第99話 ナンパ撃退

 たい焼きを食べ終えた千颯ちはやたちは、校舎内に戻って文化部の展示を見て回る。写真部、化学部などの展示を見て回った後、文芸部の出し物を発見した。そこで千颯は足を止める。


「ごめん、芽依めいちゃん。ちょっと文芸部に寄っていいかな?」

「はい。構いませんよ。それじゃあ入りましょうか」

「ああ、いや! 芽依ちゃんにはここで待っていてほしいというか……。ちょっと文芸部員に個人的な話があって……」

「……そうですか。そういうことなら、ここで待っています」


 芽依は不思議そうな目をしながらも、教室の外で待つことを承諾してくれた。


「ありがとう! 芽依ちゃん! すぐに戻るから」


 そう声をかけて、千颯は急いで文芸部の教室に入った。


「いらっしゃい……って、千颯……」


 同じクラスの文芸部員は、千颯の顔を見た瞬間、表情を引き攣らせた。その反応を見て、疑惑が確信に変わった。


「部誌ってどれ?」

「……これだけど」


 文芸部員から冊子を受け取った千颯はパラパラとページをめくる。そして目的のものを発見した。


 ジャスミン役の雅と侍女役の愛未をモデルにした百合小説だ。以前、劇の練習中にそんな話が持ち上がっていたことから気にはしていた。


 千颯は冊子に綴られた文章を読みながら震える。パタンと冊子を閉じた後、文芸部員を睨みつけた。


「本当に書きやがったな、この変態野郎」

「いや……五百円玉を差し出して買おうとしている奴に言われたくねーよ。まいどあり」


 文芸部員は眼鏡を押し上げながら五百円玉を受け取った。それから呆れたような表情で千颯に尋ねる。


「なんで彼女がモデルの百合小説を買ってんの? 寝取られ趣味でもあるわけ?」

「なわけあるか! これはその……検閲だよ!」

「じゃあ絶対使うなよ」

「使わないよ! ……うわ、でもこれ、結構際どい描写が……。こんなんよく許可が出たな……」


「うちの顧問は部誌の内容なんてほとんど目を通さないからな。まあ、教師の目に留まったとしてもR15に留めているから大丈夫だろう。なんか言われたら、表現の自由で突き通す」

「なるほどな……」

「絶対に使うなよ」

「なぜ二度も言う!? 使わないって!」

「それと彼女にもバレないようにしろよ。こんなんバレたら、お前も俺も地獄行きだ」

「分かってるよ。厳重に保管する」


 文芸部員と約束をしてから、千颯は部誌をリュックの奥底にしまった。


 目的を果たしてから千颯は教室を出る。こんなやりとりは、絶対に芽依には見せられない。


 だけど別行動をしたことが完全に裏目に出た。教室の外で待っていた芽依は、三人の男子生徒に囲まれていた。


「めちゃくちゃ可愛いっすね! LIEN教えて!」

「いま一人? それなら俺らと一緒に回らない?」

「俺ら三年だからこの学校にも詳しいし、君のこと楽しませてあげられるよ」

「あの……えっと……。私、人を待っているので……」


 明らかにナンパだ。千颯は慌てて芽依に駆け寄った。


「はいはい、散った散った! この子は俺と回ってるんで、ちょっかいかけないでくださいね!」


 千颯が間に入ると、男子生徒たちは不服そうな顔をしながらも散っていった。


「けっ! 男連れかよ」

「つーか、あいつ、二年の相良雅の彼氏じゃん」

「うっわ。彼女いるのに他の女と回ってんの? どんだけ女好きだよ」


 千颯への文句を言いながらも、あっさり引き下がってくれたことに安堵する。浮気疑惑をかけられたままだったけど、相手が他学年なら問題はないだろう。わざわざ後輩をいじめるほど、あの人達だって暇ではないはずだ。


