第98話 たい焼きとフラグ
「景品が駄菓子一個ずつって、ちょっと拍子抜けだよね」
「まあ、文化祭の景品ですから、こんなものですよ」
3回目のフリースローは見事成功した。ボールがネットに収まった瞬間、芽依は再びキラキラした瞳を向けてくれた。女バスのメンバーからも拍手が沸いた。
喜んだのも束の間、景品が駄菓子一個ずつだったことに千颯と芽依はガックリしたのだった。
景品は期待外れだったけど、芽依の好感度を回復させるという当初の目的は達成できた。隣を歩く芽依の距離が縮まったことで、千颯は安堵していた。
それから二人は中庭にずらりと並んだ出店に向かう。いくつかの屋台を物色してから、たい焼きの屋台で足を止めた。
「芽依ちゃん、たい焼き好き?」
「はい! 好きです」
「じゃあ食べよっか」
千颯はたい焼きを2つ購入する。文化祭の出し物ということもあり、個包装になった小さいたい焼きがすぐに出てきた。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
芽依はぺこっとお辞儀をしてからたい焼きを受け取る。それから急いで財布を取り出した。
「あの、おいくらでしたか?」
「あー、別にいいよ、これくらい」
「いえ、そういうわけには……」
「だってここに来るまでに交通費かかってるでしょ? それに今日は借りを返してるんだから気にしないで」
千颯の言葉にしばらく戸惑っていた芽依だったが、千颯がお金を受け取り気がないと分かると、申し訳なさそうに財布をしまった。
「ありがとうございます、お兄さん」
もう一度ぺこっと頭を下げる芽依。
その姿を見た千颯は、密かにガッツポーズをしていた。こんなのは芽依の好感度をあげる作戦の範疇だ。
二人は屋台を眺めながらたい焼きの袋を開ける。食べる直前に、芽依は何かを思い出したかのように話を振ってきた。
「そういえば、お兄さんはたい焼きをどこから食べますか?」
「ん?」
芽依が尋ねた時は、すでにお腹からガブリと齧りついていた千颯。その光景を見て、唖然としていた。
「まさかのお腹からですか。こういうのは頭派か尻尾派で意見が割れると思ったのですが……」
「だって最初に一番美味しいところを食べたいじゃん」
「なるほど……」
芽依は納得するように何度か頷いた。
「で、たい焼きの食べ方がどうしたの?」
千颯が尋ねたことで、芽依はもとの話を思い出す。
「たい焼きの食べ方で性格診断ができるようですよ! ちょっと調べてみますね」
芽依は「たい焼き 性格診断」と呟きながらスマホをポチポチする。しばらくすると診断結果が発表された。
「たい焼きをお腹から食べる人は、好奇心旺盛の人気者タイプ。馬鹿正直になりすぎて痛い目に遭うのがたまに傷、だそうです」
「合ってるか? それ?」
「私は合っていると思いますよ」
芽依は口元に手を添えながら小さく笑った。
「そういう芽依ちゃんはどこから食べるの?」
「私は頭からですね。頭から食べる人は細かいことは気にしない楽天家だそうです。熱しやすく冷めやすい一面も……ってこれも合っていますね」
芽依は決まりが悪そうに苦笑いを浮かべていた。
「なるほどねー……」
千颯はお腹を失ったたい焼きをじっと見つめる。占いなんていうのは、正直あまり信用していない。そんなもので一喜一憂するのは馬鹿げている。
「まあ、熱しやすく冷めやすいなんて、誰にでも当てはまるんじゃない? 誰だってハマるものにはハマるし、違うなって思ったら辞めるんだから」
千颯の言葉を聞いた芽依は目を丸くする。呆然とする芽依を見ながら、千颯は言葉を続けた。
「芽依ちゃんも、簡単には冷めないようなハマれるものが見つかるといいね」
何気なくそう伝えた瞬間、芽依の頬が赤く染まった。それからおずおずと視線を逸らしながら小声で呟く。
