第131話 告白ラッシュ

 季節が巡り、春が訪れる。千颯ちはやたちは3年生に進級した。


「また同じクラスだね、千颯くん」


 掲示板に貼り出されたクラス名簿を指さしながら、愛未あいみは嬉しそうに微笑む。その笑顔につられるように千颯も笑った。


「良かったぁ。別々だったらどうしようって思ったから安心したー」


 今年も愛未と一緒に過ごせると思うと、浮かれずにはいられなかった。


 自分の名前を確認した後、もう一巡名簿を確認する。探していた名前は同じクラスにはなかった。


みやびは別のクラスか……)


 ガッカリしたような、ホッとしたような、あやふやな感情に支配される。愛未と一緒にいる姿を不用意に見せつけずに済むという安堵感はあるけど、同じ教室に雅がいないのはやっぱり寂しかった。


 愛未と二人で新しい教室に入ると、水野みずのに出迎えられる。


「千颯、今年もよろしくね」


 穏やかに微笑む水野を見て、一気に気が緩んだ。


「水野がいれば安心だ。今年もお世話になります」

「俺は千颯の保護者じゃないんだけどな……」


 大袈裟に安堵する千颯を見て、水野は困ったように肩を竦めた。そんな水野の隣には羽菜はなもいる。どうやら二人も同じクラスになれたらしい。


 仲睦まじい二人を引き裂くような采配にならなかったことに安堵していると、羽菜がしゅんとした様子で呟いた。


綾斗あやとくんと同じクラスになれたのは良いですけど、雅ちゃんとは別々になってしまいました」


 羽菜は雅とクラスが離れてしまって心底ガッカリしている様子だった。そんな羽菜を励ますように水野がフォローする。


「クラスが離れても会おうと思えば会えるから大丈夫だよ。相良さがらさん、自習室にもよく来てるから放課後は会えるだろうし」

「それもそうですね。放課後はまた三人で一緒に帰れますよね」


 水野の言葉に納得するように、羽菜は小さく微笑んだ。


 3学期が始まってから、雅はこの二人を行動を共にしていた。それはきっと、雅を孤立させないための計らいだろう。


「水野、白鳥さん、ありがとね」


 何がとは言わなかったが、二人は千颯の言わんとしていることを察してくれた。それから雅つながりで、千颯の知らない事実が明かされる。


「そういえば相良さん、3学期の終わりから告白ラッシュに遭っているみたいだよ」

「告白ラッシュ?」

「うん。フリーになったのを良いことに、みんなこぞって告白しているらしい」


 雅がモテるのは前から知っていたことだけど、告白ラッシュに遭っているというのは初耳だ。雅が他の男と付き合う姿を想像すると、もやっとした感情が胸の内で渦巻いた。


 そんな千颯の心を見透かしたように、水野は言葉を続けた。


「まあ、全部断っているみたいだけどね」


 その言葉を聞いて安堵している自分がいた。


*・*・*


 3年生に進級したからといって、日々の生活が大きく変化するわけではない。教室にいるのは新しい顔ぶれだったけど、普段と変わらない1日が過ぎていった。


 放課後、千颯は昇降口に向かう。愛未は進路のことで担任と話があると言っていたため、今日は一人で帰ることにした。


 隣に愛未がいないことに物寂しさを感じながら歩いていると、ふと雅の姿を見かけた。その隣には、バスケ部の男子がいる。180cmを越える高身長と整った顔立ちから女子人気を集めている男だ。


 二人は一定の距離感を保ちながら歩いている。雅の顔はどことなく気まずそうに見えた。


 二人が向かっている先は、恐らく校舎裏。いけないと分かっていながらも、雅の様子が気になって二人のあとを追いかけた。


 案の定、二人がやってきたのは校舎裏だった。千颯は校舎の影に隠れながら二人の様子を窺う。


 距離があるため会話までは聞こえなかったが、告白めいたことが行われているようだ。


 男子生徒が頭を下げながら雅に手を差し出す。その光景は、まるで去年の自分を見ているようだった。


 手を差し伸べられた雅は、あの時と同じように困った表情を浮かべる。それから小さく首を振った。


(断ったのか?)


 雅の言葉を聞いた男子生徒は、あからさまに肩を落としていた。そんな彼に雅が頭を下げると、駆け足でこちらにやってきた。


 突然やって来たものだから、千颯は身を隠すこともできずワタワタする。結局、雅が校舎の角を曲がったところで、鉢合わせてしまった。


「あ……」


 雅は驚いたように足を止める。まさか千颯がこの場にいるとは思っていなかったのだろう。


 咄嗟に言い訳を考える。「偶然通りかかって」なんてありふれた言い訳を口にしようとしたが、言葉にする前に素通りされた。


 雅は昇降口へ駆けていく。千颯は成す術もなく、去っていく雅の背中を見つめていた。


 声をかけることすら、させてもらえなかった。まるで知らない人のように扱われたのはショックだった。


 小さく溜息をついた直後、告白を断られた男子生徒もこちらに向かってくることに気付く。そっちと鉢合わせたら余計にややこしいことになると察して、千颯は急いでその場から立ち去った。


 校門を出てから、水野の言葉を思い出す。雅が告白ラッシュに遭っているという話だ。


 先ほどの出来事は、ほんの一部分に過ぎないのだろう。あの男以外にも、雅は色んな男からのアプローチを受けている。自分なんかよりも、ずっとしっかりしている男から告白されることもあるのかもしれない。


 雅が他の男に靡いたらと考えると憂鬱になる。はにかんだ笑顔を他の男に向ける姿を想像するだけで、息苦しくなった。


(いつまで彼氏面してんだよ……)


 自分は愛未と付き合っているくせに、雅に恋人ができるのは祝福できない。そんな矛盾した考えを持つ自分が情けなくなった。


 きっとこの先、雅は別の男と付き合っていく。いますぐにとはいかなくても、いつかきっとそんな日が訪れる。そう考えると切なくなった。


 雅には幸せになってもらいたい。だけどそういう幸せは、自分とは無関係な場所で掴んで欲しかった。


(器の小さい男だな……)


 駅までの道のりを歩きながら、千颯は自分の不甲斐なさを呪った。

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