第105話 放っておけない
「藤間くんは進路についてどう考えているんですか?」
「大学進学を希望しています。だけど志望校とか志望学科とかはまだ……」
「文系か理系かの希望は?」
「それも、まだ分かりません……」
進路について何も考えていないことを見透かされて、担任は呆れたように溜息をつく。
「もう高校二年の秋なんだから、そろそろ進路を決めないと。いつまでも遊んでいるわけにはいかないんですよ?」
「……すいません」
担任の言い分はもっともだ。千颯はぐうの音も出なかった。
張り詰めた空気の中、
「まあまあ、先生。この子はちょっと頼りないところはありますけど、自分のことは自分で考えられる子なんで。あまり急かさないで、温かく見守ってくださいな」
にっこり笑いながら千颯をフォローする颯月。その言葉で、場の空気が和んだ。しかめっ面をしていた担任の表情も緩む。
「まあ、そうですね。お母様の言う通り、急かすのも良くないですね」
「そうですよ! 焦ったっていいことないんですから。自分の頭で納得のいくまで考えなさいよ、千颯」
颯月は千颯を鼓舞するように背中を叩いた。そのやりとりを見て、自分が母親から信頼されているのを感じた。
ハイテンションな性格に鬱陶しく思うときもあるけど、大事にされていることはちゃんと伝わっている。あらためて自分は家族に恵まれていると実感した。
空気が和んだところで、担任はある提案をする。
「進路に悩んでいるなら、オープンキャンパスに行ってみたらどうです? 実際に大学を見学することで、考えがまとまることもありますし」
担任からの提案に真っ先に反応したのは颯月だった。
「オープンキャンパス! いいじゃないですか! お母さんも一緒に行きたい!」
「はあ? 一緒にって……」
「いいじゃない! お母さんも大学を見学してみたい! せっかくだし、凪ちゃんとお父さんも誘ってみんなで行こうか!」
「そういう場所じゃないから! オープンキャンパスくらい一人で行ける!」
本当に付いてきそうな気配を感じたため、千颯はきっぱりと断った。
*・*・*
結局、大学進学すること以外は何も決まらないまま、三者面談は終わった。
進路指導室を出てから、颯月は晴れやかな表情でうーんと伸びをする。
「あー、終わった、終わったー」
「今日はありがとう。この後は会社に戻んの?」
「ううん。今日は午後半休取ったから戻らないよ。せっかくだし、ケーキでも食べて帰ろっか」
颯月の突拍子もない提案に、千颯はギョッとする。
「なんで高校生にもなって母親とケーキ食べきゃならないの? 絶対に行きません」
「えー、そんな釣れないこと言わないでよー。ちはちゃん甘いもの好きでしょ?」
「ちょっと! ちはちゃん呼びはやめてって、何度も言ってるでしょ!」
千颯は慌てて周囲を見渡す。母親から「ちはちゃん」なんて呼ばれていることが知られたら、絶対に弄られる。周りに誰もいないことを確認して、千颯はほっと胸を撫でおろした。
釣れない態度を取る千颯を見て、颯月は口を尖らせる。
「もー、思春期ってホントに難しいっ」
颯月の相手をしながら何気なく教室を覗くと、
愛未は机の上で頬杖を突きながら、冷めた瞳で窓の外を眺めている。その姿はどこか寂しそうに見えた。
放っておけない。反射的にそう感じた。
「ごめん、母さん。俺、用事を思い出したから先に帰ってて」
ごねられることも覚悟していたが、颯月はあっさり引き下がってくれた。
「えー、そうなのー? 残念。じゃあ
「それは絶対にやめて!」
颯月はひらひらと手を振りながら軽い足取りで昇降口に向かっていく。本当に雅親子を巻き込みそうで怖い。
とはいえ、いまはそっちに構っている状況ではない。颯月の背中を見届けてから、千颯は教室に入った。
「愛未、どうしたの?」
扉の前で声をかけると、愛未は驚いたように振り返る。
「千颯くん……」
目を丸くして固まる愛未を見つめながら、千颯は愛未の前の席に腰掛けた。
「もしかして、愛未も三者面談だった?」
「うん。次の次だから教室で待ってるの」
「そっか。お母さんはまだ来てないの?」
何気なく尋ねると、愛未は表情を曇らせる。だけどそれはほんの一瞬で、すぐに笑顔を浮かべた。
「うちの親は来ないよ。三者面談は私一人で受けるつもり。……って、これじゃあ二者面談になっちゃうね」
愛未は何でもないことのように笑って流そうとしているが、どこか無理をしているように見えた。
愛未の母親は三者面談に来ない。愛未の家庭環境を知っていれば納得できることだ。
学校行事に親が来ないのなんて珍しくもないけど、三者面談となれば話は別だ。三者面談は親が来てこそ成立する行事なのだから。来ないということは、暗に子供の進路なんてどうでもいいと言われているようだった。
かける言葉が見つからず戸惑う千颯を見て、愛未は居心地が悪そうに立ち上がった。
「そろそろ進路指導室の前で待機してようかな。思ったよりも早く順番回ってくるかもしれないし」
そのまま荷物をまとめて教室を出ようとする。教室を出る直前、愛未は手を振りながら力なく笑った。
「じゃあね、千颯くん。また明日」
無理して明るく振舞っている愛未を見ていると、胸が締め付けられる。千颯はその場で立ち上がり、愛未を呼び止めた。
「待って!」
愛未は驚いたように目を丸くして、扉の前で静止する。突然呼び止められて戸惑っているようだ。
そんな愛未に、千颯は伝える。
「俺、面談終わるまで待ってるから。終わったらさ、俺とデートしよう」
咄嗟にそんな提案をしていた。寂しそうにする愛未を放っておくことなんてできなかった。
「それって、京都での借りを返してくれるってこと?」
「まあ、そうなるかな」
千颯は照れながら頷く。その様子を見て、愛未は小さく微笑んだ。
「そういうことなら、お願いします」
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