第71話 想像以上に甘い

 その後も千颯ちはやみやびは、次々とアトラクションを制覇していった。


 雅はアトラクションに乗るたびに、キラキラした笑顔を浮かべる。学校では滅多にお目にかかれない無邪気な姿を前にして、千颯はちょっとだけ誇らしくなった。


「千颯くん、次は何乗ろかー?」

「そうだね……」


 園内マップと周りのアトラクションを交互に見ていると、ふとチュロスのワゴンが視界に入った。そういえば、アトラクションに夢中でお昼を食べるのを忘れていた。スマホを見ると、すでに時刻は14時を回ろうとしていた。


「ちょっと休憩しようか? そこでチュロス売ってるみたいだし」

「そやなぁ。うちらぶっ続けで遊んでたもんなぁ」


 しばし休憩を挟むことになり、二人はチュロスのワゴンに並ぶ。それぞれ一本ずつチュロスを買って、近くのベンチで座って食べることにした。


「いただきます!」


 雅はサクッとチュロス齧る。もぐもぐと咀嚼をしながら自然と笑みがこぼれていた。


「雅は何味を頼んだの?」

「シナモン」

「シナモンかー」

「千颯くんは何にしたん?」

「俺はクレームブリュレ」

「うわぁ、見るからに甘そうやなぁ」


 表面に砂糖をたっぷりまぶしたチュロスを、雅はまじまじと見つめてる。メニューに書かれていた情報によると、中にはカスタードクリームが入っているらしい。これが甘くないわけがない。


「一口食べてみる?」


 興味深そうにチュロスを見つめている雅に、まだ口を付けていないチュロスを差し出す。


「ええの?」

「うん。絶対美味しいと思うから」

「そんなら一口いただくわぁ」


 雅は千颯が差し出したチュロスにサクッと齧りつく。チュロスに齧りつく雅は、なんとも可愛らしい。まるで小動物に餌付けしているような気分になった。


 雅はもぐもぐと咀嚼しながら、可笑しそうに眉を下げる。


「想像以上に甘い」

「でしょうね」

「たぶん千颯くんは好きやと思うで」


 雅のお墨付きを頂いたところで、千颯も食べようとする。そこであることに気付く。


(これって間接キスなんじゃ……)


 雅にあげた時はまったく意識していなかったけど、これはどう考えても間接キスだ。意識してしまうと途端に恥ずかしくなる。


 とはいえ、そんなことをいちいち気にしている自分も恥ずかしくなった。

 千颯はなるべく気にしないようにしながら、チュロスを齧った。


 サクッとした食感と、カスタードクリームがとろける食感が伝わる。そして予想していた通り、甘い。自然と頬が緩むのを感じていると、隣にいる雅にフフっと笑われた。


「美味しそうに食べるなぁ」

「顔に出てた?」

「出てた、出てた。幸せそうな顔しとったで」


 表情筋が緩み切った自分の顔を想像すると、恥ずかしくなった。

 すると雅は、手に持っていたシナモンチュロスを千颯に差し出す。


「こっちも一口食べる?」

「へ?」


 まさか逆パターンも存在するとは思わなかった。またもや意識してしまう。


 だけどここで動揺したらまた笑われるに決まっている。千颯は羞恥心を押し殺して、差し出されたチュロスに齧りついた。


 一口食べてから千颯は首を傾げる。想像していた味とはちょっと違う。


「あんまり甘くない」

「そやろな」


 目を細めて微妙な表情をする千颯を見て、雅は視線を逸らしながらプルプルと震える。結局、笑われる羽目になった。


*・*・*


 チュロスを食べ終えてからも、何となく二人はベンチに居座っていた。目の前では楽しそうに笑い合う家族連れが通り過ぎる。その光景を見ながら、あらためてここに来て良かったと実感した。


「チケットくれた宗司そうじさんには感謝しないとね」


 何気なく呟くと、雅も頷きながら同意した。


「そやね。宗ちゃんには後でうちからお礼しとくわ」


 その言葉に千颯は引っかかる。お礼というのは具体的にどんなことだろうか? ふと、余計な詮索をしてしまった。


 同時に雅と宗司が二人で話している光景を思い出して、モヤモヤが蘇る。


(これは嫉妬なのか?)


