第70話 二人だけの時間

 距離の近さに戸惑っていた千颯ちはやみやびだったが、ライドが動き出すとそんなことはまったく気にならなくなった。薄暗かった乗り場からアトラクションエリアに入ると、一気に世界が変わる


「すっげー。ゲームの世界に入り込んだみたい」


 目の前には慣れ親しんだゲームの世界観が広がっている。ゲーム内に登場するアイテムも次々と登場して、自然とテンションが上がった。


 隣に視線を向けると、雅もキラキラした表情で周囲を見渡している。


「うわー! 可愛い! あのキャラクター見たことある! なんやっけ?」

「ピコ」

「そうそうピコ! コロンとしてて可愛いいなぁ」


 雅は続々と登場するキャラクターを見て「可愛い可愛い」と連呼していたが、キャラクター名までは出てこなかった。そこである疑問が浮かぶ。


「もしかして雅って、あんまりゲームやらないの?」

「ほとんどやったことないなぁ」


 その言葉に納得する。雅がゲームをやっている姿は、あまり想像できない。

 そこで千颯は、何げなく提案してみた。


「じゃあさ、今度うちでやる? このゲームもうちにあるから」

「ええの?」

「うん、もちろん」

「えー! 嬉しいわぁ! 約束やで」


 雅は嬉しそうに微笑んだ。雅の笑顔はやっぱり可愛い。

 千颯は照れ隠しをするように、ちょっと意地悪を言ってみた。


「雅はゲーム下手そう」

「なんやのそれー」

「敵のいないところで勝手に落ちて自滅するタイプだよ、きっと」

「そんなんやってみないと分からへんやん」

「レースゲームでも、コントローラーと一緒に身体が動くタイプでしょ」


 千颯の煽りに、雅はむーっと頬を膨らませる。それからビシッと千颯を指さした。


「そんなら勝負しよ!」

「勝負?」

「そや。負けた方が相手の言うことなんでも聞くってのはどう?」


 その提案はなかなか面白い。雅がなんでも言うことを聞いてくれるというのは魅力的だった。


 別に本当に困らせるようなお願いをするつもりはない。だけど余裕たっぷりの雅が、自分のお願いでタジタジになる姿は見てみたかった。


「いいよ、勝負しよう」


 正直、負ける気がしない。ゲームはそれなりに得意なほうだ。

 具体的にいつやるとは決めなかったけど、二人は勝負の約束をした。


*・*・*


 それからも次々と登場する人気キャラクターに歓声をあげていると、あっという間にアトラクションが終了した。


「楽しかったなぁ!」


 雅はうーんと腕を伸ばしながら楽しそうに笑う。ここまで全身で楽しさを表現してくれると、こっちまで楽しくなってくる。


「そやなぁ」


 千颯が何気なくそう口にすると、雅が吹き出すように笑った。


「千颯くん。京都弁移っとるで」

「あ……」


 あらためて指摘されると妙に恥ずかしくなる。狙ったわけじゃなく、完全に無意識だった。


「一週間近く京都に居たから移ったみたい」

「影響されすぎやん」


 雅は口元を抑えながらプルプルと笑っていた。どうやらツボに入ったらしい。


 笑っている雅を見ていると、こっちまでおかしくなってくる。千颯も雅につられるように笑った。


 すると、後から乗って来たメンバーが合流する。


「おーい、千颯、雅さん!」


 なぎが手を振りながらこちらに近付いてきた。


 千颯と雅が笑っているのを不思議そうに眺めていたが、その直後何かに気付いたかのようにハッとした表情を浮かべた。


「ごめんなさい、私全然気付いていませんでした」

「どうした凪? そんな神妙な顔をして」

「私たちさ、京都に来てからずっと団体行動してたじゃん」

「そりゃまあ、団体だからな」

「せっかくの京都に、カップルでいるのに、だよ?」

「……何が言いたい?」

「だーかーらっ、千颯と雅さんが全然二人きりの時間を取れてないじゃん!」


 そこまで聞いて、ようやく凪の言いたいことが伝わった。凪も凪なりに千颯たちのことを気遣っているのだろう。


「別にそんなこと気にしなくていいって」

「ダメでしょ! 私たちどう考えてもお邪魔虫じゃん! 千颯だって雅さんと二人だけの思い出作りたいでしょ?」

「そりゃー、うーん……」


 偽の恋人を演じている以上、ここで否定するのは不自然だ。千颯は曖昧な返事をしながら雅の反応を伺う。雅も千颯と似たような複雑な表情を浮かべていた。


 そんな二人の反応を見て、凪は愛未あいみ芽依めいの腕を掴んだ。


「ここからは別行動にしましょう。私達は三人で回るから。愛未さんと芽依ちゃんもそれでいいよね?」


 同意を求められた二人は顔を見合わす。それからすぐに納得したように頷いた。


「そうだよね。彼女との時間も必要だよね」

「お兄さん、雅さん、楽しんで来てください」


 なんだかおかしな流れになってきた。去ろうとする三人を慌てて引き留める。


「だからそんな気を回さなくていいって!」

「いいの、いいの、私たち次はフライング・ザ・コースターに乗りたいねって話してたから。千颯は絶叫系苦手でしょ?」

「う……そうだけど……」

「私達は女子三人で楽しんでるから! じゃっ、そういうことでー」


 凪は愛未と芽依を引き連れて、巨大ジェットコースターの最後尾に向かう。

 三人の後ろ姿を眺めながら、雅は呆然と呟いた。


「気を遣われてしもたなぁ」

「だね……」


 凪のいらん気遣いで、二人きりにされてしまった。どうしたものかと考えていると、雅は千颯の顔を覗き込んだ。


「まあ、しゃーないわぁ。こうなったら二人で楽しもかぁ」


 雅は笑っていた。その表情を見て、千颯も頷く。


「うん、そうだね」


 こうして千颯と雅は、二人でパーク内を回ることになった。

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