第64話 昼休憩でばったり

 12時を過ぎると、雅母から順番に昼休憩に入るよう指示される。千颯ちはやは1時を過ぎた頃に休憩に入った。


 店の奥にある休憩室に移動すると、簡易的なテーブルの上にお弁当が用意されていた。恐らく雅母が用意してくれたのだろう。


 千颯はテーブルについて、有難くお弁当をいただいた。


 他のメンバーは既に昼休憩を取ったため、休憩室にいるのは千颯一人だ。しんと静まり返った休憩室で黙々とお弁当を食べていると、不意に休憩室の扉が開く。


「お疲れ様でーす」


 フラっと現れたのは、白衣を脱いでTシャツ姿になった宗司そうじだった。千颯は口に含んでいたご飯を急いで飲み込んで頭を下げる。


「お疲れ様です」

「そんなかしこまらなくてええって」


 宗司は笑顔を浮かべながらリュックからタッパーを取り出し、千颯の向かいの席に座った。


 黙々と咀嚼をしていると、正面から突き刺さるような視線を感じる。恐る恐る顔と上げると、宗司がじーっとこちらを見つめていた。


「えっと……なにか?」


 戸惑いながら尋ねると、宗司はへらっと笑った。


「なんや普通の子やないか。さっき朔ちゃんから恐ろしい男や聞いとったから構えとったけど、普通に優しそうな子やん」


 宗司の口にした『恐ろしい男』というのが引っかかる。


「あのー、朔真さんは俺のことをなんと……」

「んー、ここで話すことではないなぁ。とりあえず朔ちゃんには『襲われる前に襲っとけ』って言っておいた」

「全然話が見えないんですけど」

「まあ、安心せえ。朔ちゃんは『そんなの無理や』言うとったから、不意打ちかまされることはないと思うで」


 宗司は面白がるようにニヤニヤ笑っていた。千颯はまったく話が理解できず、混乱するばかりだった。結局真相は明かされないまま、話は別の方向に進んでいく。


「それにしても、千颯くんの周りには可愛い女の子たちがいて羨ましいなぁ。俺もそんな青春時代を送りたかったわぁ」


 宗司は目を細めながら遠くを見つめる。千颯の状況を羨ましがっているように見えた。


「宗司さんだって、モテそうじゃないですか」


 千颯がフォローすると、宗司は「いやいやいや」と大袈裟に手を振った。


「俺の高校時代なんて恋愛要素は皆無やったわ。学校終わったらすぐに調理場入ってたから、彼女を作る暇なんてあらへんし。まあ、それはいまも変わらへんけど」


 宗司は軽く笑い飛ばしながら自虐した。


「宗司さんは15歳の時から調理場に入っていたそうですね。雅のお母さんから聞きました」

「そやで。俺の人生は和菓子一色。まあ、自分で選んだ道やから後悔はないけどな」


 宗司はカラッと晴れた空のように笑っていた。自分の決断に何の迷いもないような表情だ。


「凄いですね。みやびが宗司さんに惹かれるのも分かる気がする」


 うっかりそう漏らすと、宗司は「ははーん」と何かを勘ぐったかのように、にやりと笑った。


「千颯くんは雅の彼氏やったなぁ」

「……ま、まあ、そうですね」


 まさかこの場で、雅は偽彼女ですなんて明かせるはずもなく、咄嗟に話を合わせた。


「あのちっこい雅が彼氏を連れてくるなんて、時の流れは早いなぁ」


 宗司は過去を懐かしむように目を細める。従兄である宗司は、幼い頃の雅も当然知っているのだろう。千颯は興味本位で宗司に尋ねてみた。


「昔の雅って、どんな感じだったんですか?」

「そやなぁ。雅は昔からしっかり者で、人から頼られることが多かったなぁ」


 それは容易に想像できる。しっかり者というのは、いまと変わりはない。現に千颯も雅に頼りっぱなしだ。


「やっぱり、昔からしっかりしていたんですね」

「まあ、そのせいで損な役回りを受けることも多かったみたいやけどなぁ」


 それも心当たりがある。雅は現在進行形で損な役回りを引き受けているからだ。千颯は心の中で、雅に土下座をした。


 宗司は笑顔を浮かべながらも千颯の瞳をじーっと覗く。なんだか格を見定められているような居心地の悪い感覚に襲われた。


 千颯はさりげなーく視線を逸らして、その場をやり過ごす。微妙な空気のままお弁当を食べていると、いつの間にか食事を終えた宗司が立ち上がった。


「じゃあ、俺は先に戻るわ」

「え? もう戻るんですか?」

「ちんたらしてると、先輩方に怒られるからなぁ」


 宗司はタッパーをリュックの中にしまって、休憩室から出ようとした。……が、扉を開けた直後に、何かを思い出したかのように立ち止まる。


 何事かと視線を向けると、振り返った宗司と目が合った。


「千颯くん、雅のこと大事にしたってな」


◇◇◇


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作品ページ

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