 男たちを追い払ったところで、あらためて芽依に謝罪する。


「ごめんね。芽依ちゃんを一人にしたらこうなることは分かっていたのに。これは完全に俺の落ち度だ」

「謝らないでください、お兄さん! むしろ助けてくれて嬉しかったんですよ。その……カッコ良かったです!」


 はにかみながらカッコいいと口にする芽依は、天使のように可愛らしい。うっかり惚れてしまいそうになったけど、すぐにいかんいかんと正気に戻った。


「じゃあ、気を取り直して、他の出し物も見て回ろうか」

「はい!」


 芽依はふわりと微笑みながら、千颯の隣に駆け寄った。


*・*・*


「せっかくだし、雅のいる茶道部に顔を出してみようか?」

「そうですね!」


 芽依の同意を得たことで、二人は茶道部に向かう。茶道部が活動している茶室まで向かう道中で、女子達が輪になって密集しているのを発見した。


「なんだあれ?」

「輪の中心に誰かいますね」


 芽依と二人でじっと観察していると、輪の中心に見覚えのある人物がいた。雅の兄である朔真さくまだ。


 朔真は女子生徒に囲まれて、笑顔を浮かべている。その姿を女子生徒達はキラキラした眼差しで見つめていた。


「えー! 相良さんのお兄さんなんですね! どおりでカッコいいわけだぁ」

「男の人の京都弁って、めちゃくちゃツボ! もっと喋ってください!」

「というかお兄さん、あの京都の大学に通ってるんですか。イケメンで頭も良いって、スペック高すぎ」


「あははは……大したことあらへんよ。それより用事があるから、僕はこれで……」

「えー! 行かないでください! 私達と一緒に回りましょーよ!」

「あははは……困ったなぁ」


 朔真は引き攣った笑いを浮かべている。女子達の勢いに圧倒されているようだった。


「あれは、助けた方がいいのかな?」

「たぶん困っているんだと思います」


 千颯は深々と溜息をつく。大人なんだから自分でどうにかしろよと思いつつ、女子達の輪の中に飛び込んだ。見てしまった以上、放っておくことはできない。千颯は困り果てる朔真の腕を掴んだ。


「ごめんね、この人は俺の知り合いだから。あんまりちょっかいかけないであげてね」


 先ほど芽依を助けた時と同じように、朔真も助ける。腕を掴まれた朔真は、恐ろしいものでも見たかのように顔を真っ青にした。


「ち、千颯くん……」

「あ、やっと俺の名前呼んでくれましたね」


 思いがけないタイミングで距離が縮まったことで、千颯はフッと笑みをこぼす。その表情を見た朔真は、今度は顔を赤くした。それから勢いよく千颯の手を振り払う。


 千颯が助けに入ったことで、同じクラスの女子から不服そうな顔で抗議された。


「えー、なんで止めるの? 私も相良さんのお兄さんとお近づきになりたい」

「だーめ。この人は俺と回るから」

「ちぇっ……つまんないのー」


 女子生徒たちは頬を膨らましながらも、渋々とその場から立ち去った。


 逆ナンから解放された朔真は、バッと千颯から距離を取る。それから視線を泳がせながら早口で喋った。


「別に助けてほしいなんて言ってないやん。そんなんで僕は落ちひんからな! 調子に乗るのも大概にせーよ!」

「何を言ってるんですか?」


 朔真がなぜ焦っているのか理解できない千颯は、訝し気な視線を送った。

 朔真は悔しそうに顔を歪めながら、言葉を続ける。


「くっ……こんなことになるんやったら、無理にでも宗ちゃんを連れてくるべきやった。油断したわぁ」

「お仕事なんだから仕方ないですよ。宗司そうじさんからは、劇頑張ってねって応援はされましたけど」

「そやな……ってまかさあんた、宗ちゃんと連絡取ってるんやないやろうな?」

「はい、取ってますけど」


 そう答えた瞬間、朔真は息を飲んで青ざめた。しばらく固まった後、朔真はガシっと千颯の肩を掴み、ユサユサと揺さぶり始めた。


「宗ちゃんにまで手を出したら許さへんからな!」


 いまにも泣きそうな形相で訴える朔真。千颯はされるがままに揺さぶられながらもなんとか尋ねる。


「手を出すって何ですか? 大体、宗司さんとバトったら、俺なんか返り討ちに遭いますよ、きっと」

「そや! 宗ちゃんはあんたなんかに負けへん!」


 ムキになって突っかかってくる朔真を見て、千颯は苦笑いを浮かべた。

 なんとか朔真から逃れたところで、話題を変える。


「そんなことより、朔真さん、茶道部に用があるんじゃないですか?」

「……そやけど」

「なら案内しますよ。俺たちもちょうど茶道部に行くところだったので」

「なっ……案内って……」


 朔真は動揺しながら千颯を見つめる。「ぐぬぬ……」としばらく考えた後、案内してもらった方が得策だという考えに至ったのか、素直に頷いた。


「お願い……します……」

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