第117話 繋いだ手が離された時

 朝日がすっかり登った頃、みやびはポケットから手を抜いた。


 頬を赤らめながら落ち着きなく視線を彷徨わせる雅に、なんと声をかけたらいいのか分からなかった。


 手を繋いでくれてありがとうと言うのも変な話だし、寒いから手を繋いだだけと言い訳するのもダサい。


 かける言葉を探していると、不意に反対側のポケットにしまっていたスマホが振動した。気まずさから逃れるように、千颯ちはやはスマホを開く。


 メッセージの送り主は愛未あいみだった。愛未は新年の挨拶と共に、巫女服の自撮りを送ってきた。


 普段下ろしている髪は、ポニーテールにまとめている。そんな愛未を見て、思わず頬が緩む。こんなのは可愛い以外の何ものでもない。


 頬を緩める千颯を見て、雅は不思議そうに首を傾げる。


「どしたん?」


 にやけている理由を訊かれたから、写真を見せて理由を明かした。


「愛未から。年末年始は巫女のバイトをしてるみたいだね」


 写真を見た雅も、ふっと表情を緩める。


「可愛らしいなぁ。巫女服がよく似合っとる」

「ね、わざわざ自撮りして送ってきてくれるのも、なんか可愛い」


 微笑ましさを感じながら写真を眺める千颯を、雅はすぐ隣で見つめていた。


 それから意気揚々と愛未への返信を打つ。巫女服がよく似合っているという賞賛と、明日お参りに行くことを伝えた。


 返信を終えてスマホをポケットにしまった時、雅から指摘された。


「やっぱり千颯くんは、愛未ちゃんが大好きなんやなぁ」

「え?」


 唐突に指摘されて驚く。雅は目を細めながら微笑んでいた。その表情はどこか寂しそうに見える。


 そこで雅をほったらかしにして愛未への返信を考えていたことに気付く。


「ごめん! 人といるときにスマホを弄ってるのは失礼だよね」

「別にかまへんよ」


 そう言いながらも、雅は駅の方面へと歩き出した。千颯はその背中を追いかける。


 手を繋いでいた時の距離感から、一気に突き放されたような気がした。雅の気を引きたくて、千颯は言葉を探す。


 そんな中、すでに登り切った太陽を見て、大事なことを伝え忘れていたことに気付いた。


「待って、雅!」


 そう呼び留めると、雅は足を止める。立ち止まった小さな背中に、声をかけた。


「今年もよろしくね」


 年が明けて、新学期が始まってからも、雅はずっとそばにいてくれると信じて疑わなかった。


 今年もたくさん迷惑をかけるだろう。それでも雅は呆れ顔を浮かべながらも付き合ってくれるような気がした。


 そんな千颯の期待とは裏腹に、雅は告げた。


「もう、今年はよろしくせんでええよ」


 振り返った雅は、眉を下げながら力なく笑っていた。


「……え?」


 言っている意味が分からない。何かの冗談かと思った。


 呆然と固まる千颯を見て、雅は淡々とした口調で告げる。


「クリスマスイブの夜に、愛未ちゃんから相談されたんよ」


 クリスマスイブの夜。恐らくパーティーが終わった後の出来事だろう。


 千颯の知らない真実が明かされそうになり、息を飲む。身構えていると、想像以上の言葉を聞かされた。


「愛未ちゃん、千颯くんの一番になりたいんやって」


 一番になりたい。それはつまり……。


「良かったやん。蛙化現象が治ったってことやろ」


 雅はぎこちない笑顔を見せながら告げた。


 突然の報告に千颯は言葉を失う。雅の言葉が何度も脳内で繰り返されていた。


 蛙化現象が治った。


 そんな日を千颯はずっと望んでいた。


 愛未にもう一度、好きになってもらいたい。そのために雅に協力してもらっていたのだから。


 その目的がいま、果たされようとしている。


 多分これは、喜ぶべきシチュエーションなのだろう。ハッピーエンドがすぐ目の前までやって来ているのだから。


 だけど、手放しには喜べずにいた。愛未と結ばれることで、失うものがあると気付いていたから。


 雅は笑顔を浮かべながら告げる。それは聞きたくない言葉だった。


「千颯くん、お別れしよっか」


 全身の力が抜けていく。


 いつかこんな日が来ることは予想していたが、いざ別れを告げられるとどうしようもない喪失感に襲われた。


 何と声をかければいいのか分からない。


 別れたくないとごねるほど、物わかりが悪いわけではない。多分、別れるのが一番正しい選択だ。


 呆然と立ち尽くしている千颯に、雅はそっと告げる。


「幸せになりや」


 その言葉を最後に、雅は千颯のもとから去っていった。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます。

「はあ……」と溜息をついてしまった方も多いでしょう。雅は自ら身を引く選択をしてしまいました。


どん底とも言える展開ではありますが、第四部はこちらで終了になります。


「ここからどうなるの!?」「続きが気になる!」と思ったら★★★で評価いただけると幸いです。

♡や応援コメントもいつもありがとうございます!


そしてついに、本作も最終章を迎えようとしています。

千颯のもとから離れた雅ですが、このままフェードアウト……なんてことにはならないので、雅推しの方も最後まで見守っていけると幸いです。


第五部からはイチャイチャ要素が多くなります。ヒロインとの甘々な展開を期待されている方もお楽しみに!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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