第四部
第85話 文化祭準備
「それでは、文化祭の出し物を決めていきまーす!」
教卓でクラス委員の女子が宣言すると、「よっ! 待ってました!」なんて威勢の良い声が響く。
浮足立つクラスメイトを横目に、
夏休みが終わり、二学期が始まった。それにも関わらず、千颯はいまだに夏休みの余韻に浸っていた。
夏休み中、千颯は偽彼女である
バイトはつつがなく終わり、楽しい思い出もたくさんできた。そしてひょんなことから雅の過去を知ることとなり、友人である由紀と和解できるよう奮闘した。
その出来事を通じて、雅との距離もさらに縮まったと思ったのだが……。
最近の雅は、どうもおかしい。
目が合うとうやうやしく逸らされるし、話しかけるとそそくさと逃げられる。朝一緒に登校している時は、沈黙が流れることも多くなった。
いまだってそうだ。何気なく前から二番目の席に座っている雅に視線を送ったら、目が合った。……が、秒で逸らされた。
千颯は溜息をつきながら、机に突っ伏す。
(俺なんかしたっけ? まさか蛙化された?)
千颯はこれまでの言動を振り返る。
雅には、情けない姿もカッコ悪い姿も散々見せてきた。蛙化されるような出来事はいくつも思い当たるけど、そんなのはいまに始まったことではない。
最初からしょうもない姿を散々晒してきたのだから、いまさら蛙化されるというのもおかしな話だった。
千颯がうんうん唸っているうちにも、クラスでの話し合いは進んでいく。黒板には、メイド喫茶、お化け屋敷、縁日などが候補として書かれていた。
しかし「飲食はだるくね?」とか「部活の出し物もあるから店番あるのはちょっとなー」なんて反対意見が挙がり、話し合いは難航していた。
そんな中、ある男子生徒が挙手する。
「
雅の名前が挙がったところで、千颯は一気に現実に引き戻される。ご指名を受けた雅は、ギョッとした表情を浮かべていた。
「え? うちが主役?」
「はい! クラス一の美少女の相良さんが主役なら、絶対に盛り上がると思います」
その意見にほかのクラスメイトも納得する。「いいじゃん」とか「人集まりそう」なんてあちこちで賛成の声が上がった。
千颯も心の中で密かに賛成していた。
(雅が舞台に立ったら、絶対に映えるだろうな……)
意見がまとまりつつあるクラスメイトを前にして、雅は慌て始める。
「いやいや、うち劇なんてやったことないで?」
引き攣った笑顔を浮かべながら遠慮する雅だったが、納得しかけたクラスメイトの意見を変えるのは簡単なことではない。
それどころか「劇だったら店番しなくていいから楽かも」「当日はゆっくりできるんじゃね?」と、文化祭に乗り気ではない面々も賛成し始めた。
ここまで来ると、流れを断ち切ることは難しかった。
「相良さん。それで大丈夫?」
クラス委員の女子に確認される雅。「えー……」と顔を引き攣らせていた雅だったが、クラスメイトからのキラキラした眼差しに気付くと、小さく頷いた。
「だ、ダイジョブです……」
千颯は知っている。雅は意外と押しに弱いことを。その性格が裏目に出たようだ。
こうしてクラスの出し物は、雅を主役にした劇に決定した。それからは、何の演目にするかという話し合いが行われる。
雅が主役となれば、当然女性が引き立つような演目になる。なんとか姫系の演目が候補に挙がったところで、またしても初めに挙手した男子生徒が声を上げた。
「アラジンと魔法のランプが良いと思います! もしくは人魚姫」
クラス委員から「なぜその2択?」とツッコまれながらも黒板に書かれる。すると、先ほどの男子生徒がボソッと呟いた。
「衣装……」
きょとんとしていたクラスメイトだったが、その数秒後に数名の男子生徒が「はっ!?」と息を飲んだ。何かに気付いた男子生徒たちは一斉に賛成し始める。
「アラジン、良いと思います!」
「うんうん! ジャスミンは相良さんにぴったり」
「人魚姫も捨てがたいけどな。面積的には……」
最後に発言した奴は、他の男子生徒から引っぱたかれていた。
その一方で、千颯は彼らの意図がまったく掴めずにいる。
(なぜアラジン? 白雪姫の方が雅に合いそうだけど……)
首を傾げる千颯だったが、話し合いの流れを止めるのも癪だったため、口を挟まずにいた。
すると、雅の隣の席につく
水野は口パクで何か訴えようとしている。口の動きから「いいのか?」と聞かれているような気がした。
(ん? いいのかって何が?)
