第159話 君との関係
「なんて恐ろしい勝負だ」
「ドキドキするやん」
雅は子供のように笑いながら、
「勝負って具体的にはどうするの?」
「フリースローを交互に打って、先に外したほうが負けっていうのはどや?」
「別にいいけどさ、雅は俺が元バスケ部だって知って勝負を持ち掛けてるの?」
「千颯くんバスケ部やったん?」
「うん、中学の頃の話だけどね」
そう伝えると、雅は笑顔を引っ込めて目を伏せる。
「うち、千颯くんのことなんも知らん……」
だけど目を伏せたのはほんの一瞬で、すぐに笑顔を浮かべる。
「元バスケ部でもええよー! いまさら辞めたなんて言わへん」
きっぱり宣言すると、雅はバスケットコートに身体を向ける。ジャンプをしながらボールを投げると、綺麗な放物線を描いてネットに収まった。
「上手いじゃん」
「えへへ。うち、運動神経はいい方なんや」
得意げに胸を張る雅。その姿は無性に可愛らしかった。
これは負けていられないと千颯もボールを拾う。雅の隣に移動してからボールを放った。
ボールは危なげなくネットに収まる。千颯も雅の真似をして胸を張った。
「どや」
「え、カッコよ……」
ポロっと本音が零れたような言い方をされ、思わず照れてしまう。その一方で、雅はまったく照れる様子もなく、再びボールを放った。
またしても決まる。これは簡単には勝負が付きそうになかった。
早々に勝てると踏んでいたが、油断したら負けそうだ。千颯はボールを手に持って、集中力を高めた。
「あ、
「え?」
思いがけず愛未の名前を出されてギョッとする。咄嗟に周囲を見渡したが、愛未の姿はなかった。
どういうことか追及するように雅を見つめると、悪戯っ子のようにクスっと笑った。
「嘘や」
「……そういう心理攻撃もアリなの?」
「アリやでー」
雅はしれっと告げた。
ムッとした表情で雅を見つめてから、再度集中力を高めてゴールを決めた。
「流石やなぁ」
雅は感心したように呟く。その一言で気分が良くなってしまうのだから、自分は単純なのだろう。
雅が再びボールを構える。背伸びをしてボールを掲げる姿を見て、千颯は意地悪を言った。
「雅、パンツ見えそう」
「ふえ?」
雅は真っ赤になりながらスカートの裾を引っ張る。心理攻撃は効果てきめんだ。
「嘘」
膝上5センチのデニムスカートからはパンツなんて見える気配はない。雅は身長が低いから、多少背伸びをしたくらいでは尚更見えるはずがなかった。
千颯の嘘に踊らされた雅は、ムッと口を尖らせる。
「そういう心理攻撃はやめや」
パンチラショックで外せ、と祈っていたが雅はあっさりボールをネットに収めた。
それから再び千颯に順番が回ってくる。変な心理攻撃を食らう前にさっさと済ませてしまおうと思ったが、千颯がボールを構えるより先に雅は口を開いた。
「ねえ、千颯くん。うちが負けたら、何を言うと思う?」
負けたら相手のことをどう思っているか正直に話す。そのルールが掲げられている以上、雅からも何らかの想いが告げられるのだろう。
その内容に関しては、ある程度察しがつく。だけど予想が正しかったとして、どんな風に返事をすれば良いのか分からなかった。
正直、いま段階では答えは決まっている。どんな言い方をすれば、最小限の傷で済むのかということばかり考えていた。
思い悩みながらボールを放つ。放物線を描いたボールは、リングの端にバウンドしてネットから外れた。
(そうだった。気持ちがブレるとボールもブレるんだった)
そんな単純なことさえ忘れていた。
「うちの勝ちやね」
無邪気に笑う雅。勝負に勝ったことに心底喜んでいるようだった。
その笑顔を見ていると、悔しさなんて一瞬で吹き飛んでいく。それ以上の愛おしさに包まれた。
「俺の負けです」
「うん。そんなら教えて。千颯くんはうちのことをどう思ってはるん?」
準備してきたわけじゃないから、ちゃんと伝わるか分からない。だけど、ごまかさずに本音で伝えようと決意した。
「雅はさ、雅なんだよ」
