第59話 清水の舞台で

 千颯ちはや芽依めいは清水寺の正門まで辿り着いたが、雅たちと合流することはできなかった。


「おかしいな。もしかしてどこかで追い越した?」

「すれ違ったようには思えませんでしたけど……」


 二人であたりを見回していると、スマホが振動してメッセージの受信を知らせた。


『本堂まで来た。はよ追い付いてな( ˙꒳˙ )ノシ』

「はやっ!」


 みやびのメッセージに思わずツッコミを入れる。芽依の足を気遣ってスローペースで歩いていたけれども、そこまで差を付けられていたとは思わなかった。千颯は『それ以上動かないで』とだけ送って、本堂まで向かった。


 本堂をぐるりと一周して清水の舞台までやって来たところで、ようやく雅たちと合流できた。一安心したところで、なぎから小言を言われた。


「あー! 千颯やっと来た! もー、マイペースなんだから」

「お前が言うな!」


 自分の行動を棚にあげて千颯を非難する凪に腹が立った。膨らました頬を軽くひねると、凪は大袈裟に痛がった。そのまま芽依に泣きつく。


「うわーん! 芽依ちゃーん! 千颯がいじめるー」

「うーん……いまのは怒られても仕方ないような……」

「芽依ちゃんも千颯の味方か! 裏切り者!」


 苦笑いを浮かべる芽依を前にして、凪はわざとらしく泣き真似をした。


*・*・*


 それから凪は、芽依を連れ回して撮影大会をする。浴衣と観光地という組み合わせは、絶好のシャッターチャンスのようだ。雅も監視役として二人の後を追いかけた。


 千颯はあえて女子達の輪には加わらず、清水の舞台から夏の景色を見下ろしていた。空の青と木々の深緑が相まった景色は、蒸し暑さを忘れるほど清々しい。


 ぼんやり景色を眺めていると、誰かが隣で立ち止まる気配を感じた。視線を向けると、隣に愛未あいみがいた。


「どうしたの? 千颯くん」


 千颯は慌てて姿勢を正す。そして動揺を悟られないように答えた。


「どうもしないよ。ただ、夏だなって思っていただけ」

「ふふふ、何それ?」


 愛未はクスクスと笑いながらも、千颯の真似をして景色を見下ろした。千颯は景色を見るふりをしながら、愛未の横顔を盗み見る。


 清水の舞台から景色を眺める愛未。その姿を見たのは、初めてではなかった。


「そういえば、前に来たときは秋だったよね」

「へ?」


 不意に話を振られて、素っ頓狂な声を出す。しかしすぐに、愛未の意図を察した。


「前っていうのは、中学の修学旅行のこと?」

「そう」


 愛未は頷く。それから遠くの空を見つめながら、目を細めた。


「千颯くん、覚えてる? 中学の頃、私達ここで会ったよね」


 愛未の言葉で、当時の記憶が一気に蘇る。


 覚えているに決まっている。あの出来事がきっかけで、愛未への恋心をより強く自覚したのだから。

 

 中学の修学旅行では、千颯と愛未とは別々の班だった。本当は同じ班になりたかったけど、数ヶ月前の告白未遂騒動が尾を引いて、愛未に近付くのを躊躇っていたからだ。


 クラスメイトからの愛未いじりは収束してきたが、こちらから距離を縮めたら再熱するに決まっている。千颯はできる限り存在感を消しながら、班決めの時間をやり過ごしていた。


 別々の班になれば、当然一緒に行動することは叶わない。修学旅行当日、浮足立ったクラスメイトと共に予定された順路を回っていた。


 その間、千颯は密かに期待していた。どこかで偶然愛未と会えないかと。

 町家の角からひょっこり愛未が現われたらいいな、なんて都合のいい妄想をしていた。


 そして千颯の妄想は現実になった。この清水の舞台で。

 愛未は清水の舞台から、燃えるような紅の景色を眺めていた。


 その姿を見つけたとき、奇跡が起きたと思った。振り返った愛未と目が合った時には、運命だと確信した。どこにいても自分たちは必ず巡り合える。そんな小恥ずかしい妄想を本気で信じていた。


 過去の記憶を思い出していると、隣にいる愛未が言葉を続けた。


「修学旅行の時ね、ずっと思ってたんだ。どこかで千颯くんと会えないかなって」


 景色を眺めていた愛未が、こちらに視線を向ける。そしてふわりと微笑んだ。


「そしたら本当に会えた」


 愛未も同じ気持ちだった。そう分かった瞬間、身体の奥底から熱い感情が押し寄せた。愛未への想いが溢れ出して、制御が効かなくなりそうだ。


 中二の自分は何も伝えられなかった。ただ、遠くから愛未を見つめることしかできなかった。だけどいまは違う。千颯は当時の気持ちを正直に明かした。


「俺も、愛未のことを探してた」


 言葉にすると途端に恥ずかしくなる。顔は燃え上がりそうなほどに熱くなっていたけど、意思を強く持ってきちんと伝えた。


「ここで会えた時は、奇跡だと思った」


 愛未は目を丸くしている。大きくて澄んだ瞳を見ていると、感情を全て見透かされているような錯覚に陥った。


 好き、という言葉が喉元まで出かかった。だけど寸でのところで堪えた。

 その言葉を口にしたら、また壊れてしまいそうな気がしたからだ。


 息苦しさを感じながら愛未を見つめる。驚いた表情をしていた愛未は、次第に頬を緩めた。そして目を細めながら呟く。


「縁結びの神様って、本当にいるのかもね」


*・*・*

 

 清水の舞台を後にした千颯たちは、清水寺の境内にある地主神社に向かった。縁結びの神様が祀られているということもあり、凪を筆頭に女子達のテンションは上がっていた。


「地主神社って、恋占いの石がありましたよね? 石と石の間を目を瞑って歩いて、辿り着けたら恋が叶うっていうやつ!」

「そやねー、観光客には人気やね」

「せっかくだし、みんなでやりましょー!」


 凪は瞳を輝かせながら、恋占いの石に駆け寄った。


「愛未ちゃん! もうちょい右やで!」

「え? こっち?」

「そうそう! そのまま真っすぐ!」


 愛未は雅にサポートされながら、対面の石まで辿り着いた。その瞬間、嬉しそうに表情を緩ませる。


「ついた! これって成功?」

「成功、成功! これで愛未ちゃんの恋は叶うなぁ!」


 雅が笑顔を浮かべると、愛未もつられて笑った。すると凪も愛未のもとに駆け寄る。


「愛未さん、辿り着くの早っ! 私は結構苦戦したのに」

「凪ちゃんは良い人が現われるまで時間がかかりそうやな」

「むー! そういう雅さんだって、1回じゃ辿り着かなかったじゃないですか!」

「うちも恋愛には縁遠いタイプなのかもなぁ」


 凪と雅は、顔を見合わせて笑っていた。


 恋占いの石の願掛けを終えると、一同は拝殿に向かう。柏手を打ってから、静かに祈りを捧げた。


 千颯はさりげなく愛未の横顔を盗み見る。愛未は目を閉じながら、静かに手を合わせていた。その横顔を見つめながら、千颯は願った。


(いつか想いが届きますように)


 真っ先に願ってしまうのは、やっぱり愛未のことだった。傷つけられても、弄ばれていても、やっぱり千颯は愛未が好きだった。


 隣で手を合わせる愛未は、何を願っているのだろう? 自分と同じ想いだったらいいなと、妄想せずにはいられなかった。


◇◇◇


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京都観光はいったんこちらで終了し、次回からは雅宅でのお泊りエピソードになります。


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839


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