第123話 意外な一面
新学期が始まって2週間が経過した。その間、
だけど愛未との間には、明確に付き合おうという言葉は交わされていない。けじめを付けなければならないとは分かっていたが、なかなかタイミングを掴めずにいた。
両想いであることは間違いないだろうけど、万が一断られたらと思うとなかなか一歩が踏み出せなかった。
一歩踏み出せない理由はそれだけではない。正式に愛未と付き合い始めたら、
中途半端な状況に甘んじている自分にほとほと愛想が尽きた。
*・*・*
とある日曜日。
北風に煽られながら、スーパーまでの道のりを早足で歩く。公園の脇を通り過ぎようとした時、見覚えのある美少女が公園内をうろうろしていた。千颯は思わず足と止めて声をかける。
「
「お、お兄さん!」
白いダッフルコートに赤チェックのマフラーを身に着けた芽依は、驚いたように目を丸くする。千颯が駆け寄ると、慌てたようにオロオロとしながらもペコっと頭を下げた。
「あ、あけましておめでとうございます!」
「そっか、芽依ちゃんとは今年初めて会うね。あけましておめでとう」
何気なく千颯が笑いかけると、芽依は赤面しながら視線を逸らした。
その直後、小学校低学年くらいの男の子がこちらに声をかける。
「お姉ちゃん! マルルいたよー!」
やや癖のあるふわふわした髪の男の子が、満面の笑みでこちらに手を振っている。恐らく芽依に話しかけているのだろう。
「もしかしてあの子って……」
「はい。弟の
クリスマスパーティーの日に芽依には小学生の弟がいると明かされたが、まさか本人に会えるとは思っていなかった。千颯は面食らいながらも、こちらに駆け寄ってくる裕翔を見つめた。
裕翔も千颯の存在に気付き、不思議そうに首を傾げる。
「お姉ちゃん、この人誰? 友達?」
「うん、そうだよー」
芽依は穏やかに微笑みながら、腰をかがめて裕翔と目線を合わせる。友達と紹介された瞬間、裕翔はほっとしたように表情を緩めた。
「良かったぁ。彼氏だったらどうしようかと思ったぁ」
その言葉に芽依は苦笑いを浮かべる。
「えー、お姉ちゃんに彼氏ができたらダメなの?」
「ダメだよ! 彼氏ができたら僕と遊ぶ時間なくなるじゃん」
裕翔はむくれ顔で芽依を見上げる。その表情を見た芽依は、裕翔の頭を優しく撫でた。
「彼氏ができてもちゃんと遊んであげるよー」
その表情は、いつも千颯たちの前で見せている姿とは異なり、慈愛に満ちた表情だった。
「芽依ちゃんが、お姉さんしてる……」
千颯は目をぱちぱちとしながら感想を漏らす。
千颯にとって芽依は妹みたいな存在だ。そんな芽依がお姉さんとして振舞っているのはとても新鮮だった。まさかお姉さんキャラとしての一面も持ち合わせていたなんて。
戸惑う千颯を見て、芽依はクスクスと笑う。
「一応、お姉さんなので」
「そ、そうだよね……」
戸惑いながら二人を交互に見つけていると、裕翔が芽依にスマホを見せながら楽しそうに話しかけた。
「そうだ、お姉ちゃん! マルル捕まえたよ!」
「あ、本当だ。可愛いねー」
芽依は画面を覗き込むと、ふわっと表情を和らげた。聞き馴染みのあるキャラクターを聞いて、千颯も思わず反応する。
「もしかしてマルルって、ミニモンの?」
そう尋ねると、裕翔はパアァと表情を明るくした。
「もしかしてお兄ちゃん、ミニモン知ってるの?」
「うん、お兄ちゃんもミニモン好きだよー」
「じゃあじゃあ、マルルの属性ってなーんだっ?」
「みず・フェアリー!」
「おおー! 正解!」
ミニモンクイズに正解したことで、一瞬にして裕翔の心を掴んだ。
「いまやってるゲームってミニモンゲット? 街中を歩いてミニモンを捕まえるやつだよね?」
「そうそう!」
裕翔が目を輝かせながら頷くと、芽依も会話に入ってきた。
「裕翔はミニモンゲットにハマってるんですよ。休日は一緒にお散歩して、ミニモンを探しているんです」
寒さをものともせず、姉弟でミニモンを探し回っているというのは何とも微笑ましい。ほっこりした気分で目を細めていると、裕翔からくいっと袖を引っ張られた。
「お兄ちゃん、ミニモンのガーネット・ターコイズも知ってる?」
裕翔が口にしたガーネット・ターコイズとは、家庭用ゲーム機でプレイできるミニモンのゲームだ。当然のごとく千颯も知っているし、プレイ済みだ。
「うん、知ってるよ。お兄ちゃんもガーネット持ってるよ」
「おおー!」
千颯が仲間だと知ると、裕翔はさらに目を輝かせた。そのまま興奮した様子でリュックの中からゲーム機を取り出す。
「お兄ちゃんはどのミニモンで闘ってるの?」
興奮気味で尋ねてくる裕翔を微笑ましく思いながら、ゲームの画面を覗き込んだ。
「俺はねー、ドラゴンナイトとニャッキーを使うことが多いかなー。あとは相手の手持ちを見てー……」
自分なりの戦略を伝えていると、裕翔から尊敬の眼差しを向けられるようになった。
「す、凄い! ゲーム実況者みたい!」
その後も裕翔に訊かれるがままにミニモンのパーティー構築について語っていると、ミニモンマスターの称号を得るまでに尊敬されてしまった。
すっかり裕翔の心を掴んだことで、こんな言葉をかけられる。
「お兄ちゃんだったら、お姉ちゃんの彼氏になってもいいよー」
「ええっ!?」
その言葉に真っ先に反応したのは芽依だった。
「ゆ、裕翔、何言ってんの?」
芽依は顔を真っ赤に染めながら動揺していた。
「そんなことを言ったらお兄さんに失礼でしょ?」
「なんでそんなに焦ってるの?」
「あ、焦ってるわけじゃ……」
「あー、分かった! お姉ちゃん、このお兄ちゃんのことが好きなんでしょー」
「裕翔!」
芽依は声を張り上げて裕翔を窘める。いつも落ち着いている芽依が感情を露わにしている姿も意外だった。
微笑ましさを感じながら二人のやりとりを傍観していると、不意に裕翔が公園の入り口を見て「あ!」と声を上げた。
「
公園の前を通りかかった小学生に、裕翔は仔犬のように勢いよく向かっていく。そのまま二人はゲーム機を取り出して、公園の隅で遊び始めた。
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