第134話 飼い犬のリードを離さないでください
「
帰りのホームルームが終わった後、いつものように声をかけると、愛未は残念そうに眉を下げながら首を振った。
「ごめん、今日は図書委員の当番なんだ。先に帰ってて」
「なんと……」
あっさりお断りされて大袈裟にショックを受ける
ガックリ肩を落とす千颯を見て、隣を通りかかった
「まるで飼い主に散歩を断られた犬だね」
「犬って酷いなっ!」
思わずツッコミを入れるも、水野の隣にいた
「確かに千颯くんはわんちゃんですね。愛未ちゃんに構って構ってって駆け寄る姿なんてまさに」
「白鳥さんまで!」
犬扱いは心外だ。確かに学校でも愛未に話しかけに行ってしまうことは多いけど、その姿が犬のように見えていたなんて。
犬なんかじゃないよ、という言葉を期待して愛未に視線を送るも、飛び出した言葉は想像とは違った。愛未は演技がかったように両腕を組みながら、ふうーと溜息をつく。
「うちの愛犬、構ってちゃんで甘えたがりで可愛いんだけど、誰にでも尻尾を振るのが玉に瑕なんだよねー」
「「ああー……」」
まったく同じ反応をする水野と羽菜。残念そうに目を細める様子から、愛未の言葉に心底納得しているようだった。
それから愛未は、千颯の背中を押して水野に引き渡す。
「というわけで、私が図書委員に行っている間、
「ごめん木崎さん、流石に放課後まで千颯犬の面倒は見られないよ。こっちにも予定があるんだ」
「そっか、困ったなぁ」
「ちょっとちょっと! 俺の世話を押し付け合うのはやめてくれない?」
咄嗟に抗議するも、愛未と水野は困ったように溜息をつくばかり。そんな中、第三の飼い主候補が現れた。
「その駄犬、私が引き受けるよ!」
会話に入ってきたのはポニーテールをゆらゆらと揺らすバスケ部の女子、
西ちゃんとは3年になってから同じクラスになった。それ以降、まるで面白い玩具を見つけたと言わんばかりに千颯にちょっかいをかけてくる。可愛い女の子であることは間違いないんだけど、あまりの強引さに戸惑うことも多かった。
西ちゃんは千颯の腕を掴み、教室から連れ出そうとする。
「千颯、バスケの練習付き合ってよ。今日部活休みで暇してたんだ」
「なんで俺? 無理だって」
「だって千颯、中学時代はバスケ部だったんでしょ?」
「そうだけど、ブランクあるんだよ? 現役バスケ部には付いていけないよ」
「平気、平気~。私が鍛えてあげるから! 目指せインターハイ!」
「もう高3の6月を迎えようとしているんだけど!?」
そんなやりとりをしていると、隣にいた愛未がスッと目を細めた。その瞬間、千颯はサッと青ざめる。
身構えていると、愛未は西ちゃんのポニーテールの尻尾をガシっと掴んだ。
「西さん、うちの子とじゃれるのはやめてもらえるかなー?」
明らかにお怒りモードだ。その姿を見て、西ちゃんも震えあがる。
「あの、木崎さん、違うよ? 別に千颯を奪おうとかそういうんじゃないから。本当にちょーっと練習に付き合ってほしかっただけで……」
「困るんだよね、そういうの」
「は、はいっ」
「うん、分かったなら、退場」
にっこり笑って教室の外を指さす愛未。一発退場を喰らった西ちゃんは、「ひえええ」と叫びながら教室から出て行った。
「まったく油断も隙もあったもんじゃない」
愛未はふうと溜息をつきながら、冷ややかな視線で廊下を眺めていた。そのまま視線を千颯に移す。
怒られるっと身構えていたが、愛未の反応はまったく違った。千颯に近付くと、まるで愛犬を褒めるような優しい手付きで頭を撫でた。
「ちゃんと断れて偉かったね、千颯くん」
西ちゃんの誘いを断ったのは褒めるに値する行為だったようだ。ホッと安堵しながら、千颯はされるがままに撫でられる。
さわさわと頭を撫でられた後、顎下をくすぐられる。その手付きはとても心地よかった。
(ああ、もう犬でも何でもいいや)
愛未に甘やかされるなら、喜んで犬にでもなってやろう。そう決意した千颯だったが、その光景を間近で見ていた水野と羽菜からはドン引きしたような視線を向けられていた。
やめて、そんな目で見ないで。
*・*・*
愛未と水野たちから見放されて野良になった千颯は、諦めて一人で帰ることにした。
物寂しい心を表わすかのように、空にはどんよりと灰色の雲が浮かんでいる。ポツポツと雨が降り始め、ゴロゴロと雷の音も聞こえてきた。
折り畳み傘持ってたっけと考えながら、昇降口に向かった。
昇降口まで辿り着いた時、どんよりとした空を見上げている京美人がいることに気付く。
儚げな横顔は思わず見入ってしまうほど美しかった。
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