第116話 気持ちを確かめたくて

 電車を乗り継いで、二人は海沿いの公園に辿り着いた。


 この場所が初日の出のベストスポットだと知れ渡っていたのか、園内はカメラと三脚を持った大人達で賑わっていた。


 二人は巨大な観覧車を見上げながら、園内を歩く。まだ日が昇っていない薄暗い公園を歩いているのは不思議な感覚だった。


「寒いなぁ」


 隣を歩くみやびは、両手をすり合わせながら身震いをする。ダウンコードで完全装備をしている千颯ちはやですら寒いのだから、チェスターコートの雅はもっと寒いに違いない。


「それじゃ寒いでしょ。俺のコート貸そうか?」

「いやいや、そんなんしたら千颯くんが寒いやん」

「まあ、そうだけど……」

「それに千颯くんのコートじゃうちにはブカブカや」

「雅は小さいからね」


「千颯くんに言われるのは癪やなぁ。千颯くんだってそんなに背が高い方やないやろ」

「170だけど?」

「嘘や。愛未ちゃんが言っとったで。千颯くんの身長は168やて」

「なんで愛未が俺の身長を知ってんだよ……」


 ジャストで身長を言い当てられて驚く。愛未本人に伝えた覚えはなかったはずなのに、一体どこで情報が漏れたのか。


 サバを読んだことがバレて、ちょっと恥ずかしくなった。


「168も170もたいして変わらないでしょ。四捨五入すれば170だ」


 反論する千颯を見て、雅はクスっと笑う。


「そんなら170ってことにしとくわぁ」


 なんだか譲歩されたような気がするが、それ以上反論するのは辞めた。

 千颯はポケットからスマホを取り出す。


「日の出まであとどれくらい?」

「あと30分くらいやと思う」

「じゃあそれまでに、どこで見るか決めないとね」


 海沿いには初日の出の待つ人々で混雑している。ベストスポットを狙って撮影をしようとする大人達に混ざるのは少し気が引けた。


 撮影目的ではないから、多少見え方が悪くても気にしない。それよりも、落ち着いて雅と話ができる場所で見たかった。


 混雑している場所から少し離れると、人がまばらになってくる。そこでどちらともなく足を止めた。


「この辺でいっか」

「そやねー」


 海岸沿いの手すりに寄りかかりながら、日が昇るのを待つ。


 東の空が朝焼けで染まっている。紺色の空から瑠璃色、橙色、黄色と少しずつグラデーションがかかっていく景色は幻想的だった。


 隣に佇む雅は、寒そうに手をこすり合わせながら水平線を眺めている。その姿を見ていると、胸が締め付けられる感覚になった。


 目を離せずにいると、不意に目が合う。


「どしたん?」

「いや、何でも」


 色素の薄い瞳に見つめられて、思わず視線を逸らした。


「やっぱ寒いなぁ。手袋してくるべきやったわぁ」


 雅は眉を下げながら笑う。白くて小さな手は、寒さのせいか若干赤くなっているように見えた。


 その手を眺めていると、ふとある考えが過る。


(いま手を繋いだら、どんな反応するかな?)


 前に何気なく手を握ったら怒られたのを覚えている。いま手を繋いだとしても、前と同じようにすぐに振りほどかれてしまうかもしれない。


 それでも試してみたかった。


「手、貸して」

「ん?」


 雅はぱちぱちと瞬きをしながらこちらを見つめている。千颯は返事を待たずに、雅の手を握った。そのまま自分のコートのポケットに突っ込む。


「これなら、ちょっとはマシじゃない?」


 恥ずかしさから雅の顔が見られない。顔は燃え上がりそうなほどに熱く、心臓は破裂しそうなほどに暴れまわっていた。


 ポケットの中には、雅の冷たい手がある。すべすべとした滑らかな感触が伝わる。かさつきなんて一切感じられなかった。きちんと手入れをしているからだろうか。


 滑らかな手の感触が心地よくて、ぎゅっと力を込めてみる。振り払われるかもと覚悟していたが、意外なことに雅の手はポケットに収まったままだった。


 チラッと横目で雅の反応を伺うと、真っ赤な顔をしながら俯いている。その反応を見て、自分と同じなんだろうなと確信した。


 緊張しているけど、嫌ではない。そう思わせる要因を探ると、またしてもあの可能性が浮かび上がってきた。


(やっぱり雅は俺のことが好きなのかな……)


 そう自覚すると、余計に顔が熱くなった。


 雅とは本音で話そうと約束をしたが、好きかどうかを直接尋ねることはさすがにできない。たとえ聞いたとしても、適当にはぐらかされてしまうだろう。


 だから間接的に確かめるしかなかった。


 ポケットの中で、雅の手を握る力をほんの少し緩める。それから指を絡ませて恋人繋ぎへと変えてみた。


(これで拒絶されなかったら確定だろうな)


 ドキドキしながら雅の反応を待つ。雅は悩まし気に眉を寄せながら、唇を固く閉じていた。困惑しているようにも見える。


 ああ、ダメかもしれないと思った時、ポケットの中の手が動いた。


 雅は千颯の手をぎゅっと握り返していた。目は合わせてくれなかったけど、確かに力がこもっている。


 千颯は反対側の手で顔を隠すように口元を抑える。恥ずかしさと嬉しさが入り交じって、表情を保っていられなくなった。


 身体がどんどん熱くなっていく。頭はのぼせ上りそうなほどにクラクラしていた。


(これはもう、勘違いじゃないだろうな)


 千颯はもう一度、手を握る力を強めてみる。それに応じるように雅も力を強めた。


 そこで千颯は、本格的に自覚した。




 ポケットの中で繋がれた手は簡単には解かれない。指を絡ませながら、お互いの体温を確かめるように繋がっていた。


 そうこうしている間に、初日の出が登る。


 わざわざ初日の出を観に来たというのに、肝心の景色はまったく頭に入って来ない。ただ眩しいな、という感想しか思い浮かばなかった。

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