第五部
第118話 初詣
1月2日。
お参りの列は神社の外まで繋がっており、元旦から一夜明けてもなお、境内はお正月ムードを漂わせながら賑わいを見せていた。
千颯は寒さで身震いをしながら列の最後尾に並ぶ。ふと目の前を見ると、高校生と思われる男女4人組が楽しそうに会話をしながら列に並んでいた。
その途端、言いようもないもの寂しさに襲われる。
(いままでだったら、みんなで初詣に行ってたんだろうな……)
ふと、みんなで初詣に行く姿を想像してしまった。
朝早くに
二人は花がほころんだような愛らしい笑顔を浮かべながら、千颯と凪に手を振ってくるのだろう。
4人で初詣を済ませたら、巫女のバイトをしている愛未に会いに行く。きっと愛未の可愛らしい巫女姿を前にしたら、凪や雅が歓喜しながら写真を撮りまくるのだろう。その後ろで、千颯もこっそり写真を撮る。そんな様子まで想像できた。
つい数日前までだったらあり得た光景も、いまは叶うことはない。
その理由はただひとつ。雅から別れを切り出されたからだ。
雅と初日の出を見た直後、愛未の蛙化現象が治ったことを告げられた。
『千颯くんの一番になりたい』
愛未は雅にそう話していたと聞く。
長年片想いをしてきた相手から一番になりたいと言われたんだ。これほどまでに嬉しいことはない。
だけど千颯は手放しで喜ぶことはできなかった。愛未と付き合うことは、雅との別れを意味しているからだ。
雅は偽彼女なのだから、愛未との関係が前進したのなら、別れるのが自然の流れだろう。頭ではそうした方がいいと分かっていながらも、心が追い付いて行かない。
雅と過ごした日々が、走馬灯のように蘇ってきた。
もはや雅はただの偽彼女ではない。簡単には忘れられないほど、大きな存在になっていた。
友達というのも少し違う。では、一体何だというのだ?
雅への感情の正体が分からずにいた。
*・*・*
寒さに身震いしながら列に並んでいると、見知った二人組を発見した。
「水野」
千颯が声をかけると、クラスメイトの
「千颯、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
穏やかに微笑む水野と、真顔の羽菜。表情は対照的だったが、二人が一緒にいるのはとてもしっくりきた。
二人を眺めていると、あることに気付く。二人は手を繋いでいた。
「仲良さそうだね」
微笑ましさを感じながら指摘すると、水野は視線を泳がせる。一瞬だけ繫いだ手を離しかけたが、すぐにまた握り直した。
それからいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべた。
「おかげさまで」
その反応で、やはり水野は大人だと思い知らされた。きっと自分が同じようなシチュエーションに遭遇したら、恥ずかしさのあまり手を離していただろう。
周りからどう思われようが、好きな人の手をちゃんと繋いであげられることはとても立派だと思えた。
そんなことを考えていると、水野は不思議そうに周囲を見渡す。
「今日は相良さんと一緒じゃないの?」
「うん、今日は一人。愛未がここでバイトしているから会いに来たんだ」
「ああ、木崎さんなら、あっちで絵馬を売ってたよ。俺たちもさっき書いてきたところ」
「そっか、お参り済ませたら行ってみるよ」
会話が一区切りつくと、水野はもう一度微笑んだ。
「じゃあね、千颯。また学校で」
「さようなら、千颯くん」
「ああ、うん。お幸せに」
千颯の言葉を聞いた二人は、シンクロするように肩が揺れる。それからどこか照れを含んだ表情で顔を見合わせた後、神社の外へと歩き出した。
千颯は手を繋いで歩く二人の後ろ姿を眺める。微笑ましさ半分、羨ましさ半分といったところだった。
お参りの順番がやってくると、財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に放り投げた。両手を合わせてお願い事をしようとしたところで、ふと気付いてしまった。
(あれ? 俺は何をお願いしたいんだ?)
自分が何を望んでいるのか分からなかった。
戸惑いを感じていたが、いつまでも占拠しているわけにはいかない。家内安全、無病息災、交通安全。それっぽい言葉を並べて、その場から離れた。
◇◇◇
本作をお読みいただきありがとうございます。第五部がスタートしました!
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「彼女に蛙化現象されたから、クラスで人気の京美人を彼女にして見返してやります」
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