第128話 ショッピングデート
バレンタイン前から距離が近かったが、最近はこれまで以上に距離が近くなったように感じる。そんな二人を見て、
「もしかして
「最近のお前ら、どう見てもカップルだろ」
「うん。バレンタインから愛未と付き合うようになったんだ」
堂々と答える千颯に二人は驚いたように顔を見合わせていたが、特段非難されることもなく受け入れてくれた。
とはいえ、全員から理解されているわけではない。クラスメイトの中には、「相良さんから木崎さんに鞍替えして……」なんて陰口を叩く人もいた。
状況が状況だからみんなから受け入れてもらえるとは思っていない。自分のことをよく思っていない人間が現れるのも当然だった。
だけどクラスメイトの目を気にして、愛未を蔑ろにするような真似はしたくなかった。愛未が学校でも一緒に居たいと言うなら、出来る限り希望に沿うつもりだ。
受け入れてくれたのは、雅も同じだった。
千颯と愛未が付き合い始めたと噂が流れた頃、廊下ですれ違う時にふと声をかけられた。
「愛未ちゃんと付き合い始めたんやって? 良かったやん」
こちらの目を見ずに、澄ました顔で告げる雅。そのまま千颯の返事を聞くことなく、雅は足早でその場から立ち去った。
「……雅のおかげだよ」
取り残された千颯は小さく返事をしたが、その言葉が届くことはなかった。
*・*・*
日曜日。千颯は駅で愛未と待ち合わせをしていた。今日は付き合って初めてのデートかつ愛未の誕生日だった。
デートの前日、
「古着っぽいガチャガチャしたコーデも可愛いけど、デートならモノトーンが無難!」
という凪の持論を取り入れて、黒のチェスターコートに白のニット、黒のパンツを用意された。
ちなみに凪は、千颯と愛未が付き合い始めたことを既に知っている。愛未と付き合い始めた翌日に報告したからだ。
凪からは「うっわ、チャラ……」なんて罵られたけど、「まあ、それも青春か」なんて納得された。
その流れで、一応両親にも報告をしておいた。両親も千颯と雅が本当に交際していたと思い込んでいたからだ。
母親の
結局、藤間家では『雅に振られて愛未と付き合い始めた』という認識で収まった。こうして両親と妹公認のもと、千颯はデートに送り出された。
待ち合わせ時間より少し早めに到着して、改札前で愛未を待つ。休日に愛未と二人きりで出掛けるのは初めてだったから緊張していた。
待ち合わせ時刻ぴったりになると、愛未はきょろきょろとあたりを伺いながら駅にやってきた。その瞬間、千颯の表情が緩む。早く愛未と話したくて、千颯は駆け足で愛未のもとに向かった。
「愛未、誕生日おめでとう」
会って早々にお祝いの言葉を伝えると、愛未は驚いたように目を丸くした。だけどすぐにふわりと嬉しそうに表情を緩める。
「ありがとう、千颯くん」
その表情が可愛くて思わず抱きしめたくなったが、公衆の面前だから何とか堪えた。その代わりに手を差し出す。
「手、繋ごっか」
余裕ぶってそんな提案をしているが、内心では心臓がバクバクと暴れまわっていた。恥ずかしがって拒否されるかなと思いきや、愛未は満面の笑みで頷いた。
「うん、繋ぐー」
愛未はぴょんと飛びはねるように千颯の隣に移動し、ぎゅっと手を握る。愛未の手は柔らかくてすべすべしていて、触れていて心地よかった。
手を握っているだけなのに、心臓が暴れまわって仕方がない。平常心を保っているのがやっとだった。
ふと愛未の反応を伺ってみると、頬を赤く染めながらはにかんでいた。
「恥ずかしいけど、なんだか幸せ」
その言葉で心臓を射貫かれる。鏡を見なくても顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
「俺も、幸せだよ」
恥ずかしさに包まれながらも気持ちを正直に伝えると、愛未はぎゅっと手を握る力を強めてくれた。
