第80話 捜索開始

 翌日、千颯ちはやみやびは電車を乗り継いで嵐電嵐山本線「嵐山駅」にやって来た。ホームに降り立ってから、千颯は作戦を伝える。


「食べモグによると、今年嵐山でオープンしたカフェは5店舗。そのうち渡月橋のすぐ近くにあるのが2店舗で、もう1店舗は嵐山駅前にある。残りの2店舗は渡月橋からは離れているから除外できると思うけど」


 昨夜調べた情報をもとに候補の店を知らせると、雅はポカンとした表情を浮かべていた。


 由紀ゆきを捜索するには、闇雲にカフェ巡りをしても仕方ない。そう判断した千颯は、昨夜のうちに嵐山の渡月橋付近で今年オープンしたカフェをネットで調べて、リストアップしていた。


 千颯が事前準備をしていたことを知った雅は、ただただ驚いていた。


「千颯くん、調べてくれたん?」

「まあ、言い出したのは俺だし」


 ノープランで来ても見つけられる可能性は低い。少しでも確立を上げるためにも、事前にできることをしたまでだ。


 それにこの数日間であらためて感じたが、京都の夏はめちゃくちゃ暑い。蒸し暑い中闇雲に歩き回っていたら、あっという間にバテてしまう。どちらかが熱中症にでもなったら、由紀捜索どころではなくなるだろう。


 だからこそ、最短経路で見つけられるように計画していた。そこまでの事情は伝えなかったが、雅は感心したように千颯を見つめていた。


「意外に頼りになるんやね」

「意外に、は余計だよ」


 千颯が突っ込むと、雅は吹き出すように笑った。笑いが収まると、目を細めながら穏やかに微笑んだ。


「ほんまに千颯くんはええ男やなぁ」


*・*・*


 嵐山駅を出てから、観光客で賑わう大通りを眺める。


「結構賑わってるね、店もいっぱいある」

「観光地やからね。修学旅行ではこっちまでは来へんかったん?」

「うん。時間がなくて回れなかった」

「清水寺とかメインの観光地からは少し離れてるからなぁ」


 そんな会話をしながら、手始めに嵐山駅前にあるカフェにやって来た。雅は店の外に置かれたメニューボードを見ながら呟く。


「ここは和スイーツが売りのお店やねぇ」

「そうみたいだね。由紀さんはいるかな?」


 外から中の様子を伺ってみるも、よく分からない。扉の近くまで寄ってさらに覗いてみると、店員のお姉さんと目が合った。


 お姉さんはにっこり微笑みながら入り口に近付いてくる。そしてチリンチリンと音を立てながら扉を開けた。


「2名様ですか?」


 完全に客と思われている。ここで「違います」とも言い出しにくく、千颯は頷いた。


「はい、2名です……」


 結局二人は、店に入ることになった。


 テーブル席に通されてから、あらためて店内を見渡す。パッと見た限りでは由紀の姿はなかった。


「由紀さん居なさそうだね」

「そやなぁ。小さいお店やから、おったらすぐに分かりそうやけど……」


 しばらく店内を伺っていると、先ほどのお姉さんが席にやって来た。


「ご注文はお決まりですか?」


 そう聞かれて慌ててメニューを見る。


「ええっと、俺はアイスティー、雅は?」

「うちも同じので」

「かしこまりました」


 注文を済ませて、お姉さんにメニューを手渡す。メニューを受け取ったお姉さんは、スイーツのページを開いて二人に見せた。


「ご一緒に抹茶アイスはいかがですか? この時期は人気なんですよ」

「抹茶アイス……」


 暑い中移動してきたから正直惹かれるが、この後もカフェを巡ると考えるとあまり散財できない。丁重にお断りしようとしたところ、雅が先に口を開いた。


「ほな、それもお願いします。2つで」

「かしこまりましたぁ」


 おすすめが成功したお姉さんは笑顔で戻っていく。千颯が何か言いたげに見つめていると、雅が察したように笑った。


「お金のことは気にせんでええ。千颯くんはうちの用事に付き合ってくれてるんやから、カフェ代くらいはうちが出す」

「それは悪いよ……」

「心配せんでもええよ。夏休み中はバイトするから軍資金は十分あるし」


 そう言われると断りずらくなる。千颯は雅の心遣いに感謝しながら宣言した。


「軍資金を無駄にしないように精一杯働きます」

「なんやそれ」


 雅はクスクスと笑っていた。


 しばらくすると、お姉さんが飲み物と抹茶アイスを運んでくる。すべてテーブルに並べた後、お姉さんは微笑ましそうに千颯と雅を交互に見つめた。


「学生カップルさんですか? いいですねぇ、見ているだけで和みます」

「ああ、いえ! カップルってわけじゃなくてですねえ」

「千颯くん、動揺しすぎや」


 雅が冷静に突っ込むと、お姉さんはほっこりした表情で笑った。


「ごゆっくりー」


 笑顔で去ろうとお姉さんを見て、千颯はハッと本来の目的を思い出す。


「あの! ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

「はい?」

「このお店に倉科由紀さんっていう子が働いていませんか?」


 単刀直入に尋ねると、雅は「ちょっと……」と驚いたように千颯を見つめた。そして口元に手を添えて小声で指摘する。


「そんな直接聞いて、ストーカーやと思われたらどうするん?」

「別に思われないでしょ。二人で来てるんだし」

「そうやけどー……」


 ストーカー扱いされることを懸念していた雅だったが、お姉さんは気にする素振りも見せずに答えてくれた。


「倉科さん……うちにはいないですねぇ」

「そうですか……教えてくれてありがとうございます」


 一店舗目はハズレだった。抹茶アイスが美味しかったという点ではアタリだが、由紀捜索の目的は達成できなかった。

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