第108話 クリスマスがやってきた
「うー……さむっ」
紺色のダッフルコートに身を包んだ
寒さで震える千颯の隣で、茶色のダッフルコートに身を包んだ
「先週あたりから一段と寒くなったよねー。風が吹くと凍りそう」
「俺もう凍ってる」
冗談っぽくそういうと、愛未は口元を抑えながらくすくすと笑った。
再び突風に襲われると、愛未のスカートがひらりと翻る。中が見える事態にはならなかったが、真っ白な太腿が少し見えた。
「脚、寒くないの?」
素朴な疑問を口にしてみる。愛未は紺色のハイソックスを履いているだけで、膝から上は生足だった。そんな無防備な脚では寒いに決まっている。
千颯が指摘すると、愛未もスカートの下を見下ろす。それからはにかんだ笑顔で本音を漏らした。
「寒い」
「やっぱり」
そうだと思った。ズボンを履いている千颯ですら寒いのだから、生足を晒している愛未はもっと寒いに決まっている。
「タイツとか履かないの? 雅は履いてるから校則違反ってわけじゃないんでしょ?」
ふと雅を引き合いに出してみる。11月の終わり頃から、雅は厚手の黒タイツを履くようになっていたことを思い出した。
親切心で助言したつもりだったが、愛未は小悪魔的ににやりと笑う。
「千颯くんは、ハイソックスとタイツのどっちが好き?」
「そんなのどっちも好きだよ」
唐突な二択に面食らいながらも、正直に答える。その二つには甲乙つけがたい魅力がある。どっちがいいかなんて選べるはずもない。
正直に答えた千颯を見て、愛未はもう一度くすくすと笑った。
「千颯くんは欲張りなんだね」
*・*・*
それから二人はケーキ屋に到着した。予約していたクリスマスケーキを受け取るためだ。
今日は12月24日。終業式が終わったら、千颯の家に集まってみんなでクリスマスパーティーをする予定になっていた。
パーティーの準備はそれぞれ分担している。千颯と愛未はクリスマスケーキを受け取る係で、雅はスーパーにお惣菜を買いに行く係、凪と芽依はパーティーグッズを買いに行く係になっていた。
正直、最後の1つはいらない気がしたが、パーティーを盛り上げるためには欠かせないらしい。
当初千颯は、荷物が多くなりそうなスーパーに同行しようとしたが雅に遠慮されてしまった。「愛未ちゃんと行ってあげて」なんて言われながら。どうやら変に気を遣わせてしまったらしい。
そんな事情から、千颯と愛未は二人でケーキ屋にやってきた。
「ケーキを受け取りに来ました。これ、予約票です」
予約時に受け取った紙を見せると、店員のお姉さんは「少々お待ちくださいませー」と笑顔を浮かべながら、店の奥に引っ込んでいった。
愛未はショーケースに並んだケーキをキラキラした瞳で眺める。
「ケーキ、どんなのにしたの?」
「生クリームのホールケーキだよ。苺とサンタが乗ってるやつ」
「あ、これか!」
愛未はショーケースに飾られている見本を見て、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は破壊的に可愛い。千颯は反射的に表情が緩んだ。
すると愛未はケーキを眺めながら何気なく呟いた。
「こんなこと言うとまた可哀そうアピールしてるって思われるかもしれないけど、私、ホールケーキを食べるのって初めてなんだ」
「え? そうなの?」
「うん。クリスマスはせいぜい、コンビニのショートケーキだったし」
確かに母と娘の二人だけでは、ホールケーキは持て余すだろう。だからといって初めてというのは予想外だった。
とはいえ、あまり暗い雰囲気にはしたくない。千颯はケーキに乗ったサンタを指しながら約束した。
「じゃあ、サンタのところは愛未にあげる」
そう伝えると、愛未は目を丸くしながら見本のケーキを凝視する。
「え? このサンタって食べられるんだ」
*・*・*
ケーキを受け取ってから、二人は千颯の家に到着する。愛未は遠慮がちに靴を脱いでからリビングに向かった。
「千颯くんの家に来たのは初めてだね……」
愛未はそわそわした様子で部屋の中を見渡す。その光景を見て、千颯も緊張が走った。
(愛未が俺んちにいるんて。それに二人っきりって状況もやばいだろ……)
他のメンバーはまだ到着していない。だから必然的に愛未と二人きりになってしまった。
二人きりというシチュエーションは、どうにもよからぬ妄想を掻き立ててくる。誰もいないいまなら……と不埒な考えが過った。
(いや、何考えてんだ! ダメに決まってんだろ! それにもうすぐ雅達だって来るのに)
不埒な考えを断ち切るように、千颯は首を振った。そんな葛藤を見透かしたように、愛未はフフっと小さく笑う。
「千颯くん、いま変なこと考えてたでしょう?」
「なっ……なんで……」
「顔見れば分かるよ。千颯くんが何をしたいかくらい」
下心を見透かされて恥ずかしくなる。そんなに顔に出ていたのだろうか?
