第164話 怒り爆発

 卒業式でみやびから手紙を貰ったことが愛未あいみにバレてしまった。怒られることはある程度覚悟していたけど、愛未の反応は千颯ちはやが想像していた以上だった。


「あああぁ、もうっ! ムカつく、ムカつく、ムカつく! 手紙ってなに? そんなの反則だよ!」


 怒りの感情を露わにする愛未を、初めて目の当たりにした。いつもの余裕に満ち溢れた愛未はここにはいない。


「正々堂々戦おうって言ったのに! 身を引くって約束したのに!」


 肩を上下させながら雅への恨みつらみを吐き捨てる。その姿に千颯は圧倒されていた。


「あ、あの……愛未?」


 おずおずと声をかけるも、愛未の怒りは収まらない。感情のままに言葉を続けた。


「自分のことを好きだった女の子が、卒業式で勇気を振り絞って手紙を書いてくれた? そんなのもはや呪いだよ! どうせ、ずっと好きでしたとか書かれていたんでしょ?」


「いや、好きとは書かれてないけど……」


「…………なにそれ? そんなの余計に性質たち悪いじゃん! 最後の最後まで想いを伝えられない健気な私、を演出してるつもり?」


「そんな言い方……」


「そうとしか思えないよ!」


 愛未はダン、ともう一度床を踏む。その姿は癇癪を起した子供のようだった。


「正々堂々戦う覚悟がなかった癖に! 千颯くんとちゃんと向き合う覚悟もなかった癖に! 最後の最後でこんな小賢しい真似をするなんてありえない!」


 愛未は頭を抱えて項垂れる。


「もう、嫌いになりそう……初めて本音で話せた友達だったのに……」


 愛未は雅に失望しているようだった。その姿は見ていて痛々しい。


「雅を悪く言うのはやめようよ。あの子は俺達に迷惑をかけないために身を引いてくれたんだから」


「その状況を作り出した張本人がよく言えるねぇ!?」


 そう言われると何も言い返せない。


 雅に憎悪を向けていた愛未だったが、先ほどの言葉がきっかけで矛先が千颯に向いた。


「千颯くんも千颯くんだよ! こんな分かりやすい術中に嵌ってセンチメンタルになってるなんて!」


「別にセンチメンタルになっていたわけじゃ……」


「否定したって無駄だよ。雅ちゃんのことを思い出しながら一人で泣いてたんでしょ? そんなに目を真っ赤にして!」


 慌てて視線を逸らす。千颯の行動なんて愛未にはお見通しらしい。

 何も言えずに黙っていると、今度は盛大に舌打ちをされた。


「ホントに馬鹿! 単純! そんな紙切れ1枚で揺らいじゃって!」

「1枚じゃない。3枚あった」

「そういう話をしてるんじゃないの!」


 見当違いなツッコミは、愛未の怒りを増長させるだけだった。

 途方に暮れていると、つい先ほどの行動まで追求された。


「さっきのだって、雅ちゃんへの想いをかき消すために私を抱こうとしたんでしょ? 自分がどれだけ下種なことしようとしたのか分かってんの? 他の女を思いながらするなんてホントに最低!」


 最低と罵られたことで、自分がいかに失礼な行為をしようとしていたのか思い知らされた。こんなのは嫌われたっておかしくない。


「ごめん、嫌いになった?」


 恐る恐る尋ねると、キッと睨まれる。そのまま愛未は、千颯の胸ぐらを掴んで叫んだ。


「好きだから怒ってんの! わっかんない!?」


 悲鳴にも似た叫び声を浴びせられる。憎悪と愛情をいっぺんにぶつけられて頭がパンクしそうだった。


 愛未はパッと千颯の胸ぐらを離すと、崩れ落ちるように床にへたり込んだ。


「よりにもよって、心を繋ぎとめようとするなんて信じらんない。こんな別れ方したら一生引きずるじゃん! 高校時代の報われなかった恋の思い出として、ひっそり心に留めておくつもりでしょ? やだもう、そんなの……」


 ぐすんと鼻を啜る音が聞こえる。


「本当は私だけを見てほしいのに……他の女の子のことなんて考えてほしくないのに……」


 愛未は俯きながら泣いていた。その姿を見て、彼女を深く傷つけてしまったことに気付いた。千颯はすぐさまベッドから降りて、愛未に頭を下げる。


「本当にごめん! 俺が悪かった!」


 謝った直後、ぐしゃぐしゃになった顔で睨みつけられた。


「ごめんで済むなら、警察はいらないよ!」


 そう叫ぶと、再び俯いて泣き始めた。


 慰めようと手を伸ばすも、すぐに振り払われてしまう。千颯はどうすることもできず、その場で立ち尽くしていた。


 部屋の中にいる時間は、長く長く感じた。声を発することも、むやみに動くこともできない。愛未のすすり泣く声を聞きながら、ただ立ち尽くしていた。




 しばらく立ち尽くしていると、愛未はようやく顔を上げた。真っ赤になった瞳でこちらを睨みつけながら尋ねる。


「それで? 千颯くんはどうしたいの?」


 どうしたい。そんなことを聞かれても困る。

 雅への感情をどう処理すればいいのか分からなかった。


「……分からない」

「はああ!?」


 またしても威圧的な言葉が飛んでくる。思わずビクッと身体を揺らすと、もう一度愛未に睨まれた。


 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。恐怖で言葉を失っていると、呆れたような溜息が聞こえてきた。


「分からないなら、分かるようになってきて。雅ちゃんに直接会って、自分の気持ちを確かめてきたら?」


 その言葉は意外だった。千颯はおずおずと尋ねる。


「雅に会ってもいいの?」


「本当はすっごく嫌だよ! でも仕方ないじゃん! 雅ちゃんのことを引きずったまま私と付き合っているのだけは絶対に嫌だもん」


 愛未はきっぱり答える。それからビシッと千颯を指さした。


「ちゃんと選んで。私と雅ちゃん、どっちが千颯くんに必要なのか」


 ちゃんと選ぶ。

 その言葉はいつぞやのなぎの言葉と重なった。


『千颯は比べることすらしていない』


 その状況は、いまでも変わっていなかった。選んだつもりで、結局のところは選びきれていなかった。だからこそ、手紙ひとつでここまで感情を揺れ動かされているのだろう。


 優柔不断な自分に嫌気が指した。ここまで自分に失望したのは生まれてはじめてだ。


 選びきれなかったことで、大切に思っていた二人の女の子を傷つけてしまったのだから。


「どっちかを選んで、どっちかを終わらせて」


 愛未から決断を迫られる。

 もう逃げるわけにはいかない。苦しかろうが何だろうが選ばなければならない。


 決意を固めたところで、先ほどまでとは少し違う、弱々しい声が聞こえてきた。


「私は、待ってるから……」


 その一言で、恐怖がすーっと引いていった。


 やっぱり愛未は強い。この場に及んでも、待っているなんて言葉を口にできるなんて。こんな強い女の子には敵いっこない。


 信じてくれる愛未をこれ以上裏切りたくない。

 俯いた愛未を真っすぐ見据えながら、千颯は宣言した。


「ごめん、愛未。俺、ちゃんと答えを出すから」


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

本作はカクヨムコンに参加しています。

「続きが気になる!」「愛未様、いい子( ;ㅿ; )」と思っていただけたら、★★★で応援いただけると幸いです。

♡や応援コメントもいつもありがとうございます。


ついに決断のときが来ました。もう、選べないなんて言ってはいられません。

考えて、考えて、自分なりの答えを出していただきましょう。


そして次回は、久々にあの子が登場します!お楽しみに!



作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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