第63話 お似合いな二人

 開店前に箱に詰められたお菓子を並べていると、ふとショーケースに入った上生菓子が視界に入った。


「綺麗……」


 千颯ちはやは思わず感想を漏らす。


 ショーケースの中には色とりどりの上生菓子が並んでいる。菊の花を模したものや、花びらを模したものの他、向日葵、青梅、金魚、鬼灯、朝顔など夏をモチーフにしたものもある。


 その他にも、ラムネのような透き通った水色の葛寒天や、黄色と水色の淡いグラデーションの練りきりも並んでいた。


 どれも繊細で美しく、まるで宝石箱の中を覗いているようだ。作業の手を止めて見惚れていると、雅母が近付いてきた。


「気に入っていただけて光栄です。うちの職人が丹精込めて作ってはりますんで」

「これ、全部手作りなんですか?」

「もちろん」


 繊細に形作られた和菓子がすべて人の手で作られているというのは驚きだ。一体どれだけ特訓をすれば、こんな凄い作品を生み出せるのだろう。


「ここまでのものを作れるようになるまで、相当修行されているんでしょうね……」


 職人たちの苦労を想像していると、隣にいた雅母はゆっくり頷いた。


「うちでは一人前になるまでに少なくとも10年かかると言われてますから。うちで一番若い宗司そうじさんも、最近ようやく認められてきた頃やし」

「え? 宗司さんって25歳ですよね? 一人前になるには10年かかるんじゃ……」

「宗司さんは15歳から調理場に入ってますんで」


 雅母の言葉に絶句した。15歳なんてまだ中学生じゃないか。そんな時期から職人たちに混ざって修行をしていたなんて信じられない。


 千颯が呆気に取られていると雅母が言葉を続けた。


「職人たちの作った和菓子をお客様にお届けするのが私達の仕事です。大事な仕事なんで頼みますよ」


 淡々と伝えると、雅母は凛とした佇まいでカウンターの奥に移動していった。


(これは責任重大なのかもしれない)


 千颯はプレッシャーを感じながらも、仕事を全うすることを決意した。


*・*・*


 9時に開店すると、外で待っていたお客さんが一気に流れ込んできた。お客さんを前にすると緊張が走る。


「いらっしゃっせー」


 緊張のあまり初っ端から噛みまくる千颯。すると隣に立っていた雅母が目を丸くする。


「えらいけったいな挨拶をするんどすなぁ」


 直接的に怒られているわけではないのに、なぜかそれ以上に咎められているような気がした。


「す、すいません……」


 千颯は小さくなりながら謝る。その様子を見かねたみやびが、千颯のもとに飛んできた。


「千颯くん! 言葉遣いは丁寧に! お客様が来たら『いらっしゃいませ』。『おいでやす』でもええけど」

「了解です……」


 気を取り直して「いらっしゃいませ」と噛まずに挨拶をすると、雅母は合格と言わんばかりにすました顔で頷いた。


 開店直後のラッシュが過ぎると、客の出入りが落ち着く。その間に和菓子体験作りに振り分けられたチームは、隣に併設された体験コーナーに移動した。


 千颯はガラス越しに体験コーナーの様子を伺う。向こうでは宗司の指示のもと、道具を作業机に並べていた。


 宗司が何かを喋ったタイミングで、雅が楽しそうに笑う。その顔を見た瞬間、心の奥にもやもやと霧がかかった。


(なんだコレ?)


 二人が話している光景なんて当たり前のはずなのに、見ているとなぜか落ち着かない気分になった。見たくないのに無意識で目で追ってしまう。二人は何の話をしているのだろう、と勘ぐってしまった。


 仲良く談笑する二人をぼんやり眺めていると、いつの間にか愛未あいみが隣にやってきた。


「千颯くん、向こうが気になるの?」

「え?」


 不意に指摘されたことで、千颯は肩をびくっと飛び上がらせながら驚く。それから動揺を悟られないように笑った。


「いやー、気になるってほどではないけど。ただ、なぎが迷惑かけてないか心配になっただけ」

「ふーん」


 愛未は千颯の本心を探るように瞳の奥を覗き込む。咄嗟に視線を逸らすと、愛未はふっと千颯の傍に近付き、耳元で囁いた。


「雅ちゃんの初恋の相手って、たぶん宗司さんだよね」


 その言葉にドキッとする。それはまさにいま、千颯が考えていたことだったからだ。


 千颯が何も答えられずにいると、愛未は含みのある笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「あの二人って、結構お似合いだよね」


 愛未の言葉に悪意があるのかは分からない。だけど千颯を動揺させるには十分すぎる言葉だった。


「どうなんだろうねー。でも雅と宗司さんじゃあ、8つも歳が離れてるし、恋愛には発展しないんじゃないかなー?」

「恋に年齢は関係ないよ」


 愛未の迷いない言葉が、グサッと胸に突き刺さる。あまりにはっきり言い切るものだから、その言葉が真実かのように思えてきた。


 どう返そうか悩んでいた時、雅母のよく通る声が響いた。


「そこの二人、無駄話せんと仕事してください。手が空いたら棚の商品を整頓してくださいね」

「はい! すぐやります!」


 雅母にぴしゃんと注意されたことで、千颯は慌てて棚の整頓を始めた。

 箱を綺麗に並べている間も、先ほどの雅の笑顔が頭の中を支配する。


(なんで動揺してんだよ。雅が誰を好きでも、俺には関係ないはずなのに……)


 もし雅が本当の彼女だったら、他の男と仲良くしているのを見て面白くない気分になるのも納得できる。嫉妬するのは自然の流れだ。


 だけど雅は本当の彼女ではない。愛未との関係を修復するために彼女のふりをしてもらっている偽彼女だ。そんな相手に嫉妬するなんておかしな話だ。


(愛未が他の男といて嫉妬するのは分かるけど……)


 千颯にとっての一番は愛未だ。昨日だって愛未への恋心を自覚したばかりだ。


 きっと愛未が宗司と親し気に話していたら、自分は激しく嫉妬するだろう。言葉や態度には出さないかもしれないけど、不快な感情になるのは確かだ。


 これまでだって愛未が他の男子と話している現場を見て、嫉妬したことは何度もある。だからこそ、愛未に対して嫉妬するのは理解できた。


(だけど相手は雅っていうのは……)


 千颯は自分の感情が分からなくなっていた。

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