第101話 舞台上で君を想う/雅side①
真っ暗な舞台の上で、
これから上演する『アラジンと魔法のランプ』は、雅が演じるジャスミンが軸となっている。だから冒頭はジャスミンが心の葛藤を訴えるところから始まる。
宮殿に閉じ込められていることを嘆き、広い世界に出て自由に生きたいと渇望するお姫様。その願いを叶えるため、宮殿を抜け出して街に飛び出していくところからストーリーが展開していく。
これらの演出は、脚本を担当した
初めてこの脚本を見せられた時は、羽菜の才能に誰もが感心していた。うちのクラスの劇は相当面白い。脚本の段階から確信していた。
脚本は完璧、大道具や衣装も文化祭の劇とは侮れないほどクオリティが高い。裏方は精一杯仕事をしてくれた。ここから先は、演者の力量にかかっている。
そしてこの劇を成功させるための鍵は、相良雅だ。
(大丈夫。練習はたくさんした。練習通り演じれば上手くいく)
幕が開く直前、雅は深呼吸をしながらそう念じた。舞台袖に視線を向けると、
千颯がガッツポーズをしながら「頑張れ」と口パクをしている。その姿を見た瞬間、緊張が和らいだ。
それからゆっくりと幕が開いていく。講堂には座席を埋め尽くすほどの人が集まっていた。
こんなに大勢の人の前に立つのは初めてだ。だけど自然と緊張はしていない。雅は堂々とした口調で頭に叩き込んだセリフを口にした。
*・*・*
冒頭のシーンが終わり、雅は舞台袖に引っ込む。すると歓喜した様子のクラスメイトに囲まれた。
「相良さん! 冒頭の引きは完璧だよ! お客さんも釘付けになってる!」
「堂々とした演技でカッコ良かったよー!」
クラスメイトから賞賛されて、雅は安堵する。
「そう言ってもらえると嬉しいわぁ。でも劇はまだまだこれからや。気を引き締めて行こう」
そんなやりとりをしているうちに、裏方が舞台上に市場のセットを並べる。セッティングが終わったら、今度は千颯の出番だ。
千颯は真剣な眼差しで舞台を見つめている。
「千颯くん、緊張しとるん?」
雅が尋ねると、千颯は舞台上を見つめたまま小さく頷く。緊張していることを認めた千颯だったが、普段見せているような頼りないオーラはなかった。
「冒頭の雅の演技は完璧だった。だから俺も、雅に恥じない演技をする」
そう決意する千颯は、びっくりするほど頼もしく見えた。
大道具担当の水野がセッティング完了を知らせるサインを出す。その瞬間、千颯はパンっと気合を入れるように頬を叩いた。
「行ってくる」
そう宣言すると、千颯はキラッキラの笑顔を作りながら舞台上に走った。
(ホンマに千颯くんは……)
舞台上で楽しそうに演技をしている千颯を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられる。雅はあらためて、千颯への恋心を自覚していた。
夏休みを境に、千颯の存在はどんどん大きくなっていった。気付けば千颯のことばかり考えている自分がいる。推しの事よりも千颯の事を考えている時間が長いことに気付いたときは、自分で自分に驚いた。
疑いようもなく、自分は千颯に恋しているのだろう。
千颯のことばかり考えていたせいか、夏休み中に何度かおかしな夢を見るようになってしまった。
いつも通りペンギンのぬいぐるみと寝ていたら、それが千颯に変身してキスをしてくる夢だ。優しい声で名前を呼びながら、何度も何度も。頬だけならまだしも、首筋やお腹など身体中に浸食してくるものだから堪ったもんじゃない。
こんないかがわしい夢を見るなんて、自分はどうかしている。新学期に千颯と顔を合わせた時は、夢での出来事を思い出してどう接していいか分からなくなっていた。そして千颯に触れられるたびに、夢が現実になるのではとひやひやした。
これはもう重症だ。
夢の中とはいえ、不順な気持ちで千颯を見ている自分が恥ずかしくなった。
(こんな時に何を思い出しとるん? 劇に集中せんと!)
雅は気持ちを切り替えるように、パシっと頬を叩いた。
「相良さん、そろそろ出番だよ」
クラスメイトに声をかけられて我に返る。
「うん、行ってくる」
いつも通り愛想笑いを浮かべてから、雅は舞台上に向かった。
舞台上で千颯と目が合う。役に入りきったキラキラした笑顔を向けられて、キュンと胸が締め付けられた。
(あかん。堪らなく好き……)
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