第112話 負けた方が何でも言うことを聞く

 最初にゴールしたのはなぎだった。千颯ちはやは最終ラップでバナナの皮に滑ったことで勝利を逃した。


 これは凪のせいというよりは、自分の煩悩が原因だ。妨害されたとはいえ、あまり凪を責める気にはなれなれなかった。


 結局、千颯は2位でゴール。そこに続いたのは、意外なことにみやびだった。


「やった! コンピューターに勝った!」


 ゴールした雅は、両手を掲げながら喜びを露わにする。雅はミスを最小限に抑えながら順位をキープし、最後の最後にコンピューターを抜いたのだ。


 初めの壊滅的な走りからここまで成長したのは、シンプルに感動した。


「すごいじゃん。まさかここまで上手くなるとは思わなかった」


 敵チームであることも忘れ、千颯は素直に雅を賞賛していた。


「上手くなったやろ。ドリフトもできるようになったで」


 雅は誇らしげににこっと笑った。


 それから愛未もゴールをする。一時は最下位まで転落したが、諦めずに走りきりなんとか5位でゴールラインを切った。


「愛未もよく頑張ったね」

「でも、負けちゃった。ごめんね」

「いいよ、俺も負けたし」


 二人は眉を下げながら顔を見合わせて笑い合う。その傍らで、雅・凪ペアは勝利の喜びを分かち合っていた。


「凪ちゃん! うちらの勝ちやな」

「やりましたね! 私たちは無敵です!」


 両手を合わせながらぴょんぴょんと身体を揺らす二人を見て、微笑ましい気分になった。


 すると雅がにやりと千颯に視線を送る。


「千颯くん、うちとの約束覚えてるよね?」

「もちろん」


 千颯は頷く。そんな二人を見て、凪が首を傾げた。


「約束ってなんです?」

「ゲームで負けた方が、相手の言うことを何でも聞くって約束しとったんよ」


 二人の間で交わした約束を伝えると、凪は「うわぁ……」と眉を顰めた。


「雅さん、ほんっとに勝って良かったですね。もし千颯が勝ってたら、きっとエッチなお願いをしてきましたよ」

「するわけないだろ!」


 動揺のあまり声を荒げて否定する。ムキになっている姿が逆に怪しく思えたのか、凪は引き気味に言葉を続けた。


「いやいや、ちょっとは考えてたんじゃないの? クリスマスだし」

「考えてないから! 適当なこと言うな!」


 ゲームに勝ったからと言って、雅にいかがわしいお願いをするつもりはなかった。そんなことをすれば雅との関係を壊すことになる。偽彼女である以上、一線を越えた手出しはしないつもりだ。


 しかしそんな千颯の心境を知らない雅は、真っ赤な顔をして慌てふためく。


「エッチなことって…… そういうのは結婚するまであかんやろ……」


 明らか千颯を警戒していた。


 気まずい空気が流れる。愛未と芽依もやや引き気味に「あははは」と渇いた笑いを浮かべていた。


 三人の反応を見た千颯は、その場で崩れ落ちる。


「ホントに違うんだって……」


 ダメージが大きすぎて、これ以上凪を怒る気力も湧かない。激しく落ち込む千颯を見て、さすがにマズいと思ったのか凪がフォローし始めた。


「ごめんね、千颯。変なこと言って」

「お前さ、言って良いことと悪いことが……」

「ごめんって! 私はさ、別に千颯を揶揄いたかっただけじゃないよ? 雅さんにね、ちゃんと忠告しておきたかったの」

「忠告?」


 意味が分からず顔を上げると、凪は視線を逸らしながら恥ずかしそうに言った。


「その……千颯って草食っぽく見えるけど、中身はちゃんと男の子だよって」


 その発言で、凪の意図が伝わった。恐らく凪は、千颯が年相応に欲求を持ち合わせていることを伝えたかったのだろう。


 凪は視線をうろうろと彷徨わせながら言葉を続ける。


「何となくですけど、雅さんって千颯をあんまり男として見ていないような気がしていたから。それは京都の時とかも結構感じていて……。だから忠告しておきたかったんです。油断していると食べられちゃうよって」


 凪なりに思うところはあったのだろう。だが、正直余計なお世話でしかない。雅とはそういう関係にはなりえないのだから。


「お前は変な気を回さなくていいんだよ」

「だってさ、私は雅さんも大好きだから! 変なことになって二人の関係性がギクシャクしても嫌だし」

「変なことにはならないから」

「なんでそう言い切れるの? だって明日は二人でデートするんじゃないの? クリスマスだし」

「え?」


 凪の言葉で固まる。確かに明日はクリスマスだが、別に雅と約束をしていたわけではなかった。


 だけど、よくよく考えてみればクリスマスにデートしないというのは少し不自然だろう。初めて迎えるクリスマスとなれば尚更だ。


 千颯は恐る恐る雅に視線を向ける。雅は先ほどの発言が尾を引いているのか、真っ赤な顔をして頬を押さえていた。


 千颯と目が合うと、焦ったように大きく目を見開いてから、慌てて視線を逸らす。気まずいのは重々承知だったが、意を決して尋ねてみた。


「明日、するよね?」

「へっ……? するって、何を?」

「だからデート……」


 伝われっと念を込めながら雅を見つめる。戸惑いながら目を瞬かせていた雅だったが、みんなから注目されていることに気付きハッと我に返った。


「そ、そやねぇ。クリスマスやしねー」


 雅は無理やり笑顔を作りながら話を合わせる。怪しまれずにこの場を切り抜けられそうで千颯はホッとした。


 雅の言葉を聞いた凪は、気まずそうに視線を逸らす。


「……ですよね。楽しんで来てください。もし、嫌なことされそうになったら、遠慮なくぶっ飛ばしてもらっていいので」


 最後に物騒な言葉を残しながらも、この話はここで終わった。


◇◇◇


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