第103話 舞台上で君を想う/雅side③
バルコニーのシーンで
千颯はというと、先ほどまでの王子様ぶりは完全に消え去り、心ここにあらずといった様子で役を演じていた。
その演技をジーニー役の陣野をはじめ、ほかの演者がフォローする。その結果、大盛り上がりのまま劇を終えた。
演者と裏方が舞台に並んでお辞儀をすると、客席からは割れんばかりの拍手が響き渡った。劇は大成功だ。クラスメイトは満足げに微笑んでいた。
舞台袖に戻ってから、
「み、み、雅……。さっきのアレは、どういう……」
明らかに動揺している。顔を真っ赤にしながら、たどたどしく理由を尋ねる千颯。そんな千颯に、余裕たっぷりの笑顔を作ってみせた。
「あれは、ファンサや」
「ファ……ファンサ?」
千颯は目を丸くしながら雅の顔を見つめる。ピンと来ていない千颯に、雅は補足をした。
「そう、ファンサービス。みんな喜んでくれたやろ」
「えっと、それはつまり……演出上の都合ってこと?」
「そや。勝手にキスしてごめんなぁ」
雅はへらっと笑いながら千颯から離れた。
それから舞台袖を出て、二階へと続く階段へ向かう。階段の踊り場に差し掛かった時、雅はガクッと崩れ落ちた。
(やってもーたぁぁぁ!)
みんなの視線がなくなったところで、雅は一人頭を抱えて悶えていた。先ほどのキスを思い出すと、全身が燃え上がりそうになる。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
(つい魔が差してやってもうた! こんなん千颯くんとやってること一緒やん。いや、むしろそれよりひどい!)
考えれば考えるほど、この場から消えてしまいたくなった。自分の感情がここまで制御が効かなくなるとは思わなかった。情けなくて涙が滲んでくる。
すると誰かがこちらにやってくる足音が聞こえた。雅は咄嗟に涙を拭う。
ビクビクと怯えながら足音の主が現れるのを待つ。やって来たのは、侍女役の衣装を着た愛未だった。
愛未は腕を組みながら口元に笑みを浮かべている。
「やってくれたね、雅ちゃん」
愛未は挑発的な視線で雅を見据えていた。
「あ、愛未ちゃん。その、見せつけるつもりはなくて……」
雅は咄嗟に言い訳をする。明らかに自分に非がありすぎて、ポーカーフェイスを気取る余裕もなかった。
そんな雅を見下ろしながら、愛未はゆっくりと近付く。
「別に謝る必要なんてないよ。雅ちゃんは千颯くんの彼女なんだから」
愛未は余裕たっぷりの笑みで雅の瞳を覗いていた。
ひとまずは激怒されたり泣かれたりしなくてホッとした。気を緩めた次の瞬間、愛未のヒヤッとした指先が雅の唇に触れた。
「で、どうだった? 千颯くんとのキスは」
突然の出来事に雅は固まる。
「ど、どうって……」
「気持ちよかった?」
愛未は妖艶な笑みで微笑む。その表情は同じ女でもドキッとしてしまうほどの破壊力があった。雅は慌てて首を振る。
「そんなわけないやろ!」
「ふーん、じゃあどうだったの?」
瞳の奥を覗き込まれると、適当にはぐらかすことなんてできない。雅は先ほどの光景を思い出しながら、本音をこぼした。
「なんか、満たされた……」
キスをした瞬間、心の中が好きという感情で支配された。心の隙間が一気に埋まって、満たされた気分になった。
正直な思いを伝えると、愛未は腕組みをしながら「なるほどね」と口にした。
次に何を言われるか想像すると怖くなって、雅は先に言葉を続ける。
「気を悪くさせたならホンマにごめん!」
雅は咄嗟に頭を下げる。その行動はどこか千颯と似通っている。千颯が愛未に頭が上がらない理由が分かった気がした。
謝る雅だったが、当の愛未はそこまで気に留めていないようだった。代わりに小悪魔的な笑みで恐ろしい言葉を吐いた。
「謝らないでいいって。だって次は、私の番だから」
その笑顔を見た瞬間、雅は悟った。
(あかん。これ、負けるやつや……)
千颯にとっての一番は愛未だ。それは雅だってとっくに知っていた。
だからこそ、愛未と千颯がキスなんてしたら、一発で勝負が付いてしまう。それは自分の恋が終わりを迎えることを意味していた。
「まあでも、誘うような真似はしないって千颯くんと約束したから、あんまり強引なことはできないけど」
慄く雅には気を留めずに、愛未は口元に手を添えながら作戦を練っていた。
それから清々しいほどの笑みを向けられる。
「私も負けないから」
そう告げると、愛未は軽やかな足取りで舞台袖へ戻っていった。
一人取り残された雅は、両腕を抱えながら涙目でガクガクと震える。そして自らの境遇を自覚した。
(うち、負けヒロインかも……)
◇◇◇
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文化祭編はこちらで終了になります!
一歩リードしたように見えた雅でしたが、愛未からの宣戦布告を受けて及び腰に……。この先どうなるのか!?
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