 先日の芽依めいの言葉を思い出す。だけどこの感情を嫉妬と認めたら、いまの関係が崩れてしまうような気がした。


 こんな風に、いつまでもグチグチ悩んでいる自分に嫌気が指す。もういっそ、現実を突きつけられたかった。


 雅は宗司が好き。その現実を突きつけられれば、このモヤモヤも晴れる気がした。

 千颯は雅から目を逸らしながら、核心に触れた。


「雅の初恋の相手って、宗司さんだよね」


 雅は目を丸くする。


「気付いとったんやな」


 あっさりと認めた雅。ほぼ確定だと思っていたから、いまさら驚くことはない。

 現実を突きつけられたくて、さらに踏み込んだ質問をする。


「いまでも好きなの?」


 雅の顔が見られない。顔を見れば、察しがついてしまうからだ。


 自分から聞いたくせに、いざ答えを告げられようとすると途端に怖くなる。雅の返事を先送りするかのように言葉を続けた。


「宗司さんさ、本当にカッコいいよね。男の俺から見てもカッコいいって思ったよ。それに人当たりいいし、親切だし、大人だし、雅が好きになるのも分かるよ」


 自分は一体何を言っているのだろう。宗司への賞賛を並べるたびに虚しくなった。

 雅の顔は、まだ見られない。だけど小さく溜息をつく音だけは聞こえた。


「宗ちゃんはカッコええよ」


 やっぱり。その言葉も何となく察していた。

 諦めにも似た苦々しい感情が胸の内を支配する。


(これで分かったじゃないか。俺は宗司さんには敵わない)


 そう結論付けようとした時、雅は言葉を続けた。


「でも、とっくの昔に失恋済みや」

「え……」


 そこでようやく千颯は顔を上げた。雅は少し困ったように眉を下げる。


「宗ちゃんは、うちのことなんかこれっぽっちも見てへん。だからもう、宗ちゃんを追いかけるのはやめたんよ」


 千颯が固まっていると、雅は目を細めながら宗司のことを語った。


「宗ちゃんは、人懐っこくてちょっと軽く見えるかもしれへんけど、頭ん中では和菓子のことしか考えとらん。伯父さんに認めてもらえるように必死で足掻いとるんよ。たぶん、相手が誰であっても、いまの宗ちゃんを振り向かせることはできん」


 その言葉は何となく理解できた。宗司の真剣な表情を思い出すと、雅の言葉にも納得できる。


「あの男は無自覚に女を泣かせるタイプやで。宗ちゃんを好きになった子が気の毒でならんわぁ。うちも含め」


 雅は自虐するように笑っていた。その表情を見て。ほっとしている自分がいる。


「いまはもう、宗ちゃんのことは好きでもなんでもあらへんよ。もちろん、人として尊敬はしとけど、それ以上の感情はない」

「そう、なんだ」


 雅はもう、宗司が好きではない。その事実が分かっただけで、胸のうちに占めていたモヤモヤが一気に晴れた。


 すると雅は千颯の顔を覗き込む。


「なに? もしかして嫉妬したん?」


 揶揄うようにニヤニヤ笑う雅。

 千颯は感情を悟られないように視線を逸らした。


「なわけない」

「そやろな」


 雅は疑う素振りも見せずに笑っていた。

 話題の矛先を変えたくて、千颯は茶化すように言ってみた。


「宗司さん以上の相手を見つけるのは大変だろうね」


 単純にそう思った。次の恋愛で宗司以上の人を探すのは、きっと容易ではない。もちろん千颯だって、宗司には到底敵わない。


 すると雅は、小さく笑いながら答えた。


「宗ちゃん以上の人を見つけられたらベストやけど、無理に超える必要はないと思うで? 次の恋は、まっさらな状態で始まるんやから」


 千颯は雅を見つめる。目が合うと、雅は悪戯っ子のようににやりと笑った。


「もしかしたら、次に好きになるのは、不器用で、流されやすくて、世話の焼ける男かもしれへんし」


 何となく自分のことを言われている気がする。それが冗談だということも何となく伝わった。だから千颯も素知らぬ顔で返した。


「そうなったら大変だね」


 その瞬間、雅は吹き出すように笑った。


 お互い顔を見合わせて笑っていると、不意に自分たちの前で誰かが立ち止まる気配を感じた。


「雅?」


 その呼びかけで笑いが止まる。視線を上げると、ショートカットの少女がいた。

 彼女の姿を認識した途端、雅から笑顔が消える。


由紀ゆき……」


 雅はまるで信じられないものを見るかのような表情で、彼女を見つめていた。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

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♡や応援コメントもいつもありがとうございます!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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