第100話 茶道部は大盛況

 朔真さくまと合流してから、千颯ちはやたちは茶道部が活動している茶室に向かう。やはりと言うべきか、茶道部は多くの生徒で賑わっていた。


「茶道部って人気なんですね……。お兄さんの学校では茶道部が有名なんですか?」


 芽依めいはきょろきょろと周囲を見渡しながら尋ねる。その反応を見て、千颯は首を横に振った。


「茶道部自体は有名ではないよ。有名なのはみやびのほうだと思う」

「あー……なるほど……」


 千颯の言葉で芽依も理解した。


 恐らくここに集まっているのは、雅目当てで来た客がほとんどだろう。というのも、一日目の段階から噂になっていたからだ。茶道部に行けば相良雅とお近づきになれると。


 単純に抹茶を点ててもらうだけだから、お近づきになれるというのは語弊があるように感じる。それでも普段遠目からでしか雅を見られない生徒からすれば、またとないチャンスだった。


 順番待ちをしているのは、男子生徒の比率が高い気がする。茶道に興味のある生徒はほとんどいないだろう。その点に関しては千颯も同じだからあまり強くは言えないのだが。


 悶々とした気持ちのまま案内されるのを待つ。しばらく待った後、ようやく茶室に通された。


 い草の匂いが広がる茶室に入ると、着物姿の女子生徒が出迎えてくれた。その中には雅もいる。


「千颯くん、芽依ちゃん、来てくれたんね。あれ、お兄ちゃんも一緒なん?」


 雅は優雅な足取りでこちらに歩み寄ってくる。雅の和服姿を見たのは二度目だが、今回もその美しさに圧倒されていた。


 白地に紅葉の柄が入った着物に、緋色の帯を合わせている姿からは秋らしさが感じられる。上品で、それでいて可愛らしくて、千颯は思わず言葉を失った。


「雅さん、綺麗です!」

「着物、それにしたんやなぁ。写真撮ってもええ?」

「ありがとう! 写真もちょっとならええよ」


 芽依と朔真は、頬を緩めながら雅に近寄る。出遅れた千颯は、一歩後ろでハッと我に返った。


 顔が熱くなっているのを感じながら雅に視線を向けると、不意に目が合う。雅は目を見開いて固まった直後、そそくさと視線を逸らした。


 そうこうしているうちに他の女子生徒から席に案内される。完全に褒めるタイミングを逃してしまった。


 それから千颯たちは畳の上で正座しながら抹茶が出来上がるのを待った。雅は流れるような美しい所作で抹茶を点てていた。


 他の女子生徒が道具や流派の説明をしていたが、そんなものはまったく耳に入って来ない。雅の美しい所作に釘付けになっていた。


 抹茶を点て終えると、雅は千颯の前にやってくる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 雅は視線を泳がせながら、千颯の前に和菓子と抹茶を置いた。紅葉の形をした和菓子を見て、ふとあることに気付く。


「あれ? この和菓子って……」


 透明のプラスチックケースに入った和菓子には、見覚えのある紋のシールが貼られていた。


「甘夏屋の和菓子やな」


 朔真はサラッと答える。その言葉を聞いて、千颯は苦笑いを浮かべた。


(文化祭でもちゃっかり商売してるんだな……)


 雅のしたたかさに圧倒された千颯だった。


 とはいえ甘夏屋の和菓子が食べられるのは願ってもないことだ。夏休みのバイトでは食べる機会がなかったから、一度食べてみたいと思っていた。


 楊枝で小さく切ってから口に運ぶ。すると優しい甘さが広がって、思わず頬が緩んだ。


「お兄さん、幸せそうな顔していますね」

「え?」


 芽依に指摘されたことで思わず頬を抑える。どうやら顔に出ていたらしい。

 千颯の反応を見た芽依は、愛おしいものでも見つめるかのように目を細めた。


「お兄さんが笑っていると、私も幸せな気分になります」


 天使のような微笑みを前にして、またしてもノックアウトしそうになった。これ以上直視していたら心を持っていかれると感じ、慌てて視線を逸らした。


 視線を逸らした先では、雅がジトっとした目でこちらを見つめている。浮ついている心を見透かされたような気がして、慌てて顔を引き締めた。


 気を取り直して行儀よくお菓子と抹茶を頂く。ふと、朔真に視線を向けると、こちらも優雅に抹茶を頂いていた。


 茶道部の女子達はポーっとした表情で、朔真に見惚れている。雅の兄ということもあり、所作は完璧だった。


(そういえばこの人、スペックは高いんだよなー)