恥ずかしさから俯いていると、愛未の小悪魔的な囁きが聞こえた。
「今日はダメだよ。雅ちゃん達ももうじき来るだろうし」
断られていることよりも、別のことが気になってしまう。「今日は」とはどういう意味だろうか? それはつまり、別の日だったらOKということなのか?
またしても千颯は、愛未に翻弄されていた。とはいえ、文化祭前のやりとりで愛未が本当にそういう行為を望んでいるわけではないとも理解している。だからこそ、心に少し余裕が持てた。
「何もしないよ、今日は……」
ちょっとした復讐の意味も込めて、「今日は」という部分を強調してみる。すると愛未の表情から余裕が消え、恥じらうように頬を赤らめた。
「そ、そっか……」
お互いを意識するようなほわほわとした空気が流れる。その流れを断ち切るかのように、愛未は話題を変えた。
「そういえば、クリスマスイブなのにみんなでお家に押しかけちゃって大丈夫だった?」
「あー、うん。それは全然構わないよ」
「家族でクリスマスパーティーとかしないの?」
愛未は家族団欒を邪魔してしまわないかと心配しているのだろう。だけどその心配は無用だ。
「うちの親、今日も帰りが遅いだろうし気にしなくていいよ。年末って何かと忙しいみたいで、クリスマスとか関係なしに働いているから」
毎年この時期になると、両親はボロボロになって帰宅する。とくに出版社勤めの颯月なんかは「年末進行が……」なんてぼやきながら、ここ最近は終電で帰宅していた。そんな状況でクリスマスパーティーなんてきるはずがない。
「そっか、千颯くんちのご両親も忙しいんだね」
同情的な視線を向けられたが、別に嘆くことでも何でもない。
「まあ、その代わりなのか知らないけど、仕事納めの28日あたりには、クリスマスと忘年会と新年会が混ざった謎のパーティーが開かれるけどね。だからうちのクリスマススリーは29日まで片付かない」
そう言いながら千颯はソファーの横に飾られたクリスマスツリーを指さす。12月1日に凪が意気揚々と飾り付けしたものだ。当然のごとく、千颯も飾り付けを手伝わされた。
150センチ近くあるプラスチック製のもみの木に、赤や黄のオーナメントを飾り付けたツリーは、クリスマス気分を盛り上げる要素になっていた。
「仲が良いんだね。千颯くんちは」
「まあ、そうかもね」
仲が良いか悪いかと聞かれたら、良いと答えざるを得ない。
忙しく過ごす両親とは顔を合わせる時間は少ないけど、その分一緒にいる時の密度は濃い。忙しいなりにも家族との時間を大切にしているように思えた。
なんてことない平凡な家族だけど、きっとすごく恵まれている環境なのだろう。愛未の家庭環境を知ったいまだからこそ、余計にそう思えた。
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