第140話 同居なんて刺激が強すぎる

 正式に愛未あいみの居候が認められたところで夕食の仕度をする。その頃になると父親も帰ってきて事情を説明した。父親も困っている人は見過ごせない性質であることから、あっさりと承諾してくれた。


 藤間家の食卓に愛未がいるシチュエーションはこれまで何度もあったから、今更ドギマギすることではない。だけど、そこから先は未知の領域だ。


 千颯ちはやがソワソワしながらソファーで待機していると、お風呂を済ませた愛未がリビングに戻ってきた。


「お風呂ありがとう」


 愛未は濡れた髪をタオルで乾かしながら微笑む。火照った身体には、シンプルなTシャツに学校指定のハーフパンツを着ていた。その姿を見て、一気に緊張が高まる。


 可愛らしい部屋着も魅力的だけど、日常に溶け込むような気の抜けた部屋着もそそるものがある。普段の生活をこっそり垣間見てしまったようなドキドキ感に支配された。


 そんな千颯の心中など知る由もなく、愛未は肩にタオルをかけながら隣に座る。


「次、千颯くん入る?」


 ソファーに座った愛未からは、ふわっとシャンプーの香りが漂ってくる。いつも使っているシャンプーのはずなのに、愛未を介するとやけに甘く感じた。


 千颯が固まっていると、愛未は怪訝そうに眉を顰める。


「千颯くん、大丈夫?」


 その言葉でハッと我に返る。


「大丈夫、大丈夫! 俺、風呂入ってくるー」


 千颯は逃げるように脱衣所に向かった。


 バタンと脱衣所の扉を閉じたのも束の間、いつもとは少し違う甘い匂いが漂っていることに気付く。


(ここで愛未が服を脱いでいたんだよな……)


 そんな想像をすると顔が熱くなった。それが引き金となって、過去にみやびがこの場にいたことも思い出してしまった。悶々とした気持ちを抱えたまま、千颯はその場に蹲る。


「同居なんて刺激が強すぎる……」


 これが毎日続くと想像するだけで、気が狂いそうだった。


*・*・*


 一度冷静になってから何とか風呂を済ませる。それから客間にお客様用の布団を敷いた。


 ふと、前にもこんなシチュエーションがあったなと思い出して苦笑いを浮かべていると、愛未が部屋に入ってきた。


「千颯くん、お布団ありがとう」

「ううん、これくらい当然だよ」


 何でもないことのように伝えると、愛未は真面目な顔をして視線を合わせた。


「突然のことだったのに、泊めてくれてありがとう」


 あらためてお礼を言われると気恥ずかしくなる。


「いや、こんなことくらいしかできないから」


 謙遜ではなく、事実そうだった。現状では、緊急避難所として藤間家を提供することしかできなかった。それでは根本的な解決にならないことは何となく分かっているが、今夜は余計なことを話すのはやめた。


「じゃあ、おやすみ」


 そう言って客間を出ようとすると、愛未から袖を掴まれる。


「もう行っちゃうの?」


 大きくて丸い瞳に見据えられると、一気に思考力が低下する。固まっていると、愛未は色気を含んだ妖艶な笑みでこちらを見つめた。


「おやすみのキスでもする?」


 千颯は声にならない悲鳴を上げる。そして飛びあがるようにして距離を取った。


「いやいやいや! そういうのは禁止って言われたばっかりじゃん!」


 初夜からルールを破るのは流石にマズイ。母親の逆鱗に触れるだけでなく、愛未がこの家に居られなくなる可能性もある。千颯が追い出されるという展開も大いにあるが。


 動揺する千颯とは対照的に、愛未はとぼけるように頬に指をあてながら首を傾げる。


「キスはエッチなことに入るのかなぁ?」


 ルールの穴を掻い潜ろうとする愛未。そう言われるとOKなのかNGなのかの判定があやふやになった。


 恐らく颯月さつきが懸念しているのは、責任能力のない高校生が行為に及んだ時のリスクだろう。そんなことは千颯だって理解していた。


 無責任なことをして愛未を傷つけたくない。そんな想いがあったからこそ、いままで一線を越えられずにいた。


 だけどキスだけなら、そういったリスクは起こりえない。考えれば考えるほどOKな気がしてきた。


 とはいえ、行き過ぎると歯止めが利かなくなる。ルールの穴を掻い潜れるギリギリのラインを責めることにした。


「おいで」


 悶々とした気持ちを抱えたまま、愛未を呼ぶ。千颯がその気になったことに若干の驚きを浮かべていた愛未だったが、素直にこちらに来てくれた。


 手を伸ばし、洗いたてのしっとりした髪に指を滑らせる。そのまま、ちゅっと軽く触れるだけのキスをした。


「これならギリギリセーフでしょ」


 愛未はきょとんとしながら固まっている。その反応を見て、間違えたかとヒヤッとしたが、しばらくすると愛未は肩を震わせながらクスクスと笑った。


「待って、可愛すぎでしょ」


 なんとなく馬鹿にされている気がする。千颯は恥ずかしさを押し殺しながら、ムッとした表情で愛未を見つめた。


「子どもみたいって馬鹿にしてるんでしょ?」

「馬鹿になんてしてないよ。ただ可愛いって思っただけ」


 イマイチ納得できずにいると、愛未は細い指先でちょんと千颯の唇に触れた。そしてこちらを誘うような妖艶な笑みで見つめてくる。


「私は好きだよ、千颯くんにキスされるの」


 好きと言われて、心臓を鷲づかみにされる。自分のつたないキスでも喜んでくれていると感じると、嬉しさで舞い上がりそうになった。


 愛未は唇に触れていた指先を離すと、にやりと不敵に微笑む。


「ねえ、もっとする?」


 色気を含んだ瞳で見つめられると、カーっと全身が熱くなる。もっとなんてしたら、それこそ歯止めが利かなくなる。千颯は飛び退くようにして愛未から離れた。


「今日はもうおしまい! おやすみ!」


 そう叫ぶと、逃げるようにして客間から脱出。その勢いのまま自分の部屋に戻ってベッドに転がった。


「やっぱり同居なんて刺激が強すぎるよー……」


 先ほどのキスを思い出しながら、千颯はベッドの上でジタバタと悶えていた。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

「面白い!」「続きが気になる!」と思ったら★★★、「まあまあかな」「とりあえず様子見かな」と思ったら★で評価いただけると幸いです。

♡や応援コメントもいつもありがとうございます。


家出をしてきた愛未と思いがけず同居することになった千颯。相変わらず誘うような行為を繰り返す愛未様に千颯もタジタジのようです。


※注意※

千颯が舞い上がっていることもあり、この先やや性的描写が多くなります。ガイドライン順守のため過激な描写はありませんが、不快に思われる方はご注意ください。


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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