それから二人は、電車を乗り継いで新宿駅に向かう。今日は愛未の誕生日プレゼントを選ぶためショッピングデートをする約束をしていた。
駅と直結する商業施設に入り、レディース服のショップが並ぶフロアを巡る。若い女性が行き交う中で千颯が気遅れしていると、愛未は千颯の顔を覗き込みながら話を振った。
「千颯くんはさ、どんな洋服が好き?」
「え?」
突然話を振られたことで、千颯は驚いたように声を漏らす。すると愛未は千颯の手を引いて、近くにあったレディース服のショップに連れて行った。
店内では、若い女性が楽しそうに服を選んでいる。その中に千颯がいるのは、随分場違いな気がした。
居心地の悪さを感じながらも、愛未に手を引かれるまま店内を彷徨う。店内を一周してから、愛未は小悪魔的な表情で尋ねた。
「どう? 千颯くん好みの服はあった?」
いま一周した中では、服なんて一切見ていなかった。意見を求められたところで、あらためて服に注目する。
視線を巡らせていると、すぐ傍にある2体のマネキンに目が留まった。ひとつは肩出しのニットにショートパンツを合わせたスタイル、もうひとつは身体のラインに沿ったタイトなワンピースを着ていた。
こんなに露出をしていたり身体のラインが分かったりする服を着ていたら、目のやり場に困る。愛未が着ている姿を想像すると顔が熱くなった。
千颯がマネキンを凝視していることに気付いた愛未は、にやりと笑いながら尋ねる。
「もしかして、こういうセクシー系が好みだったりする?」
その質問に、千颯は全力で首を振った。
「ダメダメ! こんな服着たら目のやり場に困る!」
気付けば心の内を正直に明かしていていた。その反応を見て、愛未はクスクスと可笑しそうに笑う。笑いが収まった後、愛未は色気を含んだ表情で告げた。
「良いんだよ? 好きなところを好きなだけ見ても。千颯くんはもう、私の彼氏なんだし」
「好きなところを好きなだけって……」
千颯は咄嗟に視線を落とし、愛未の身体を盗み見た。
ボタンを外した茶色のダッフルコートの下には、身体に程良くフィットした白のニットを合わせている。ニットの下からは、手のひらにちょうど収まりそうな膨らみが主張していた。
さらに視線を落とすと、膝上丈のスカートから生足が覗いている。制服よりもやや短い丈のスカートからは、真っ白で柔らかそうな太腿がチラついていた。
それらを自由に見てもいいなんて刺激が強すぎる。まさか服の下まで? なんて想像して余計に顔が熱くなった。
「とにかくこういうのはダメ! 俺だけじゃなくてほかの男も見ると思うから!」
何とか話を本筋に戻す。千颯が見る云々よりも、他の男から見られるのは嫌だった。
「ふーん。他の男の人が私をいかがわしい目で見るのが嫌なんだ。もしかして嫉妬しちゃう?」
「そりゃあ、そうだよ……。好きな子の肌なんて他の男には見せたくない」
嫉妬心を隠さずに伝えると、愛未はクスクスと笑い始めた。
「そっかそっか。千颯くんが嫉妬するなら、露出の多い服は着ないよ」
完全に弄られているような気がするが、こちらの希望が通るならそれでいい。できることなら、露出は自分の前だけでしてほしいというのが本音だった。
「それならこういう服はどう? これなら露出はしてないよ」
愛未はショップの入り口に飾られているマネキンを指さす。そこには白地のシンプルなニットに、ミモレ丈のチュールスカートを合わせたマネキンが飾られていた。
「ああいうのは好き、かも」
正直に答えると、愛未は「なるほどー」と言いながら頷く。
「やっぱり千颯くんは清楚系が好きなんだね。今日は買わないけど、バイト代を貯めたら千颯くん好みの服も揃えるよ」
愛未が自分好みの服を着てくれる。その気持ちだけで舞い上がってしまいそうなほど嬉しくなった。
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