第68話 バイト終わりのご褒美

 最終日にはちょっとしたトラブルはあったものの、なんとかバイトを終えることができた。


「5日間ご苦労様でした。みなさんが来てくれてホンマに助かりました」


 着替えを済ませて雅宅に帰ろうとしたタイミングで、雅母は千颯ちはやたちに深々とお辞儀をした。その所作はやっぱり美しい。


「お力になれてよかったです!」


 千颯も慌てて頭を下げる。


 大変に感じることはあったけど、頼りにされて嬉しかったのは事実だ。貴重な経験をさせてくれた雅母には、素直に感謝している。


 すると、着替え終わったみやびも話に加わった。


「みんな初バイトとは思われへんくらい頼もしかったで! ホンマに助かったわぁ」


 満面の笑みを浮かべる雅を見ていると、なんだか誇らしく思えた。

 その言葉を聞いていたなぎ芽依めいも表情をパッと明るくする。


「そう言ってもらえて嬉しいです! 何ならこれからもバイト続けたいくらいです!」

「気持ちは嬉しいけど、ここ京都やで?」

「通います!」

「流石に毎回新幹線代は出せへんわぁ」


 意気込む凪に、サラッとお断りする雅。すると芽依も話に加わる。


「あの、私もバイトとても楽しかったです」

「芽依ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわぁ。もしかしたら接客は苦手かなって心配しとったから」

「はい。最初は不安でしたけど、お客さんに感謝されるとあったかい気持ちになりました。自分も誰かの役に立てるんだなって……」


 芽依はもじもじしながらも一生懸命伝えている。そんな様子も微笑ましい。


 無事にバイトを終えた安堵感で気が緩み切っていると、宗司そうじがやって来た。


「良かった! まだおった!」

「どしたん? 宗ちゃん」

「5日間頑張ってくれたみんなに、おじさんからプレゼントがあるで」


 宗司はもったいつけるように笑いながら、自分のリュックを漁る。それから封筒を取り出して、みんなの前に高らかに掲げた。


「じゃじゃーん! ユニーク・スタジオ・ジャパンのチケットや!」


 宗司はテンション高く宣言する。隣にいた雅は「は?」と驚きの声を上げた。


「ユニスタってそれ、大阪やん! なんでよりにもよって大阪なん?」

「えー、だって高校生は寺巡りなんてしても退屈やろ?」

「それはそうかもしれへんけど……というか、チケット代は? あそこチケット代結構するやん」

「社会人を舐めたらあかんで。どうせ仕事続きで金使う暇なんてないんやから、若い子らの青春の一コマに貢献した方がええやろ」


 宗司は屈託のない笑顔を浮かべていた。その表情を見て、雅は遠慮がちにチケットを受け取る。


「ホンマにええの?」

「遠慮すんな。ちなみにチケットは5枚や。朔ちゃんは絶対行かん言うとったし、俺も仕事で行かれへんからな」

「お兄ちゃんは、そやろな……」


 朔真さくまが拒否するというのは想像通りだ。


 つまりユニスタには、千颯、雅、愛未、芽依、凪の5人で行くことになる。女子4、男子1という男女比でテーマパークに行くというのはそれなりに覚悟のいることだけど、嬉しいか嬉しくないかと聞かれたら、当然嬉しい。ここは宗司の厚意に甘えることにした。


「宗司さん、ありがとうございます」

「おう、楽しんできてな」


 宗司はニっと歯を見せて笑った。

 ユニスタに行くと決まった途端、凪も張り切り出す。


「ユニスタ! ずーっと行ってみたかったんです! めちゃくちゃ嬉しいです!」


 凪は両手を上下に揺らしながらうずうずしている。隣にいた芽依もキラキラと目を輝かせていた。


「私も初めてなので、すごく楽しみです」


 心から楽しみにしている二人を見ていると、微笑ましい気分になった。


 千颯はふと、場を静観していた愛未あいみに視線を向ける。愛未は千颯と目が合うと、ふわりと微笑んだ。


「楽しみだね、千颯くん」


 愛未も楽しみにしている。その事実が分かっただけで、千颯はほっとした。

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