第165話 二度目の恋愛相談

 思い返してみれば、みやび愛未あいみは正反対な女の子だった。どちらも素敵な女の子であることは間違いないのだけれど、考え方はまるで違っていた。


 雅は他人軸で物事を判断する子だ。自分の気持ちよりも相手がどう思うかを優先させて行動する。


 他人の言動を注意深く観察しているからこそ、相手が心地よいと思える反応を取ってくれる。雅と一緒にいて居心地が良いと感じていた理由は、そういう理由も隠れていたのかもしれない。


 他人軸で物事を考える雅は、本音をなかなか明かさない。自分が望んでいることをなかなか口にしない性格に、やきもきさせられることもあった。


 そんな強がりなあの子の本音を引き出してあげたい。あの子が本音をさらけ出せる相手になって、幸せにしてあげたかった。


 その一方で、愛未は自分軸で物事を判断する子だ。自ら欲望に忠実で、目的を達成するためなら争い事も厭わない。


 予測不能な彼女の言動に振り回されることもあるが、ストレートに愛情を表現してくれてくれる姿は堪らなく愛おしかった。


 欲しいものを欲しいと素直に伝えてくれるからこそ、迷うことなく欲しいものを与えられた。


 素直なあの子の願いをこれからも叶えてあげたい。弱さを曝け出してくれるまでに信頼を寄せてくれたあの子を、幸せにしてあげたかった。


 千颯にとっては二人とも大切な存在だ。どちらかの幸せを切り捨てて、一方だけを選ぶなんて考えたくなかった。


 どっちもまとめて幸せにしてあげたいけど、どっちつかずの選択はもう許されない。これまでも中途半端に二人と関わってきたからこそ、傷つけることになってしまったのだから。


 どっちの傍に居るべきなのか、選ばなければならない。

 簡単には答えを出せないからこそ、一週間近く思い悩んでいた。


「決めきれない自分が嫌になる……」


 優柔不断な自分を呪いながら、千颯はソファーの上で頭を抱えていた。その様子をなぎが面倒くさそうに眺める。


「ここ最近、ずっとその調子じゃん。いい加減鬱陶しいからやめてくれない?」

「仕方ないじゃん。俺はいま、人生最大の分岐点に立たされているわけで」

「大袈裟な……」


 凪はやれやれと言わんばかりに両手を仰いでいた。


 凪には雅から手紙を貰ったことや愛未からぶちぎれられたことは伝えていない。だけど愛未が最近家に来ないことから、何らかの問題で抱えているのだろうと推測されていた。


 うんうんと唸る千颯を冷ややかに見つめながら、凪は何かを思い出したかのように「あ」と声を上げた。


「そういえば、1時に芽依めいちゃんが来るから」

「え? 芽依ちゃん?」


 思いがけない名前を出されて千颯は唖然とする。芽依とは去年の1月に公園で告白されてから顔を合わせていなかった。


 鉢合わせたら気まずいだろうから退散しようとしたが、時計を見て既に1時になっていることに気付く。その直後、玄関のチャイムが鳴った。


「あ、芽依ちゃん来た」


 凪は軽い足取りで玄関に向かった。


 こうなってしまえば、もう逃げることはできない。いまから部屋に逃げ込んだとしても、廊下で鉢合わせてしまう。


 千颯はアワアワしながらソファーで立ったり座ったりを繰り返す。そうこうしているうちに芽依がリビングに入ってきた。


「お邪魔します。あ……お兄さん、お久しぶりです」


 芽依は一瞬驚いた顔をしながらも、穏やかに微笑んで挨拶をしてくれた。気まずさを感じさせない対応をされたことに千颯は安堵する。


「久しぶり、芽依ちゃん。元気にしてた?」

「はい。お兄さんは……何だかやつれていますね……」


 そう指摘されて咄嗟に頬を押さえる。実はこの一週間、悩み過ぎて寝不足が続いていた。凪からは「この世の終わりのような顔をしている」と揶揄されたくらいだ。


 千颯が苦笑いを浮かべていると、凪が口を挟む。


「この人、彼女にフラれかけて死にそうになってるんだよ」

「別にフラれかけているわけじゃ……」


 ない、と言いかけたところで、実はフラれかけているのではないかと不安になった。


 愛未は待っていると言ってくれたけど、いつまでもうだうだ悩んでいたら愛想を尽かされるかもしれない。そう考えるとゾッとした。


「愛未さんと上手く行っていないんですか?」


 芽依から心配そうに尋ねられる。純粋な眼差しで心配されると、下手に誤魔化すのが申し訳なく思えてきた。


「上手く行ってないと言えばそうなんだけど、それ以上に複雑なことになっていて……」


 歯切れの悪い返事をする千颯を見て、凪と芽依が顔を見合わせる。それから芽依は何かを思いついたかのように、パンと手を叩いた。


「恋愛相談」

「え?」


 思わず聞き返すと、芽依は千颯の顔を覗き込みながら言葉を続けた。


「初めてお兄さんに会った時、私の恋愛相談を聞いてくれましたよね? 今度は私がお兄さんの相談を聞きますよ」


 芽依の言葉を聞いた途端、凪も乗り気になる。


「いいねー、面白そう! 何に悩んでいるのか教えてよ」

「ええー……」


 芽依だけならまだしも、凪に話すのは気が引ける。遠慮をしているわけではなく。単純に茶化されそうで嫌だった。


 だけど一人で思い悩んでいたって煮詰まるだけだ。第三者に打ち明けることで見えなかったものが見えるようになる可能性はある。


 千颯は意を決して相談してみることにした。

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