第129話 プレゼント選び
レディース服のショップを出た後、二人は当初の目的である誕生日プレゼントを探し始めた。
「プレゼントは何がいい?」
「それなんだけど、お揃いの何かがいいなぁ」
お揃いと聞いて、真っ先にペアリングが思い浮かぶ。だけど付き合って2週間でペアリングを贈るなんて重すぎるだろう。それに指輪なんて学校では付けられないから扱いに困る。口に出す前に却下して、別の案を探した。
「お揃いかー。何がいいんだろう」
「さりげなくお揃いをアピールできるものがいいよね」
あからさまにお揃いのアイテムを身に着けているカップルは少ない。洋服も靴も鞄もてんでバラバラだ。
そんな中、あるカップルが同じ色のマフラーをしていることに気がついた。同じものを購入したのか、それぞれが似たものを購入したのかは分からないが、傍から見ればお揃いに見える。
「マフラーとか?」
マフラーなら学校でも身に付けられる。シンプルなデザインのものを選べば、あからさまにお揃いアピールしているようには見えないだろう。二人並んだ時に、さりげなくお揃いであることに気付ける。
良さそうに思えた案だったが、時期的な問題に気付き躊躇する。いまは2月末。マフラーを付けられるのは、せいぜいあと1ヶ月くらいだろう。
「マフラーじゃ時期的にもう遅いか。あと1ヶ月くらいしか付けられないし」
自分で提案しておきながら、早々に却下する。次の案を考え始めた時、
「あと1ヶ月じゃないよ。来年も付けられる」
「え?」
来年も付けられる。それはまるで、来年も隣にいてくれることを約束されているようだった。嬉しさから笑みが零れる。
「それじゃあ、マフラーにしようか」
千颯がそう提案すると、愛未は「うん!」と嬉しそうに頷いた。
目的の品が定まったところで、二人はマフラーを扱っていそうな雑貨屋に入る。季節のアイテムということもあり、マフラーは店先の目立つ場所に並んでいた。
色とりどりのマフラーが並んだ棚から良さそうなアイテムを選ぶ。
「学校に付けていくなら、あんまり派手なのじゃないといいよね」
「やっぱり無地が無難かな。千颯くんも付けるなら落ち着いた色がいいよね」
デザインを選びつつ、触り心地も確かめてみる。ニットでがっしり編まれたものから、猫の毛のようにフワフワしたものまであった。
そんな中、無地にワンポイントが入ったシンプルなマフラーに触れてみる。スルスルとした滑らかな素材で、触れていて心地よかった。
「これ触り心地がいい」
千颯がそう伝えると、愛未もマフラーに触れた。
「本当だー。これなら首に巻いてもチクチクしなさそう」
千颯がスルスルとした肌触りの虜になっていると、愛未が笑いながら尋ねる。
「それじゃあ、これにする?」
「いいの? 愛未が気に入ったものを選べばいいんだよ?」
「私もワンポイントが入っただけのシンプルなデザインのほうが好みだから。それに……」
「それに?」
愛未は勿体付けるように微笑んでから、周囲に聞かれないようにそっと耳元で囁いた。
「これを付けてたら、千颯くん、私に触りたくなるでしょ?」
言葉の意味を理解した途端、一気に顔が熱くなる。恥ずかしさを振り払うように、千颯はもっともらしい言葉を並べた。
「お揃いなんだから、触りたくなったら自分のを触ればいいわけで……」
「ふーん、じゃあ私のは触らないでいいんだー」
こちらを試すように、にやりと笑いながら顔を覗き込む愛未。その表情を見ているだけで、下心が引きずり出されるような感覚になった。
すっかり陥落した千颯は、恥ずかしさを押し殺すように俯きながら告げる。
「やっぱり触りたい、です」
下心を明かした瞬間、愛未は満足したように目を細めた。
「うん、いいんだよ。好きに触っても」
その言葉は破壊力がありすぎる。マフラーの話だと分かっていながらも、先ほどの会話と相まって変な想像してしまった。
(好きに見てもいいし、好きに触ってもいいなんて、そんなことが許されるのか?)
そんなに何でもかんでも許されたら、歯止めが利かなくなる。淫らな光景が思い浮かび、咄嗟に首を振った。同時に、言葉だけでこんなにも翻弄されている自分が恥ずかしくなった。
「とりあえず、マフラー買ってくる。色はどれがいい?」
千颯が下心を追い払いながら尋ねると、愛未は色違いのマフラーを見比べるように人差し指をうろうろと彷徨わせていた。
「そうだねー、ベージュがいいかなー。いま着てるコートにも合わせやすいし」
「分かった」
千颯はミルクティーのようなまろやかなベージュのマフラーを2つ手に取る。そのままレジに持っていこうとしたところで、愛未に止められた。
「待って、千颯くんの分は私が買うから」
思いがけない提案をされて、千颯はぱちぱちと瞬きをする。
「今日は愛未の誕生日なのに俺が買ってもらうのは……」
「いいの。千颯くんの誕生日には何もしてあげられなかったから」
千颯の誕生日は6月で、とっくに過ぎていた。誕生日当日はとくにアピールしていなかったが、愛未だけは誕生日を覚えていてくれて「おめでとう」と声をかけてくれた。
それだけでも十分だったのに、こうしてプレゼントをしてもらえるなんて思わなかった。
「その気持ちだけで嬉しい」
「気持ちだけじゃなくて、物も受け取って」
「分かった。ありがとう」
素直に感謝の気持ちを伝えてから、千颯はマフラーの1つを愛未に渡した。
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