第133話 いっそ家族になれば

 下心に打ち勝って、なんとか勉強を再開することに成功した千颯ちはや。それから一時間ほど経った頃、母親の颯月さつきから夕食ができたから降りてくるようにと指示された。


 リビングに入ると、なぎと颯月が歓迎ムードで愛未あいみを迎えた。


「いらっしゃい愛未さん! 今日はカレーだよー。一緒に食べましょー」

「愛未ちゃんはご飯どれくらい? 普通? 大盛り?」


 当たり前のように愛未を食卓に加える二人。その光景を見て、愛未は嬉しそうに頬を緩ませた。


「いつもすいません。ご飯は普通でお願いします」

「はいはーい」


 颯月は軽快に返事をしながら平皿にご飯を盛った。


 藤間家で愛未が夕食をとるのはこれが初めてではない。初めての頃はどこか遠慮がちにテーブルについていた愛未だったが、数回通う頃にはすっかり打ち解けていた。


 食卓に愛未がいるのはなんだか微笑ましい。この家にいる間は、藤間家の一員として楽しく過ごしてほしかった。


 カレーを食べていると、颯月がニマニマしながら愛未に話題を振る。


「愛未ちゃんはさ、千颯のどこが好きなの?」


 突拍子のない質問が飛び出して、千颯は飲んでいた水を吹き出しそうになる。


「ちょっと! 何とんでもないこと聞いてんだよ!」

「まあまあ、照れなさんなって」


 咄嗟に叫んだ千颯を窘めるように、颯月は手のひらをペコペコと揺らした。


 とんでもない質問をされた愛未は、カレーを食べる手を止めて固まってる。そこに凪も便乗した。


「私も聞きたい! 愛未さんが千颯のどこに惚れたのか!」

「凪まで!」

「いいじゃん。千颯も気になるんじゃないの?」


 そう言われると強くは反論できなくなる。愛未が自分のどこに惚れたのかは、正直気になっていた。


 颯月と凪からうずうずした視線を向けられると、愛未は助けを求めるかのように千颯へ視線を向けてくる。……が、千颯自身も聞いてみたい欲が勝り、それ以上助け船を出すことはなかった。


 愛未は恥ずかしそうに視線を巡らせていたが、覚悟を決めたのか俯き加減で話し始めた。


「優しいところですかね。ベタですけど……」


 颯月と凪は「ほう」と興味深そうに相槌を打つ。そこで終わりかと思いきや、愛未は言葉を続けた。


「私、千颯くんと正式にお付き合いする前に、結構酷いことをしてしまったんです。それこそ復讐されても仕方ないような……。だけど千颯くんは復讐するどころか、私と真剣に向き合ってくれたんです。話を聞いてくれて、その上でもう一度私と関わりを持とうとしてくれたんです」


 愛未はチラッと千颯に視線を向けると、ふわりと頬を緩めた。


「相手の気持ちに寄り添おうとしてくれる千颯くんのことは尊敬しています。こんなに優しい人は、そうそういませんよ」


 驚いた。愛未がそんな風に思ってくれているなんて思わなかった。


「へー、そっかぁ。なるほどね~」


 嬉しさがこみあげてきて、表情を緩めながらユラユラ身体を揺らす千颯。その様子を見た颯月と凪は、尊いものでも見るかのように目を細めた。


「愛されてるねえ、千颯」

「聞いてるこっちがキュンとしちゃったよー」


 母親と妹から揶揄われているのは不本意ではあるけど、いまの感情はそう悪いものではない。愛未から信頼されていることが伝わって、心が満たされていた。


 それからもどことなくふわっとした空気が抜けきらないまま夕食を終えた。


*・*・*


 辺りがすっかり暗くなった頃、千颯は愛未をアパートまで送り届ける。満月の下を二人で手を繋ぎながら歩いていると、愛未が楽しそうに笑いながら口を開いた。


「千颯くんちの家族って素敵だよね。明るくて、あったかくて、理想の家族って感じ」

「えー、そうかな?」


 否定するような反応になってしまったが、内心では家族のことを褒められたのは嬉しかった。


 理想の家族というのは大袈裟かもしれないけど、個人的には気に入っている。そんな我が家に溶け込んで、居心地の良さを感じてもらえたのなら本望だ。


 だからこそ、とくに深い意味を持たず、こんなことを口走っていた。


「もういっそ、うちの家族になったら?」


 愛未はびっくりしたように目を丸くする。それから俯き加減で小さく笑った。


「そうなったら、幸せなんだろうけどね……」


 どこか歯切れの悪い反応が返ってくる。受け入れられているようで、どこか拒絶されたようだった。僅かに距離を取られたような気がしてならない。


 そんな不安を消し去るように、千颯は繋いでいる手の力を強めた。


「幸せだよ、きっと」


 迷いなく肯定する千颯を見て、愛未は目を細めて笑った。


「やっぱり千颯くんは優しいね」

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