第119話 願い事
初詣を済ませてから、本来の目的を果たすべく、お守りや絵馬が売っている社務所に向かう。そこには巫女服を着た女性たちがずらりと並んでいた。
その中にひと際目を引く美少女がいる。
歩く足が自然と早くなり、駆け足で愛未のもとへ向かった。
「愛未、あけましておめでとう」
「千颯くん、来てくれたんだね」
「うん。愛未の巫女姿を見逃すわけにはいかないからね」
「ふふっ、何それ」
愛未は口元に手を添えながらクスクスと笑う。目の前の愛未は、写真で見た時よりもずっと魅力的だった。
真っ白な着物と真っ赤な袴の対照的なコントラストに視線が奪われる。神社の雰囲気とマッチして、神聖なオーラを放っていた。
ポニーテールにまとめた毛束は、動くたびにゆらゆらと揺れる。その動きにも思わず目がいってしまった。
奥ゆかしくて、神聖で、穢れを知らないような姿に思わず息を飲む。目の前の愛未の姿を目に焼き付けたくて、瞬きをするのも忘れるくらい見入っていた。
「そんなに見つめられると恥ずかしいな……」
愛未は視線をうろうろと巡らせながら困ったように笑う。そんな反応も可愛くて仕方なかった。
「もっとちゃんと見せて」
「もう、揶揄わないで!」
ちょっと拗ねたような口調で、千颯の肩をパシンと軽く叩いた。
そこで千颯はここに来たもう一つの目的を思い出す。今日は愛未の巫女姿を見に来ただけじゃない。ちゃんと伝えたいことがあったからだ。
一瞬だけ
「あのさ、バイト中にこんなこと言うのはどうかと思うけど」
「ん?」
いつになく真剣な顔をする千颯を見て、愛未は不思議そうに首を傾げる。そんな愛未にはっきりと告げた。
「俺、雅と別れた」
言葉にすると、もう後には戻れないような気がした。
一方、思いがけない事実を知らされた愛未は、目を丸くしながら固まっている。
当然の反応だ。千颯と雅は別れの気配を一切感じさせていなかった。それなのに突然別れたなんて信じられないだろう。
愛未は真意を確かめるように、千颯の瞳をじっと見つめていた。しばらく沈黙が続くと、別の巫女から声がかかる。
「木崎さん、お喋りはそれくらいにして、待っている人の対応をしてくれる?」
声をかけられたことで愛未はハッと我に返る。
「はい! すいません!」
愛未は咄嗟に謝罪をした。そのやりとりを見て、仕事の邪魔をしてしまったことに気付いた。
「ごめん、忙しい時に引き留めちゃって」
「気にしないで。それより千颯くん、絵馬書く?」
「絵馬?」
愛未は絵馬を手に取って、ゆらゆら揺らしながら千颯に見せる。唐突な質問に驚きながらも、千颯は頷いた。
「うん、せっかくだし書こうかな」
「500円になります」
千颯は財布を取り出して、500円玉を手渡した。
「社務所の隣に絵馬を書けるスペースがあるから。そこで書いていくといいよ」
「分かった。そうする」
絵馬を受け取った直後、愛未は口元に笑みを浮かべながら言った。
「私も絵馬を書いたんだよ」
「え?」
千颯はもう一度愛未を凝視する。愛未はどこか勝気な笑顔を浮かべていた。
「探してもいいよ。私の書いた絵馬」
その言葉に面食らったが、愛未が何を願っているのかは正直気になる。はやる気持ちを抑えながら千颯は頷いた。
「うん、探してみる」
そう宣言してから、千颯は社務所を離れた。
*・*・*
社務所の隣には、絵馬を書くために設置されたテーブルがある。テーブルの周りは入り込める余地がないほど賑わっていた。
ひとまず自分の絵馬を書くのは後回しにして、先に愛未の絵馬を探すことにした。
境内の奥には絵馬を掛ける専用のスペースが設けられている。そこには大量の絵馬がずらりと並んでいた。
この中から愛未の絵馬を探すのは至難の業だ。ひとつひとつ見て回ったら、あっという間に日が暮れてしまう。
(だけどまあ、それでもいいか)
愛未の願い事を分からないままにするよりは、時間をかけてでも捜し出したかった。
千颯は邪魔にならないように注意をしながら、絵馬に目を通していく。
「志望校に合格できますように」「家族が健康で過ごせますように」「今年こそ彼女が欲しい」「ライブのチケットが当たりますように」など、さまざまな願い事が絵馬に託されている。
人の願い事を盗み見るのは気が引けたが、絵馬探しをしている以上仕方がない。心の中で謝罪しながら、ひとつひとつ絵馬を見ていった。
すると気になるワードを発見する。千颯はその絵馬を手に取った。
『大好きな人とずっとハグともで居られますように』
美しい筆跡で、聞きなれない言葉が書かれている。
(ハグともってなんだ?)
千颯は首を傾げながら隣にかけられた絵馬にも目を通す。
『大好きな人とずっと一緒に居られますように』
先ほどの絵馬と同じよう願い事だが、少し言い回しが違う。これはどういうことなのだろうか?
その謎が解明されるはずもなく、諦めてほかの絵馬に目を通すことにした。
すると先ほどの絵馬の後ろに隠れるように、小さくて丸い筆跡で書かれた願い事を発見した。
この筆跡には見覚えがある。愛未の字だ。
千颯は緊張しながらも絵馬を手に取り、託された願い事に目を通した。
『大好きな人の一番になりたい』
それは雅から伝えられた言葉と同じだった。
心の奥底から感情が湧きあがる。嬉しさが溢れかえって、力が抜けそうになった。
涙が滲んでくるのを何とか堪えながら、絵馬を持つ手に力を籠める。愛未の願い事を胸に刻み込むように、何度も何度も読み返した。
そこで千颯ははっきりと自覚した。
(ああ、俺はやっぱり愛未が好きなんだ)
いままでも愛未のことが好きだった。だけど三者面談の後に母親との関係性を打ち明けらたことをきっかけに、より一層愛未の存在が大きくなった。
愛未を守りたい。その気持ちが胸の内を支配していた。
どこに進めばいいのか分からず迷っていたけど、やっと進むべき道が見えた気がした。
しばらくその場に立ち尽くしていると、絵馬をかけに来た参拝客から邪魔そうに顔をしかめられた。そこで千颯は我に返る。
(俺も書かなきゃ)
絵馬を書くテーブルに移動して、マジックで願い事を書く。書き終わった後、愛未の絵馬の隣にそっと掛けた。
願掛けするように手を合わせた後、千颯は神社を後にした。
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