第81話 当たって砕けろ

 それから二人は渡月橋近くのカフェに移動する。先ほどと同様に中に入って由紀ゆきのことを尋ねてみたが、手掛かりは掴めなかった。


「ここもダメだったね」

千颯ちはやくんがピックアップしてくれたお店は次で最後かぁ」

「そうだね。次の店で見つかればいいけど……」


 二人は最後の望みにかけて、3店舗目のカフェに向かった。


 辿り着いたのは、ガラス張りの大きな窓が特徴的なカフェ。店の中からは桂川と渡月橋が一望できた。そして外からも店内の様子がはっきり伺える。


 観光客に混ざりながら店内を覗くと、目的の人物を発見した。


「由紀や……」


 白シャツに黒のエプロンを合わせたシンプルな制服に身を包む由紀。整った顔立ちも相まって、カフェ店員が様になっていた。


「入ろう」


 千颯が扉に向かおうとすると、みやびに袖を掴まれる。雅は戸惑いの色を浮かべながら店に入るのを躊躇った。


「うち、ほんまに由紀に会ってええんかな?」

「ここまで来て何言ってんの?」

「だって迷惑かもしれん」


 目の前の雅はいつになく弱気だ。きっと由紀から拒絶されるのを恐れているのだろう。


 不安に思う雅の気持ちは十分伝わってきたけど、ここで引き下がるわけにはいかない。千颯は咄嗟に雅の手を取った。そして扉の前まで誘導する。


「ちょっと千颯くん!」

「大丈夫だから」

「え?」


 きっぱり言い切る千颯を見て、雅は目を丸くする。戸惑う雅に、千颯ははっきりと伝えた。


「たとえ由紀さんから拒絶されたとしても、俺が傍に居るから。悲しみも怒りも悔しさも、全部ぶつけてもらっていいから」


 ぽかんとする雅を見つめながら、千颯は笑った。


「だから、当たって砕けろ」


 その笑顔につられるように、雅も笑う。


「なんやのそれ? 千颯くんだって、うちが砕けるって思っとるんやないの?」

「そりゃあ、絶対に成功するとは言い切れないからね」

「そやね。逆に千颯くんから絶対上手くいくなんて言われたら、ちょっと胡散臭いわぁ」

「でしょう? だから俺は、自分にできることしか約束できない」


 由紀がどんな反応をするのかは、千颯には予想できない。それは由紀の領分だからだ。


 だけど、自分の行動だったら予想もできるし、約束だってできる。たとえ雅が傷ついたとしても、傍で支えるつもりだ。


「でもさ、これだけは約束して」

「なに?」

「今日はさ、いつもの建前はしまっておいて、本音で由紀さんと向き合って。そうじゃないと、後悔すると思うから」


 千颯と愛未あいみだって、本音で話し合ったからこそ分かり合えた。そこに嘘や建前があったら、いまのような関係は築けていなかっただろう。


 だから雅にも、由紀と本音で向き合ってほしかった。


「分かった。ちゃんと話す」


 雅は頷く。決意を固めたような表情を見てから、千颯はカフェの扉を開けた。


「いらっしゃいませー……」


 入口に向かって声をかける由紀。柔らかな笑顔を浮かべていたが、雅の顔を見た瞬間真顔になった。


「雅……」


 色素の薄い瞳が真っすぐ雅を見つめる。真顔で凝視された雅は、怖気づいたように後退りした。


 いまにも逃げ出しそうな雅の背中を、千颯が軽く叩く。

 大丈夫。口にはしなかったが、心の中でそう伝えた。


 雅が小さく息を吸う音が聞こえる。それから、意を決したように由紀に歩み寄った。


「あんな、由紀。うち、どうしても話しておきたいことがあるんよ」

「話したいこと? まさかそれで、わざわざバイト先まで来たの?」

「うん、迷惑やったかもしれへんけど……」


 由紀は「ふーん」と腹の内を探るように雅を見据える。それからバッサリと切り捨てた。


「正直、バイト先まで来られるのは迷惑。こっちは時給で働いてるんだから、お喋りする時間なんてないよ」

「そやな。由紀の言う通りやわ」

「うん。だから帰って」


 由紀のストレートな物言いに、雅は言葉を詰まらせる。話に聞いていた通り、由紀は言葉を選ばないタイプらしい。


 雅はちらっと千颯の方を見る。目が合った瞬間、雅の頬が少しだけ和らいだ気がした。雅は再び由紀と向き合う。


「バイトの邪魔をするつもりはない。せやけどうちは由紀と本音で話しがしたいんや。バイト終わったらでええから、うちにちょっとだけ時間くれへん?」


 雅の言葉を聞いた由紀は、目を丸くする。しばらく雅の顔をまじまじと見つめた後、素っ気なく窓際の席に視線を向けた。


「バイト、13時には終わるから、そこで待ってて」


 ひとまずは客として居座ることを許してもらった。千颯と雅は顔を見合わせて安堵した。


 席についてから、二人はドリンクを注文し、由紀のバイトが終わるのを待つ。その間、千颯は由紀の働きぶりを観察していた。


 同じ高校二年生でありながらも、由紀はテキパキとフロアの中を動き回っている。一昨日まで千颯もバイトをしていたが、あれほどに機敏な動きはできなかった。由紀と比べたら自分なんてまだまだだなと情けなくなる。


 ぼんやり観察していると、不意に由紀と目が合った。すると由紀は穏やかな笑顔を消して、あからさまに嫌そうな顔をした。どうやら千颯のことはあまり好ましく思っていないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る