 そんなことを思いながらぼんやり見つめていると、ふと朔真と視線が合う。すると涼し気な表情が一気に赤面し、慌てて視線を落とした。


 そんなこんなでお茶会が終了し、芽依と朔真が荷物を持って外に出る支度をする。


「お抹茶も美味しかったですし、甘夏屋さんのお菓子もとっても美味しかったです」

「雅、劇も気張りや。僕も客席から応援してるから」

「芽依ちゃんもお兄ちゃんもありがとう! 劇も楽しみにしとってなぁ」


 三人が和やかに会話をしている姿を、千颯は正座のまま眺めている。千颯の顔には張りついたような笑顔が浮かんでいた。


 いつまでも正座をしている千颯を、雅が不審そうに見つめる。


「千颯くん、何してはるん? もう終わったんやけど」

「う、うん……。それは分かっているよ」

「次のお客さんも待ってるから、早く席を空けてくれへん?」

「そうしたいのは山々なんだけど、ちょっといま立ち上がれない状況で……」

「なんなんそれ? ふざけとらんでちゃっちゃと立って」


 依然として動こうとしない千颯に痺れを切らした雅は、腕を掴んで無理やり立たせようとする。その瞬間、千颯は血相を変えた。


「ちょっ! やめて! いま立ったら、ああっ!」


 雅に引っ張られるまま畳に足を付けた瞬間、千颯はヘロヘロとその場に崩れ落ちた。


「へ? どしたん、千颯くん」


 目を丸くしながら驚き露わにする雅。千颯は恥も外聞も捨てて、正直に事情を打ち明けた。


「足が、痺れて、立てない……」


 長時間にわたる正座で足が完全に痺れてしまった千颯。既に足の感覚が麻痺していた。畳に崩れる千颯を見て、雅は大きく溜息をつく。


「はあぁ……千颯くん……」


 完全に呆れられていた。


*・*・*


 その後、足の感覚が戻るまで茶道部の準備室で休ませてもらうことになった。なんとも迷惑な話である。


 その間、雅は呆れ顔を浮かべながらも制服の上から千颯のふくらはぎをさすってくれた。千颯は申し訳なさに押しつぶされそうになりながら頭を下げる。


「ほんっとにすいません……」

「ホンマに世話の焼ける男やなぁ」


 雅はもう一度深々と溜息をつく。またしても雅に情けない姿を晒してしまい、いたたまれない気持ちになった。


 ちなみに千颯の足が回復するまでの間、芽依のボディーガードは朔真に託していた。どの道そろそろ劇の準備に入らなければならなかったから、タイミングとしてはちょうどよかったのかもしれない。


 芽依を朔真に託すのは若干不安があったが、いないよりはマシだろう。朔真が隣にいれば、下手にナンパしようとする輩も現れないはず。


 朔真が芽依を口説くシチュエーションもあまり想像ができなかったため、ここは信じて託すことにした。


「足平気?」

「うん、だいぶ感覚が戻ってきた」

「ほな、そろそろ劇の準備しよか」

「そうだね」


 千颯はその場で立ち上がる。足の痺れは完全に引いていた。


 本調子に戻った千颯を見て、雅は安堵したように微笑む。雅の笑顔につられるように千颯も笑った。


「みんなが楽しんでくれる劇になるといいね」

「千颯くんらしい意気込みやな」

「そう?」

「そや」


 雅はにっこり微笑みながら右手をかざす。まるでハイタッチを求めているような仕草だった。


「頑張ろうなぁ」

「うん。頑張ろう」


 雅の小さな手に、パンっと自分の手を重ねた。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

「面白い!」「続きが気になる!」と思ったら★★★、「まあまあかな」「とりあえず様子見かな」と思ったら★で評価いただけると幸いです。

♡や応援コメントもいつもありがとうございます。


次回はついに劇本番です!

雅視点で千颯への想いが明かされていくのでお楽しみに!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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