第84話 また学校でね
その後、
改札前まで見送りに来てくれた雅は、にっこり微笑みながらお礼を告げる。
「千颯くん、いろいろありがとう。お店のことも
「お役に立てて良かったよ」
「由紀とも和解できたことやし、残りの夏休みは由紀ともいっぱい遊ぶことにするわぁ」
「それは、その……節度のあるお付き合いをしてくれるとありがたいというか……」
「なに言うとるん?」
「いや、なんでもない!」
千颯の態度を不審に思った雅だったが、それ以上追及してくることはなかった。
ふと、駅に設置された時計を見ると、新幹線の発車時刻が迫っていることに気付く。ギリギリというわけではないが、そろそろホームで待機していた方がいい。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん、次に会うのは二学期やろなぁ」
「そうだね。二学期になったら文化祭の準備が始まるから慌ただしくなるだろうね」
「そやなぁ」
雅は夏休み中は京都で過ごす。だから次に会うのは一カ月後だ。
しばらく雅と会えないと考えると、急に寂しく思えてきた。それが良くなかったのか、つい余計なことを考えてしまう。
(雅にとって、俺はなんなんだろう?)
京都に来て、雅との距離が縮まった気がする。雅の実家でバイトをして、ユニスタを二人きりで回って、初恋の話も聞いて、苦々しい過去も打ち明けてもらった。それは偽カップルの領域を超えている気がする。
雅が弱い自分を晒してくれた時は、心の底から嬉しかった。信頼されているんだと実感できた。
雅との距離が縮まったいま、偽彼女という繋がりだけでは物足りなくなっていた。それだけじゃない、もっと強固な繋がりが欲しかった。
感情の変化に戸惑いつつも、千颯は雅に伝える。
「あのさ、これからは俺に対しても本音で話してくれていいから。変に気を遣わなくていいし、蛙化した時はちゃんと言ってほしい。まあ、言い方によっては傷つくかもしれないけど」
千颯の言葉を聞いた雅は、意外そうに目を丸くする。
「傷つくのは嫌やなかったの?」
いつだったか雅にそんな話をしたことがある。愛未と和解する前だ。
あの頃の愛未は、千颯の感情をいたずらにかき乱すだけの存在だった。傍にいると傷つくから、距離を置きたいとも思っていた。
だけどいまは違う。愛未の本音を知って、もう一度傍に居たいと思うようになった。その経験があったからこそ、はっきりと言える。
「本音を隠して傷つかないようにしている関係は、本物じゃないと思うから。たとえ傷ついても、俺は全部受け止めたい」
雅の瞳が、真っすぐ千颯を見据える。数秒の沈黙の後、雅は穏やかに微笑んだ。
「ホンマにカッコええな、千颯くんは」
「それは建前?」
「本音や」
二人は顔を見合わせて笑った。
もう一度時計を見てから、千颯は片手を上げる。
「じゃあね雅、また学校で」
「うん、気を付けて帰ってなぁ」
千颯は改札を通過する。振り返ると雅は小さく手を振っていた。千颯も手を振り返してから、東京行きのホームへ向かった。
*・*・*
千颯の姿が見えなくなった後も、雅は改札前に立ち尽くしていた。一人になった雅は、ふと思った。
(なんか、寂しい……)
悲しいわけでもないのに、目頭が熱くなって涙が溢れてきそうになった。
頭の中では千颯の姿ばかりが浮かんでくる。笑った顔も、焦った顔も、照れた顔も、真剣な顔も、全部が全部愛おしい。もっとずっと千颯のことを見ていたかった。
その感情に一番驚いたのは自分自身だった。
(なんでうち、千颯くんのことばっかり……)
千颯のことを思い出すだけで、顔が熱くなる。雅は両手で頬を抑えた。
(なんやコレ、なんでこんなドキドキしとるん?)
心臓が激しく鼓動する。千颯のことを考えるたびに、心拍数がどんどん上がっていった。
そこまで来て、ようやく気付いた。
(あれ? うち、千颯のこと……)
そんなことあるはずがないと見てみぬふりしてきた感情が、ついに覆い隠せなくなった。ここまでくれば、もう認めるしかない。
雅は通路の端にヨロヨロと移動する。端まで辿り着くと、脱力したようにその場でしゃがみ込んだ。
「厄介なことになったなぁ……」
雅の悩ましい声は、京都駅の喧騒の中に溶けていった。
◇◇◇
ここまでをお読みいただきありがとうございます!第三部はこちらで終了となります。
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第四部は、文化祭、三者面談、クリスマスとイベント盛り沢山の二学期がスタートします!千颯への恋心を自覚した雅はどうなってしまうのか……!?
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