第141話 刺激的な同居生活はまだ続く
翌朝、リビングに向かうと
おはようと言いそびれてしまったことに名残惜しさを感じながらも、
図書館に到着すると、すでに
カリカリとシャーペンの音が響く図書館で、千颯も英語のテキストを机に広げる。しかし頭の中は愛未のことでいっぱいだった。
愛未との同居は刺激的ではあるものの正直楽しい。だけどこのまま藤間家で居候させておくことが良い解決策とは思えなかった。
理想的なのは親子関係を修復させることだ。もとを正さなければこの問題は永遠に解決しない。二学期が始まってからも藤間家に身を寄せているというのはあまり現実的ではなかった。
三者面談の時は、部外者が下手に立ち入るべきではないと思っていたが、愛未が家出をしているいまの状況ではそうも言っていられない。
どうするべきなのか悩みながらシャーペンをクルクル回していると、後ろを通りかかった羽菜が足を止めた。
「千颯くん、全然集中できていませんね」
「あ、すいません」
まるで先生に注意をされたような気分になって咄嗟に謝ってしまった。羽菜は「謝ることではないですが……」と複雑そうな顔をしながらその場から離れた。
羽菜に指摘されたことで、千颯はシャーペンを握り直す。
(いまは勉強に集中しないと)
よしっと意気込んでから、英文法をノートにまとめた。
*・*・*
勉強を終えて家に帰ると、玉ねぎが焼ける美味しそうな匂いが漂ってきた。夕食の支度がすでに始まっているらしい。
リビングに向かうと、ピンクのエプロンを付けた愛未がキッチンに立っていた。愛未はフライ返しを片手に、にっこりと微笑む。
「千颯くん、おかえりー」
料理をしている愛未に出迎えられるなんて、まるで新婚夫婦にでもなった気分だった。
デレデレとにやけていると、すぐ傍に居た
「そうだ、千颯。二階のベランダに洗濯ものが干してあるから取り込んどいてー」
「分かったー」
素直に従って、千颯は二階に上がる。寝室に隣接するベランダに出てから、タオルやら洋服がかかったハンガーやらを取り込んだ。
ハンガーから洗濯物を取って畳み始めようとした時、見慣れない黒のブラが目に留まる。こんな大人っぽい下着はいままで見たことがない。その持ち主を想像すると、一気に顔が熱くなった。
(まさかこれは愛未のなんじゃ……)
同居している以上、洗濯ものを目にしてしまうのは不可抗力だ。視界の端でチラつく黒の布を意識しながら、千颯はタオルや洋服を畳んだ。
あらかた畳み終わった後、問題の物に手を伸ばす。あまり見てはいけないと思いつつも、チラッと視界に入ったタグにはB70と記されていた。そこで千颯は違和感を覚える。
(あれはBなのか? いや、もう少し大きく見えたけどなー)
バレンタインの日に触れた感触を思い出しながらわきわきと手を動かす。片手にすっぽり収まるサイズ感がBというのはどうにも信じがたい。だけど見比べたことも触り比べたこともない以上、真相は分からなかった。
「Bかー……そっか、Bなのかー……」
ブラを片手に握り締めながら首を傾げていると、背後から視線を感じた。慌てて振り返ると、凪がドン引きしたような目でこちらを見つめていた。
「千颯、何やってんの?」
とんでもない現場を見られてしまった。千颯は咄嗟に弁解する。
「これは誤解で! 俺はただ、洗濯ものを畳もうとしただけで!」
自らの行動の正当性を主張するも、凪からは冷ややかな視線を向けられるばかり。これ以上の言い訳は通用しないと悟った千颯は、馬鹿正直に本音を明かした。
「いや、こんなん見ちゃうでしょ! 不可抗力だ!」
見てしまうのは仕方のないこと。よって責められるべき事案ではないと主張した。
「健全な男子高校生が彼女の下着に興味を持って何が悪い! むしろ一切心乱さずに畳める奴がいるなら見てみたいよ!」
凪からゴミを見るような視線を送られたが、ここで退くわけにはいかない。せめてこれだけは主張したかった。
「だけど信じてほしい! 確かに俺は下着に触れてはいるけど、それ以上のことは何もしていない。こっそり盗もうなんてことも考えていない! だから、だから……」
千颯はその場で膝をつき、額を床に打ち付けた。
「愛未には絶対に言わないでください」
妹に全力で土下座をする千颯。兄として情けないばかりである。
そんな中、凪から返って来たのは意外な言葉だった。
「盛り上がってるとこ悪いけど、それ、私のだよ? この前買った新しいやつ」
「え?」
千颯は顔を上げる。B70の持ち主が判明した途端、手に持っていたブラを床に叩きつけた。
「お前のかよ! 黒なんて透ける色着てんじゃねーよ!」
羞恥心のあまり見当違いな暴言を吐いた千颯だった。
*・*・*
意気消沈しながらリビングに戻ると、ダイニングテーブルには愛未お手製のデミグラスハンバーグが並んでいた。ハンバーグの皿には、ほうれん草のソテーとミニトマトが添えられている。見た目からしてとても美味しそうだった。
「美味しそー。もう食べていいの?」
目を輝かせながら愛未に確認を取ると、愛未はにっこり笑いながら頷いた。
「どうぞー、召し上がれー」
「いただきます!」
千颯は両手を合わせてさっそく食べる姿勢になる。ハンバーグを箸で切り分けて口に運ぶと、ふわっと柔らかい食感が伝わった。
千颯が焼いた時のように表面がパサパサに焦げていることはない。かといって中が生焼けなんてことはなく、しっかりと火が通されていた。肉の旨味と共にデミグラスソースの濃厚な味わいが広がっていく。味付けも完璧だった。
「とても美味しいです」
千颯は大袈裟に頭を下げながらハンバーグを賞賛する。すると愛未は、恥ずかしそうに視線を落としながら笑った。
「お口に合ってなによりです」
そんなやりとりをしている隣で、凪も「うっま! 愛未さんうちの専属料理人にならない?」なんて勧誘していた。
そこは嫁じゃないのか、とツッコみかけたがやめておいた。
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