第72話 謎の少女

突如、現れたショートカットの少女。その姿を見た瞬間、みやびは笑顔を消した。


(地元の知り合いか?)


 千颯ちはやは目の前の少女を見上げる。すらりと伸びた身長は、女子の平均身長を優に超えている。恐らく170センチ以上はあるだろう。


 亜麻色の髪は、丸みを帯びたショートにカットされている。切れ長の目に薄い唇が、ハンサムな顔立ちを形作っていた。


 全体的に中性的な雰囲気が漂っている。私服姿なので確かなことは言えないが、年齢は千颯たちと変わらないように思えた。


由紀ゆきー。どうしたの? 知り合い?」


 彼女と一緒に行動していた少女が尋ねる。彼女は振り返りながら事情を伝えた。


「うん。前の学校の友達。悪いんだけど、この子と話したいから別行動していい?」

「オッケー」


 連れの少女たちはひらひらと手を振りながら去っていった。

 ショートカットの少女は、あらためて雅を見つめる。


「久しぶりだね、雅。一年ぶりくらい?」

「……そやね」


 珍しく雅が緊張している。顔をこわばらせながら、じっと少女を見つめていた。

 すると少女が千颯の存在に気付く。


「もしかして、彼氏と一緒だった?」

「うん」

「ふーん……」


 少女は千颯を見定めるように、上から下まで凝視する。居心地の悪さを感じながらも彼女を見つめていると、静かに微笑みながら挨拶をされた。


「私、雅の元クラスメイトの倉科くらしな由紀ゆき。そっちは?」

「藤間千颯です」

「ふーん、千颯くんね。君は洛中の子?」

「洛中?」


 千颯が聞き返すと、雅が補足した。


「洛中学園。うちが高一まで通っていた学校」

「ああ、なるほど」


 雅は高二の春に転校してきたから、それ以前は別の高校に通ってきた。それが洛中学園なのだろう。


 最初はピンとこなかったけど、その学校名には聞き覚えがある。たしか小中高一貫の進学校だったはず。家柄の良いお金持ちの子女が通うような学校で、庶民には縁遠い場所だ。


「え? 雅って洛中学園だったの?」


 これまで前の学校の話題なんて一度も上がらなかったから知らなかった。たしかに雅は成績がいい方だったけど、全国的に知られるような進学校に通っていたとは驚きだ。


「うちは初等部からエスカレーター式に上がってきただけやから、なんてことない。高等部から編入してきた由紀の方がずっと凄い」


 すると由紀はフフっと小さく笑った。


「凄いなんて、よく言うよ」


 どことなく小馬鹿にしているような言い方だ。元クラスメイトにしてはあまり友好的とは言えなかった。二人のやりとりを見て、千颯は警戒した。


 すると由紀が思いがけない提案をする。


「せっかくだしさ、お茶でもしようよ。彼氏くんとの話も聞かせて」


 咄嗟に雅の反応を伺う。雅は驚いたように目を丸くしながらも頷いた。


*・*・*


 三人はパーク内のカフェにやって来た。人気キャラクターがモチーフになったカフェということもあり、店内は女性グループでひしめき合っていた。


 この店はカウンターで注文してから席につくシステムらしい。列に並ぼうとしたところで、雅に引き留められた。


「混んでるみたいやし、千颯くんは先に席取っといて。注文はうちがしとくから」

「うん、分かった」

「飲み物なにがいい?」

「じゃあ、アイスコーヒー」

「え」

「なにその反応」

「いや、コーヒー飲めるんやなって」

「飲めるわ」


 子ども扱いされて思わず突っ込むと、会話を聞いていた由紀がクスっと笑った。


「へー、仲いいんだ」


 唇の端を引き上げて、二人を交互に見る由紀。顔は笑っているけど、目は笑っていなかった。


 すると由紀が予想外の言葉を発した。


「それじゃあ、私も彼氏くんと席で待ってるよ。雅、アイスティー注文しといて」


 雅は目を丸くして固まる。雅が言葉を発する前に、由紀は千颯の腕を掴んだ。


「行こ。彼氏くん」

「え、ちょっと……」


 強引に腕を引っ張られて、千颯は成すすべなく連れて行かれた。


 四人掛けの席を確保して、千颯と由紀は向かい合わせに座る。気まずさを感じながらも、千颯はあらためて由紀を盗み見た。


(綺麗な人だな……。女子だけど王子様みたいだ……)


 中性的でありながら華のある顔立ちをしている由紀は、まるでおとぎ話に出てくる王子様のようだった。


 亜麻色の髪はツヤツヤとしているし、肌荒れだって見当たらない。背筋もしゃんと伸びていて、堂々としていた。


 周囲の女性客も、「あの人カッコいい」と声を潜めながら噂をしていた。


 華のある由紀を前にして怖気づいていると、由紀は頬杖を突きながらこちらを試すような視線を向けた。


「二人はいつから付き合ってるの?」

「5月からです」

「ふーん、じゃあ雅のこともそろそろ分かってきた?」

「それは、まあ、それなりに……」


 千颯の言葉を聞くと、由紀はフフっと鼻で笑った。


「それなりにか。たしかにそうだよね。分かる」


 由紀が何に共感しているのかイマイチ分からない。だけどどこか馬鹿にされているような気がした。


「何が言いたいんですか?」


 そう尋ねると、由紀はスッと目を細めた。


「二人の関係がこの先続いたとしても、たぶんいまと状況は変わらないと思うよ。君は雅のことをそれなりにしか理解できない」

「それってどういう……」


 由紀の言っていることが理解できない。真相を探るように彼女の瞳を見つめていると、切れ長の目が三日月状に形を変えた。


 そのまま腰を上げ、顔を寄せてくる。突然距離を詰められたことに戸惑っていると、耳元でそっと囁かれた。


「雅は本音でなんか話してくれない。お腹の中では何を考えてるか分からないんだから」

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