第166話 どっちの傍に居たいか
「実は、
打ち明けた瞬間、芽依と
沈黙が続いた後、芽依が先に口を開いた。
「お兄さん……まだその段階で悩んでいたんですか?」
「うう……」
芽依の言葉が胸に突き刺さる。そこに追い打ちをかけるように凪も口を開いた。
「優柔不断過ぎるでしょ? だってもう雅さん海外に行くんだよ?」
「ぐう……」
凪の言う通りだ。もう雅と離れ離れになることは確定しているのだから、いまさら考えたって遅い気もする。だけどここで怖気づくわけにはいかない。
「いまさらって感じなんだけど、卒業式の日に雅への想いに気付いたんだよ。それが愛未にもバレて、どっちかを選べって言われて……」
呆れられているのは分かっていたけど、正直に打ち明けてみた。
「俺はどっちの傍に居るべきなんだろう? 雅と愛未、どっちを幸せにしてあげたらいいと思う?」
縋るように尋ねてみると、二人は顔を見合わせた。数秒後、二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
笑いが起こった意味が分からずきょとんとしていると、凪が呆れたように言った。
「ばっかじゃないの? 自分のことを何様だと思ってんの?」
突然の暴言に唖然とする千颯。すると芽依も遠慮がちに同調した。
「こんなこと言ったらお兄さんはショックを受けるかもしれませんが……あの二人はお兄さんが居なくても、自分の力で幸せになると思いますよ……」
「へ?」
思いがけない言葉に千颯は固まる。納得しきっていない千颯に、凪が補足した。
「雅さんも愛未さんも、別に千颯なんかいなくても自分の夢に向かってぐんぐん前に進んで行くよ。あの二人ってそういう人じゃん。あんなに近くで見ていたのに分からないの?」
芽依もうんうんと頷く。
「別にお兄さんが居なくなったくらいでは、お二人は不幸になんてなりませんよ。まあ、別れた直後は落ち込むかもしれませんが」
「そ、そういうものなのかな?」
疑いながらも尋ねると、凪がわざとらしく芽依の肩に手を置いた。
「ここに一人、その事例がいます。芽依ちゃん、正直に言ってあげて。芽依ちゃんはいま、幸せですか?」
凪はインタビュアーのようにマイクを向ける真似をする。そんなお遊びに付き合うように、芽依はマイクに語りかけた。
「はい、幸せです」
「その秘訣は?」
「ええっと、彼氏、ですかね……」
「彼氏!?」
思いがけない単語が飛び出して、千颯はソファーから立ち上がる。
すると芽依は、恥ずかしそうに現在の状況を語った。
「実は、去年の夏頃から彼氏ができたんです。私のことを一途に愛してくれる人で、私も彼のことが大好きなんです」
芽依に彼氏ができたというのは初耳だった。驚く千颯に現実を突きつけるように、凪が補足をした。
「芽依ちゃんの彼氏、千颯の2.5倍は良い男だよ」
「2.5倍ってリアルな数字を出すなぁ……。100倍とか言われた方が、まだダメージは少なかったのに……」
2.5倍というのは割とリアルに想像できてしまうからキツイ。きっと顔も良くて性格も良くて浮気しない男なのだろう。そんな奴には完敗だ。
「で、でも、彼もダメなところはたくさんあるんですよ! 結構うっかりさんなので、私がしっかりしないとダメな時もありますし!」
「そんなところも可愛いって言ってたじゃん」
凪は「うりゃうりゃ」と芽依の脇腹をつつく。すると芽依はくすぐったそうにしながらも頷いた。
「まあ、そうなんだけどね」
その言葉を聞いて、千颯は安堵した。きっと芽依は恋人のダメな部分も受け入れられるようになったのだろう。蛙化現象は克服したということだ。
「おめでとう、芽依ちゃん」
祝福の言葉は自然と告げられた。いまは芽依の幸せを心から願っている。
千颯の言葉を聞いた芽依は、嬉しそうに頷く。
「はい! ありがとうございます!」
そんなやりとりを凪はしみじみと眺めている。
「青春だねぇ」
和やかな雰囲気に茶々を入れられたような気がした。千颯はジトっとした視線を凪に送った。
「というかお前、知ってたんだな。芽依ちゃんが俺を好きだったこと」
「うん。文化祭あたりから気付いてたよ。さすがに二人で回ってたら気付くでしょ」
「まあ、確かに……」
「んで、フラれた時は私が慰めたんだよ。芽依ちゃんを傷つけた罪で一発鉄槌をくらわしてやろうと思ったけど、芽依ちゃんに止められたからやめた」
「ありがとう、芽依ちゃん。命拾いした」
過激な思考を持つ妹に慄きながらも、制止してくれた芽依には感謝した。
それから凪は、諭すように千颯に告げた。
「要するに、芽依ちゃんは千颯なんか居なくても幸せを掴んでいるの。それは雅さんと愛未さんにも言えること。自分が幸せにしてあげないとーなんて考えるのは自惚れだよ」
はっきり言われると自信がなくなる。自分の存在価値を否定された気がした。
「もしかして俺は、どっちにとってもいらない子?」
シュンとしながら尋ねると、芽依がすかさずフォローした。
「お兄さんの存在を否定しているわけではありませんよ。どっちを選んだとしても、二人とも幸せになれると言っているんです」
「どっちも幸せになれる……」
それは千颯が一番望んでいたことだった。光が見えたところで、芽依はさらに道筋を示す。
「だから、どっちの傍に居るべきかではなく、どっちの傍に居たいかで選べばいいと思いますよ」
両者は似ているようでまったく意味合いが違う。義務感ではなく、自分の意思で決めろということだろう。
「芽依ちゃんの言う通りだよ。いるべきかだと一緒に居る理由を相手に押し付けてるみたいじゃん。それよりも、ちゃんと千颯の意思で選んだ方がいいと思うよ」
凪の言葉はすとんと腑に落ちた。ちゃんと選ぶということは、相手に理由を押し付けるのではなく、自分の決断に責任を持つことだろう。そのためには、自分の意思で決めなければならない。
「ありがとう。二人に相談して方向性が見えた気がしたよ」
素直にお礼を伝えると、二人は穏やかに微笑んだ。まるで出来の悪い子を見守っているような眼差しだ。年下の子達にそんな目で見られるのは情けないけど、実際にダメな子なのだから仕方がない。
ダメな千颯に、凪はもうひとつアドバイスをする。
「あとさ、考えても分からないなら、直感に頼ってみれば?」
「直感?」
「うん。雅さんに直接会って、その時浮かんだ感情で選ぶっていうのもアリだと思うけどなぁ」
「雅に直接会う、かぁ……。でもそこまでして選ばなかったら、かなり失礼じゃない?」
「そりゃ失礼だよ。その時は盛大に引っぱたかれるんだね」
「お前はいちいち物騒な言い方をするんだな」
雅から引っぱたかれる展開はあまり想像できないが、無いとも言い切れない。だけど、ちゃんと決めるにはそれくらいしなければ決まらないような気がしてきた。
前に進むため千颯は決心する。
「雅に会って、自分の気持ちを確かめてくるよ」
そう宣言すると、二人は千颯のもとに近寄る。そのままポンと両側から肩を叩かれた。
「しっかりしろよ、バカ兄貴」
「影ながら応援してます」
二人の激励は前に進む原動力になった。
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