第125話 強くて美しい背中

 大好きでしたと告白した芽依めいは、どこか諦めを含んだ表情を浮かべていた。それはまるで、フラれることを予知しているようだった。


 芽依から告白は素直に嬉しい。ダメなところも含めて好きなんて言われたら尚更だ。


 溢れるほどの嬉しさはちゃんと存在しているけど、いまの千颯ちはやは芽依の気持ちに応えるわけにはいかなかった。


「ごめん、芽依ちゃん。俺は」

「いいんです」


 返事をしようとしたところで止められる。芽依は小さく首を振りながら俯いた。


「両想いになれないことは初めから分かっていたんです。片思いでもいいって覚悟で、お兄さんと関わっていたんですから」

「そうだったんだ……」


 叶わないと分かっていて好きな人の傍に居続けるのは、どれほど苦しいことか。自分の言動が芽依を苦しめていたことを想像すると、罪悪感で押しつぶされそうになった。


「いままで辛い思いをさせちゃってごめんね」

「謝らないでください。勝手に好きになったのは私なんですから。それに辛いだけじゃありませんでしたよ」


 その言葉で千颯は顔を上げる。芽依は毅然とした態度で言葉を続けた。


「お兄さんに片想いをしている間、私とっても楽しかったんですよ。お兄さんの笑顔を見るだけで、心がふわっと軽くなって幸せな気持ちになりました」


「楽しかったって、本当に?」


「はい、本当です。それにお兄さんと出会って私は変わったんですよ。いままでは相手から一方的に好意を持たれてお付き合いを始めることが多かったんです。そのせいで相手を好きになりきれずにお別れをしてきました」


 芽依と初めて会ったとき、彼氏ができてもすぐに冷めてしまうと相談をされた。その背景にそんな事情が隠されていたとは思わなかった。


 千颯は黙って言葉の続きを待つ。芽依は揺るぎない視線を向けたまま続けた。


「お兄さんと出会って、相手の良いところもダメなところも受け入れられるようになりました。憧れだけじゃない、そのままのお兄さんを好きになれたんです。それは私にとって大きな前進なんですよ」


 自分が芽依を前進させた、なんて考えるのはおこがましい。たぶん芽依は、自分の力で前に進んで行ったのだから。


 だけどほんの少しでも、芽依を前進させるきっかけになれたのなら、これほどまでに嬉しいことはない。蛙化現象を治したいという当初の目的は果たせたことになる。


 罪悪感と安堵が入り交じった表情で芽依を見つめると、思いがけない言葉が続いた。


「でも、それも今日で終わりにします」

「え?」


 芽依はベンチから立ち上がる。振り向きざまにはっきり宣言した。


「成就する見込みのない恋に縋りついていても、辛いだけですからね。これからは自分も好きになれて、相手も好きになってくれる相手と恋をします」


 しゃんと背筋を伸ばしながら宣言する芽依は、とても強く、美しく見えた。


 芽依は自分から離れようとしている。寂しさはあるが、芽依のためにもこれ以上引き留めるわけにはいかなかった。


「それがいいよ」


 芽依は自分なりに答えを出して、この恋に決着を付けたのだ。それは尊敬に値する。中途半端な状況に甘んじている、いまの千颯には尚更……。


「お兄さん、いままでありがとうございました」


 芽依はお礼を告げる。その表情は、どこか晴れやかに見えた。


「こちらこそ、好きになってくれてありがとう」


 精一杯の感謝を込めて伝える。芽依は小さく頷いてから、裕翔ゆうとのもとへ駆けて行った。


「裕翔、帰ろうか」

「お姉ちゃん、どうしたの? 目が赤いよ?」

「ちょっと目が痒くなっちゃっただけだよ」

「ふーん」


 裕翔は友達にバイバイと手を振ってから、芽依と手を繋ぐ。そのまま二人は、公園から去っていった。


 千颯は二人の背中が見えなくなるまで、見守っていた。


 二人が去った後、千颯は公園のベンチで空を仰ぐ。冬の空は透き通るような淡い青色で、どこまでも高く高く続いているような気がした。


 勇気を出して告白してくれた芽依は尊敬に値する。同時に自分の不甲斐なさが浮き彫りになった。


 愛未あいみと両想いであることはとっくに分かっているくせに、付き合おうという決定的な言葉を言い出せずにいた。


 それだけじゃない。みやびと過ごした日々が忘れられず、別れをいつまでも受け入れずにいた。どんな自分にも嫌気が指す。


 いつまでもフラフラしていてはダメ。先ほど言われた芽依の言葉が深く突き刺さった。


(俺も覚悟を決めないとな……)


 このままでいいはずがない。自分も前に進まなければ。

 千颯はようやく決心をした。愛未ときちんと向き合うことを。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

「面白い!」「続きが気になる!」と思ったら★★★、「まあまあかな」「とりあえず様子見かな」と思ったら★で評価いただけると幸いです。

♡や応援コメントもいつもありがとうございます。


芽依からの告白をきっかけに、前に進む覚悟を決めた千颯。紆余曲折あった二人ですが、もう一度付き合うことができるのか!?

次回はドキドキのバレンタイン編です。


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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