第110話 勝負しよう
喜びを噛み締める千颯を、女性陣はどこか残念そうに眺めている。……が、そんなのは知ったこっちゃない。彼女たちの期待に応えてあげるつもりはなかった。
そしてサンタの衣装を着ることになったのは
「ま、まさか私が着る羽目になるなんて……」
サンタ服を着せられた芽依は、恥ずかしそうにスカートの裾を抑えていた。
照れている芽依だったが、正直めちゃくちゃ似合っている。栗色のふわっとした髪と赤色のポンチョはとても相性がいい。芽依の可愛らしさが引き立っていた。
視線を落とせばスラリと伸びた脚。サンタ服との相性を考えたのか、膝丈の白いハイソックスを履いていた。恐らくこれは凪に借りたものだろう。
そしてハイソックスの上は、白くて柔らかそうな太腿が晒されている。この辺りはあまりジロジロ見ては失礼だろう。
可愛い芽依サンタが登場したところで、
「サンタとくればトナカイも必須! トナカイのカチューシャも買ってきたよー」
凪はトナカイの耳と角がついたカチューシャを掲げると、千颯のもとにやってきた。
「これは千颯だね」
「なんで問答無用で俺なんだよ!」
「これは千颯用って最初から決まってたんだもん」
「はあ……?」
呆れた表情で凪を見下ろしていると、不意に芽依サンタにシャツを掴まれた。
「お兄さん、私だけに恥ずかしい思いをさせるつもりですか?」
上目遣いで千颯を睨みつける芽依。その表情があまりに可愛くて、うっかり道連れになることを承諾してしまった。
「分かったよ。付けるから」
こうして千颯はトナカイになった。
トナカイのカチューシャを付けて複雑そうに目を細める千颯を見て、
「千颯くん、よく似合っとるで」
「ふふふ、可愛いよ」
「……あまり嬉しくないんだけど」
褒められているのか馬鹿にされているのか分からない。恐らく後者だろうけど。
すると凪は、またしても突拍子のない発言をする。
「じゃあ芽依ちゃん、千颯の上に乗っていいよ」
「……は? 乗るってなんで?」
「だってサンタはトナカイに乗ってるじゃん」
ああ、確かにと納得しかけたが、すぐに違う違うと否定する。
「サンタが乗ってるのはソリです! トナカイにダイレクトには乗っていない! そんな勇ましいサンタがいて堪るか!」
咄嗟にツッコミを入れるも、凪の言葉に影響されて余計な妄想をしてしまう。
サンタ服を着た芽依が、ゆっくりと体重を預けながら自分の上に乗る。そして頬を染めながら潤んだ瞳で見下ろししてくる。そんな姿を想像すると頭がショートしそうになった。
絶対にダメだ。背中に乗られてもお腹に乗られても大変なことになる。ましてやあんな短いスカートでは……。
カーっと顔が熱くなるのを感じる。ふと、芽依に視線を向けると千颯と同じように顔を赤くしていた。
視線が合うと、芽依は慌てて逸らす。うろうろと視線を逸らした後、もう一度目を合わせた。そして上目遣いでおずおずと尋ねる。
「乗った方がいいですか?」
「勘弁してください!」
千颯は速攻お断りをしながら、頭に付けたカチューシャを床に投げ捨てた。
*・*・*
スーパーのお惣菜とクリスマスケーキを囲んで、クリスマスパーティーが始まった。ケーキ屋で約束したとおり、愛未のケーキにはサンタの砂糖菓子が乗っている。
愛未はサンタを皿の端に残しておいて、最後に名残惜しそうに食べた。
「甘いね」
眉を下げながら笑う愛未を見て、千颯の頬も緩んだ。
食事を終えると、みんなでゲームをする流れになった。雅とユニスタに行った時に、ゲームをする約束をしていたからだ。
手始めに人気キャラクターが登場するアクションゲームを雅にやらせてみたが、想像以上に悲惨な状態になった。
「へ? なんでジャンプしたのに勝手に落ちるん? ジャンプってAボタンやろ?」
「Bです」
「Bかぁ! 全然覚えられへん! ちょっともう一回!」
「リトライでもう一回できるよ」
「よし! スタート! ……ちょっと待って、この花あかん奴や。食べられる……って食べられた……」
「ねえ雅、リッキー可哀そう。もっと命を大事にしてあげて」
ゲームキャラのリッキーは、雅の采配によって不遇な死を遂げていた。何度も何度も。
案の定、雅はゲームが下手だった。ここまで下手な人は珍しいくらいだ。
雅はゲームオーバーの画面を悲しそうに見つめながら、ぽつりと呟く。
「千颯くん、死なないゲームが良い……」
「え?」
「誰も死なない平和なゲームが良い!」
切実に頼み込む雅を見て、千颯は咄嗟に頷いた。
「分かった、分かったから! 死なないゲームに変えるから落ち込まないで」
千颯は慌ててゲームソフトを取り換えた。
どの道このゲームは一人しかプレイできないから、他のメンバーは手持無沙汰になる。みんなでできる死なないゲームを見繕っていると、とあるソフトが目が留まった。
「これならみんなでできるか」
手に取ったのは、キャラクターたちがカートに乗ってゴールまでの順位を競うレースゲームだ。コースに出現するアイテムを上手く使いながら走るのが特徴的だ。
これなら死ぬという概念はない。崖から転落する危険はあるが、救出してもらえばレースに復帰できる。ゲーム初心者でも十分楽しめるゲームだった。
「あー! いいじゃん! これならみんなで勝負できるね!」
横から手元を覗き込んだ凪も、納得するように頷いた。
「勝負……」
その言葉に雅が反応する。そういえば、雅とはゲームで勝負しようと約束をしていた。雅はじーっと千颯を見つめたかと思うと、ビシッと指をさす。
「千颯くん、そのゲームでうちと勝負しよ」
強気な発言に思わず笑ってしまう。
「その腕前でよく俺に挑もうと思ったね」
「最初は歯が立たへんかもしれんけど、練習すれば分からんやろ」
それは甘く見過ぎている。たった数十分練習したくらいで何百時間とゲームをやり込んできた相手に叶うはずがない。運要素の強いゲームならまだしも、レースゲームでは如実にテクニックが現れる。
千颯が勝利を確信していたところ、凪が口を挟んだ。
「んじゃあ、チーム制にしたらどうです? 私と雅さんがペアになれば、結構いい勝負ができると思いますよ」
その提案で勝利が揺らぐ。凪は千颯と散々対戦してきたこともあり、ゲームはそれなりに上手い。千颯とは互角に戦える腕前だった。
「確かにそれならバランスが取れるかも」
千颯も納得する。初心者とタイマン張ってボロボロに打ち負かすのは気が引ける。それならチーム制にして、対等に戦って勝ちたかった。
「じゃあ、チーム制でやろうか」
千颯が承諾すると、雅も力強く頷く。
「余裕な態度を取っていられるのも、いまのうちやで」
そんな煽りを受けながらも、レースゲームを始めた。
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