第79話 まだ間に合う
過去の話を終えた
「幻滅したやろ? うちは千颯くんが思っているような人間やない。頭固いし、嘘はつくし、流されやすいし、相手と本気で向き合う度胸もない。しょうもない人間なんよ。由紀が学校を辞めたのも、うちのせいや……」
そう自虐する雅は、いつもよりも小さく見えた。
「幻滅なんてしないよ」
千颯は正直に伝える。しかし雅は乾いた笑いを浮かべるだけだった。
「ありがとう。千颯くんは優しいなぁ」
どうにも社交辞令だと思われている気がする。いまの落ち込んだ雅には、どんな言葉をかけても跳ね返されてしまうような気がした。
どうしたものかと考えていると、ふと布団の上に転がったペンギンが視界に入った。
千颯はペンギンに手を伸ばす。そして雅の顔を覗き込むようにペンギンを近づけた。
「雅ちゃん、元気出して」
裏声でペンギンの声真似をする千颯。ペンギンの声真似という時点でもうわけが分からないが、とにかくペンギンが喋りかけているように演じた。
雅は唖然とした表情でペンギンを凝視する。引かれているのは分かっていたが、千颯は声真似を続けた。
「ボクは雅ちゃんの味方だよ。どんな雅ちゃんでも一緒にいるよ」
雅はペンギンと千颯を交互に見る。そのままペンギンを雅に近付けた。
「だから元気出して。ちゅっ」
やりすぎた、と後悔したのはペンギンを雅の頬にくっつけてからだ。調子に乗った自分が恥ずかしくなった。
雅の反応を伺うと、頬を抑えながら固まっている。素に戻って謝ろうとしたところ、雅はプルプルと震えながら俯いた。
「……アホや、アホがここにおる」
雅は声を押し殺しながら笑っていた。とりあえず怒ったりドン引きされたりしていないことに一安心した。
千颯は役目を終えたペンギンを布団に戻す。
「まあ、彼もこう言っていることだし、そんなに凹まないでよ」
「この子、男の子やったんや」
「知らんけど」
その言葉で、雅はもう一度声を押し殺しながら笑った。そして顔を上げた時、ようやく目が合った。
「ありがとう、千颯くん」
穏やかに笑う雅を見て、千颯もつられて笑った。
それから今後のことを話し合う。
「それで、雅は由紀さんとどうなりたいの?」
「どうって?」
「本当は由紀さんと仲直りしたいんじゃない?」
千颯がそう尋ねると、雅は眉を下げて諦めたような顔をした。
「そりゃあ、ちゃんと謝って仲直りしたいけど、そんなん無理やろ」
後ろ向きな雅の言葉を、千颯は否定した。
「無理じゃない。まだ間に合うよ」
千颯は今日の出来事を思い返す。ユニスタで、由紀は自分から雅に話しかけてきた。それだけでなく、お茶にも誘ってくれた。
本当に雅を嫌っているなら、そんな真似はしない。たとえ雅を発見したとしても、わざわざ自分から関わりにいくことはしないだろう。
それらの言動から千颯はうっすらと感じていた。由紀が雅に期待していたことに。
由紀は雅との関係を再構築できる可能性に賭けていたのかもしれない。
まだ間に合うと伝える千颯だったが、雅は信じられないと言わんばかりに目を丸くする。
「間に合うってそんなこと……。それにうち、由紀からLIENブロックされとるから、連絡も取れへんし」
連絡手段がない。その時点で難易度が跳ね上がった。
「LIENできないのか……」
千颯は頭を抱える。なにか手段はないかと考えていた時、不意にユニスタでの由紀の言葉を思い出した。
「嵐山にできた新しいカフェ……」
たしか由紀は、そこでバイトをしていると言っていた。
「そこに行けば会えるかも……」
一つの可能性を上げてみるも、雅に否定される。
「そんなん無理やろ。嵐山にいくつカフェがあると思っとるん? それに明日シフトに入っているかも分からん」
「会えないかもしれないけど、可能性はゼロじゃない」
「めちゃくちゃやん。それに由紀は、もううちに会いたくないかもしれん」
無謀とも言える提案に、雅は頭を抱える。千颯は雅を説得するように言葉を続けた。
「会いに行っても迷惑に思われるかもしれない。だけどこのまま嘆いているより、一度腹を割って話したほうがいいんじゃないの? 俺と愛未がそうしたように」
千颯は少し前の出来事を思い返す。
愛未からこっ酷くフラれた時、簡単には立ち直れそうにないほど傷ついた。だけど、雅のお膳立てもあって本音で話し合ったら、表面からは読み取れなかった愛未を知った。
あの出来事があったからこそ、千颯は前に進めた。
だから雅にも同じように前に進んでほしかった。
雅はしばらく考え込むように頭を抱える。真っすぐな千颯の瞳を向けられると、諦めたように溜息をついた。
「……分かった。千颯くんの無謀な作戦に乗ったるわぁ」
雅の言葉を聞いた千颯は、力強く頷いた。
「見つけよう、由紀さんを」
そう意気込んだところで、部屋の外から声がかかった。
「雅、入りますよ」
「どうぞ」
雅が返事をすると、雅母が遠慮がちに襖を開けた。部屋に千颯がいることを確認すると、眉を顰めながら小さく溜息をつく。
「嫁入り前の娘が、男性と同衾するのはあかんで」
その言葉で、雅母にとんでもない誤解をされていることに気付く。
「そ、そういうつもりじゃ!」
「そや! 千颯くんとはただお話ししてただけで!」
千颯と雅が顔を赤くして否定するも、雅母は疑いの眼差しを向けるばかり。いたたまれなくなった千颯は、急いで雅の部屋を後にした。
「俺、部屋に戻ります! 失礼しました!」
◇◇◇
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