「私はもう、ハマってると思います。沼に……」
「沼に!?」
予想外の答えに、千颯は大声を出して驚いた。
*・*・*
芽依と話をしていると、唐突に聞きなれた声に呼びかけられた。
「おーい! 千颯!」
声のする方向に視線を向けると、
昨日どっちの服がいいか聞いてきたくせに、千颯が選んだ方とは逆の服を着ていることに若干の苛立ちを覚える。アドバイスが意味をなさないなら、最初から聞いてくるなよと心の中で毒づいていた。
凪が目の前までやってくると、千颯はジトっとした目で指摘する。
「そんな短いスカートで走ると、パンツ見えるぞ」
「きっしょ……」
戸惑うでも恥じらうでもなく、まるでゴミを見るかのような視線を向ける凪。別に妹の恥じらっている姿なんて一切そそられないから別にいいのだけど、ここまで罵倒されるのは心外だ。
「兄として妹を心配しているだけだよ。パンチラなんかで寄ってくる男にろくな奴はいない。そんな男に引っかかっても、あっという間に喰われておしまいだよ」
「むむむっ。妙に説得力があるなー。とりあえずパンチラはしないように気を付けるよ」
「よろしい」
千颯の言葉に素直に従う凪。その直後、芽依の存在に気付いた。
「あれー! 芽依ちゃん、来てたんだ!」
「うん。みんなに会いたくて来ちゃった」
「なんだぁ! 言ってくれれば一緒に行ったのにー! 芽依ちゃんがいれば、私達のミッションも早々にクリアできるだろうからね」
ムフフと不敵な笑みを浮かべる凪。その背後から、見知らぬ二人組の少女がやってきた。
「おい凪、急に走るんじゃねーよ!」
「凪は相変わらず自由人だねえ」
やって来たのは、黒髪ロングに青のインナーカラーが入ったギャル風の女の子と、目の下が赤く染まった地雷系メイクがの女の子だった。凪の友達なのだろう。
二人から咎められた凪は、へらっと笑いながら謝る。
「ごめんって、
「へー、この人が凪のお兄さん? 結構カッコいいじゃん」
「うんうん。塩顔イケメンって感じで、私タイプかもー」
真凛と心愛と呼ばれた女の子たちは、品定めをするように千颯を見つめる。可愛い女の子から褒められた千颯は、反射的に頬が緩んだ。
「いやー、イケメンなんて参っちゃうなー」
浮かれる千颯を、芽依と凪は冷めた視線で見つめている。それから凪は、二人の間に入った。
「ダメダメ、この人彼女いるし。それに中身は私と大差ないよ?」
凪の言葉を聞いた途端、真凛と心愛は肩を竦めながら顔を見合わせる。
「「それはキッツイわ……」」
速攻でフラグをへし折られた気がした。別にいいのだけれど。
それから凪たちは、「イケメンをハントして彼氏を作るぞー!」と鼻息を荒くしながら、人混みに消えていった。
恐らく凪のお眼鏡に叶う男はこの学校にはいない。凪の指すイケメンは、アイドル並みの顔の整った男だ。そんな奴が普通の高校にいるはずがない。
なんの成果も得られず、肩を落として帰ってくるのがオチだろう。千颯が苦笑いを浮かべていると、芽依が何かを思い出したかのように尋ねてきた。
「そういえば、京都での貸しで凪ちゃんは何をお願いしたんですか?」
その質問に千颯は「あー……」と言い淀む。言うべきか悩んだが、芽依にだったら伝えても問題にはならないだろうと判断し、言葉を続けた。
「凪は貸しのことなんて完全に忘れてるよ。あいつはその場のノリで生きてるような奴だからね」
「あー……なるほど……」
「だからさ、凪の前では貸しの話は出さないでくれると助かる。思い出されたら厄介だから」
「はい、分かりました」
芽依は複雑そうな顔をしながらも、話を蒸し返さないことを約束してくれた。
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