ、色々見てきてるからね。それとさ、将来子どもは何人欲しい? いらないっていう選択肢もあるけど」


「出来れば三人かなぁ? 賑やかな方が楽しいやん」


「よし、口説こう!」


 雅はぎょっとした顔で振り返る。


「はあ? どうしてそうなるん?」

「だって俺の価値観とドンピシャなんだもん」


 へらっと笑うと、雅はまたしても顔を赤くした。


「勝手にせえ!」


 その反応を見て、思わずにやけてしまう。


「うん。勝手にする」


 照れる雅に、千颯は握手を求めるように手を差し出す。


「雅、これからも末永くよろしく」


 雅は頬を染めながらも、差し出された手を握った。


*・*・*


 大人になって再会した二人。ここから新しい物語が始まろうとしていた。


fin



◇◇◇


最後までお読みいただき誠にありがとうございます!

★や応援コメントで感想をお聞かせいただけたら幸いです。


本編はこれにて終了ですが……「再会した二人だけどこれからどうなるの?」「ちはみやのイチャイチャが全然足りない!」なんて思っている方もいるのではないでしょうか?


そこで! この先は不定期で番外編を上げていきます!


大人になった「ちはみや」だけでなく、大学時代の「ちはいみ」やその他キャラクターのエピソードも上げていきたいと思っているので、作品フォローはそのままで!


これからも末永くよろしくお願いします!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839


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