唐突な始まりに雅は目を丸くする。横やりを入れられる前に千颯は続けた。
「彼女とか友達とか、そういうのじゃ言い表せない。何でもない話で笑いあって、困った時に相談できる。そういう相手なんだ」
曖昧な言葉に雅は眉を顰める。
「それだけ聞くと、友達やん」
「友達とはちょっと違う。だって俺、できることなら雅とキスしたいもん」
雅は固まる。言葉の意味を理解すると、みるみる頬を赤らめた。
「なっ……何を言い出すん……」
雅はワナワナと震えながら千颯を睨みつける。動揺させているのは分かっている。だけど包み隠していた感情を広げて見せた。
「この前だってさ、結構ヤバかったんだよ。あんな風に抱きつかれたら我慢できなくなる。一歩間違えれば、いい子を辞めていたところだったよ」
「いい子を辞めるって……」
「まあ、辞めないけどね」
またしても千颯の言葉に踊らされた雅は、ムッと唇を尖らせる。そんな反応も可愛いなと思いながら話をまとめた。
「要するに、雅のことは女の子としても見てるってこと。だからただの友達じゃない」
千颯の言葉を整理するように、雅は頭を抱えていた。誤解されないように千颯は言葉を続けた。
「だからといって、セフレみたいないい加減な関係にはなりたくない。それは俺の良心が許さないし、雅が結婚するまでそういうことをしたくないって思っているのも知ってるから。その気持ちは尊重したい」
雅はさらに顔を赤くして唇を噛み締める。恥ずかしさからか、瞳は若干潤んでいた。話が逸れてしまったことに気付き、軌道修正する。
「だからさ、分からないんだよ。俺の知ってる言葉では、雅との関係性を言い表せない。強いて言うなら、雅は特別ってこと。こんな人には早々出会えない」
煮え切らない言葉だが、それが本音だった。
千颯の言葉を最後まで聞いた雅は、頭を抱える。
「ずっるい男やわぁ」
そんなのは自分が一番よく分かっている。本当は突き放したほうが雅のためなのかもしれないけど、それでは嘘をつくことになる。正直に話すというルールを定めた以上、煮え切らなくても本音を告げるしかなかった。
雅は呆れたような口調で嘆く。
「うちは終わらせようとしたのに、終わらせてもくれへんのか……」
雅は頭を抱えてうんうんと唸っている。しばらくすると、深々と溜息をついてから顔を上げた。
「千颯くんの気持ちはよーくわかった。正直に話してくれたことだけは感謝する」
納得してもらえたようでホッとした。……が、次に発せられた言葉で決してそうではないと気付かされる。
「けどなぁ、そんな曖昧な態度を取っていたら、いまに痛い目見るで」
脅しのような言葉を吐く雅。呆れや苛立ちが滲んでいるのを感じて、咄嗟に身構えた。
「痛い目って、具体的には……」
「それはこれから考える」
考えるという物言いから、復讐でもされるのではないかと怯えた。だけどそれで雅の気が収まるなら、甘んじて受け入れるつもりだ。
「……お手柔らかに」
「どの口が言うてるん?」
テンポよく突っ込まれて、千颯は小さく笑う。雅も笑っていた。
「帰ろかぁ、千颯くん」
茜色の夕焼けを背に微笑む彼女は、沈みかけた夕日のように美しい。眩しいけど、もうしばらくすれば消えてしまいそうな儚さがあった。
「そうだね」
その光に手を伸ばすことは、やっぱりできなかった。
◇◇◇
ここまでをお読みいただきありがとうございます!
本作はカクヨムコンに参加しています。
「続きが気になる!」「雅にも頑張ってほしい!」と感じたら、★★★で応援いただけると幸いです。
♡や応援コメントもいつもありがとうございます。
次回、ついに卒業式を迎えます。
愛未END確定かと思いきや、彼女の行動がきっかけで事態が大きく動き出すことに……!?
千颯を巡る恋物語は、最後まで何があるか分かりません。完結まで見守っていただけると幸いです。
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