はて、と千颯が首を傾げると、水野は「ダメだこりゃ」と言わんばかりに頭を抱えた。そのまま諦めたように視線を前に戻す。
結局、水野が何を伝えたかったのか、千颯には皆目見当がつかなかった。
そして男子生徒の意図にまったく気づいていないのは雅も同じだった。
「その2つやったら、アラジンの方が好きやなぁ」
なんて乗り気な発言までしていた。その発言が決め手となって、演目はアラジンに決定した。
必然的に雅がジャスミン役に決まったところで、アラジンを誰にするかという話し合いが始まる。すると、ほとんどのクラスメイトが千颯に注目した。
「普通に考えれば、彼氏の千颯がアラジンだよな」
「うん。異議なしー」
その言葉に真っ先に異議を唱えたのは、千颯本人だった。
「いやいや、俺が主役とかおかしいでしょ! もっと適任いるでしょ?」
自分は主役をやるような器じゃないと主張するも、クラスメイトの反応は予想とは少し違った。
「千颯は引き立て役なんだから気負う必要はねえよ」
「引き立て役!?」
「ああ、この劇の主役は相良さんだ」
それなら、と納得しかけた千颯だったが、すぐに我に返る。
「そんな言葉で騙されないからな! ストーリー的にはどう考えたって出番が多くなるじゃん。俺セリフ覚えられる自信ないよ?」
幼稚園や小学校の劇では脇役しかやってこなかった千颯に、きちんとセリフのある役を任せられたのは初めてだった。正直、荷が重すぎる。
後ろ向きな発言をする千颯に、ひとりの男子生徒がにやりと笑いながら尋ねてくる。
「じゃあいいのかよ? 相良さんが他の男とキスをしても?」
「はあ? キス?」
「劇中でそんなシーンあっただろ?」
「そうだっけ?」
「あったあった! 千颯がやらないなら、他の奴が相良さんとキスすることになるけどいいの?」
「いや、良いわけないだろ」
千颯は反射的に拒絶する。その発言でクラスメイトはニマニマし始めた。
「相良さん、愛されてるなー」なんて冷やかしの声が聞こえてくる。
先ほどの発言が嫉妬から飛び出した言葉と捉えられて、千颯は居心地が悪くなる。ふと、雅に視線を向けると、顔を真っ赤にしながら俯いていた。
「いまのはそういう意味じゃなくて、文化祭の劇で本当にキスするのはどうなんだって話で……」
千颯がボソボソと言い訳をするも、盛り上がっているクラスメイトの耳には届かない。
こうして千颯の「ほかの男とキスなんて許さん」発言が決定打となって、アラジン役を引き受ける流れになった。
「んじゃあ、アラジンは千颯に決定ということでー」
あちこちからパチパチと拍手される。その後は千颯がどんなに反論しても、配役が覆ることはなかった。
それからも話し合いは続く。
「あとはランプの精のジーニーだけど……それは適任がいるね」
クラス委員の女子がそう話すと、クラスメイトは一斉に一番後ろの席にいる男子生徒に注目した。
180センチを超える高身長に、脂肪なのか筋肉なのか見分けのつかない恰幅のいい体つき。おまけに性格は明瞭でトーク力抜群の彼は、リアルジーニーと称しても差支えない存在だった。
指名された陣野は、まんざらでもない様子でほくそ笑む。
「ふふふっ、俺ほどジーニーに適任な男はいないだろう」
本人も乗り気だったこともあり、あっさり役が決定した。
その後も、主要な役が続々と決まっていく。そして千颯が密かに気にしていた愛未だったが、ジャスミンの侍女役に任命された。
(愛未は侍女か。うん、なかなかいいな……)
お姫様に付き従ってお世話をする侍女の姿を想像すると、自然とにやけてしまう。咄嗟にいかんいかんと我に返り、にやけた頬を叩いた。
クラスメイトの中には、舞台には立ちたくないという人も一定数いる。そういう生徒たちは、裏方に回ることになった。
それぞれの役割が決まったところで、劇の準備がスタートしたのだった。
◇◇◇
本作をお読みいただきありがとうございます。第四部がスタートしました!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら★★★で評価いただけると幸いです。
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「彼女に蛙化現象されたから、クラスで人気の京美人を彼女にして見返してやります」
https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839
また、第四部からは「ハグとも ~疲れたときにハグで癒してくれる友達ができました~」に登場する水野綾斗と白鳥羽菜もサブキャラとして登場します。
二人のストーリーが気になった方は、ぜひ読んでみてください!
「ハグとも ~疲れたときにハグで癒してくれる友達ができました~」
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