第95話 彼女からのお呼び出し

 衣装から制服に着替え、千颯ちはやは教室に戻る。


 愛未あいみに分かってもらえたのは良かったものの、感情が急上昇、急降下を繰り返してエネルギーをごっそり持っていかれた。千颯はヨロヨロとよろけながら席に着いた。


 周囲からの視線を感じる。劇でのキスシーンが後を引いているのか、クラスメイトからはニヤニヤとした視線が向けられた。「千颯もやるなー」「キュンとしちゃったよー」なんて感想が耳に入ってくる。


 だけどいまとなれば、そんなことはどうでも良かった。


 ぐったりしながら机に突っ伏していると、頭の上からバサッと何かが被せられる。顔を上げると、みやびに貸したブレザーが覆いかぶさっていた。


 視線を上げると、雅がムスッとした表情でこちらを見つめている。その頬は微かに赤く染まっていた。


「ブレザー、ありがとう」

「ああ、うん」


 千颯はブレザーを受け取る。すると雅は視線を逸らしたまま言葉を続けた。


水野みずのくんから聞いたで。千颯くんがうちを庇おうとしてブレザーを貸してくれたって……」


 咄嗟に水野に視線を送る。視線に気付いた水野は、穏やかな笑みを浮かべた。


(ああ、やっぱりあいつは菩薩様だ)


 誤解を解いてくれた水野に合掌していると、当の本人は若干呆れたように笑っていた。


 変態疑惑は晴れたものの、雅は依然としてムスッとした表情で千颯を見下ろしている。その理由も察しはついていた。


「さっきはすいませんでした。やり過ぎました」


 千颯は深々と頭を下げる。自分は一体、何度雅に頭を下げれば気が済むんだと情けなくなった。


 千颯が雅に頭を下げている光景は、クラス中が注目している。そのことに気付いた雅は、小さく溜息をついた。


「千颯くん、外で話そっか」

「はい」


 またしても呼び出しを食らうことになった千颯。完全に自分が悪いと分かっている以上、拒否するわけにもいかず、雅の後を大人しくついて行った。


*・*・*


 雅に連れて来られたのは家庭科室。誰もいないのを確認してから中に入り、静かに扉を閉めた。


 雅は腕を組みながら教卓に寄りかかる。威圧的な空気を感じて、千颯は反射的に床に正座した。


 雅は千颯を見下ろしながら、再び溜息をつく。


「ねえ、なんでなん?」

「なんで、と言いますと……」

「なんで同じことを繰り返しとるん?」


 雅が出来の悪い子どもを咎めるような口調で尋ねる。同じことを繰り返しているという指摘には心当たりがあった。


 雅からは、急に手を握るなと注意されたばかりだ。今回のキス未遂も同じカテゴリーに入るのだろう。


「つい、魔が差して……」


 我ながら最低な言い訳だ。だけどそうとしか言いようがなかった。


 千颯だって雅を困らせようと思って、接触しているわけではない。先ほどのキス未遂だって悪気があったわけではない。きっかけを作ったのは、むしろ雅の方だ。


「雅が可愛い顔するのがいけないんだ……」


 ボソッと呟く千颯。心の中で毒づいたつもりだったが、うっかり外に漏れていた。

 慌てて口を押えたが、雅にはばっちり聞かれていた。


「かっ……可愛い? うちが?」


 先ほどまでムスッとしていた顔が、みるみる赤くなる。冷え切っていた瞳も、じんわりと潤みはじめた。


「ほらまた、そういう顔する」


 今度は自分の意思で口にする。もうなるようになれ、という投げやりな気分だ。

 その言葉を聞いた雅は、千颯に背を向けながら両手で顔を覆って悶え始める。


「あかん! 千颯くんとおったらおかしなる!」

「おかしくなると、どうなるの?」


 不毛な質問だと分かっていながらも、思わず訊いてしまった。すると雅は両手で顔を抑えながらその場に蹲る。そして弱々しい声で答えた。


「……爆発する」

「それは大変だ」


 千颯は神妙な面持ちで呟く。同時に見当違いな解釈をしていた。


(雅の怒りが爆発したら大変だ……)


 雅の逆鱗に触れないためにも、今後は余計な接触はしまいと心に誓う。


「分かったよ。バルコニーのシーンではキスはしない。劇でもなるべく接触はしないようにする。それでいいでしょ?」

「……頼むで」


 雅は両手で顔を覆った隙間から千颯に視線を送る。ジトっとした視線を浴びせられていることから、イマイチ信用されていないことが伺えた。


 雅の信用を勝ち取るために、千颯は劇でも披露した王子様スマイルを浮かべてみる。


「うん。俺を信じて」


 雅は顔を覆った状態でもう一度ガックリ項垂れた。


「あかん。信じられへん……」


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

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♡や応援コメントもいつもありがとうございます。


次回からいよいよ文化祭スタートです!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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