第60話 恋バナ暴露大会

 観光を終えてみやびの家へ戻ると、雅母が夕食を準備して待っていてくれた。季節の野菜や魚を使った家庭料理がテーブルに並んでいる。


「わぁー! 京都のおばんさいだぁー!」

「美味しそうですね! 見た目も凄く綺麗!」


 なぎ愛未あいみが絶賛していると、雅母はテキパキと小皿を分けながら「たんと召し上がれ」と声をかけてくれた。


 雅母の手料理は、ほっと和むような優しい味わいだった。以前雅に食べさせてもらったお弁当の味と似ている。雅の料理は、お母さん直伝なのだろう。


 ふと、食卓を見渡すと、朔真さくまの姿がないことに気付いた。


「そういえば、朔真さんはどうしたんですか?」


 千颯ちはやが尋ねると、雅母は表情を変えずに答えた。


「本家に行く言うてました。しばらくは向こうに泊るそうで」

「どしたんやろか、お兄ちゃん」

「さあ?」


 雅と雅母は、顔を見合わせながら肩をすくめた。


「本当にどうしたんでしょうね……」


 まさか自分に恐れをなして逃げ出したとは微塵も想像していない千颯だった。


*・*・*


 夕食を済ませた後は、順番にお風呂に入ることになった。前回の失敗を踏まえて、千颯はお呼びがかかるまで脱衣所には近づかず、リビングでじっと待機する。その甲斐もあり、今回はトラブルなく風呂を済ませられた。


 風呂上がりにタオルで髪を乾かしていると、部屋着姿の凪に強引に腕を掴まれた。


「ちょうどいいところにいた! 千颯も来て来て!」

「来てってどこに?」

「私達の部屋」


 千颯は有無を言わさず凪、愛未、芽依が使っている客間に連行された。


 凪が障子を勢いよく開けて「千颯も連れてきたよー」と告げると、愛未と芽依は一気に表情を明るくした。その一方で、雅からは「なんで来とるん?」と言いたげなジトっとした視線を向けられた。


 千颯を部屋に押し込めると、凪は拳を突き上げながら宣言した。


「ではでは、お泊り会恒例の恋バナ暴露大会を開催しまーす!」


 わー! パチパチー! と盛り上がったのは愛未ただ一人。芽依は「ひえっ!」と悲鳴をあげ、雅はうんざりしたような表情を浮かべていた。当然、千颯も乗り気ではない。


「……いや、この流れはどう考えても俺がいない方がいいやつじゃん」


 千颯が逃げようとすると、凪にがっしり腕を掴まれて逃亡を阻止された。


「こういうのは男子がいた方が盛り上がるものなの! いいから座って!」


 畳を指さして座るように促す凪。逃げるに逃げられない状況になり、千颯は溜息をつきながら部屋の隅で腰を下ろした。


 そのやりとりを見ていた雅が、深々と溜息をつく。


「ホンマに流されやすい男やなぁ。そんなんじゃ、将来心配になる」

「……返す言葉がありません」


 雅の言うことがもっとも過ぎて、千颯は小さく縮こまった。

 周りの空気を読むことを知らない凪は、意気揚々と話を進める。


「んじゃあ、トップバッターは芽依ちゃん! サクッと暴露しちゃってくださいよ!」

「わ、私から?」


 突然指名された芽依は、びくっと身体を跳ね上がらせた。戸惑う芽依に構わず、凪はぐいぐいと詰め寄る。


「芽依ちゃんはこの前彼氏と別れたんだよね。あれから進展はあったの? ほかに好きな人とかできた?」

「す、好きな人!?」

「おっと、その反応は怪しいぞ! 本当に好きな人ができたんじゃないの?」


 ウザ絡みする凪に戸惑いながら、芽依はチラチラと雅の顔を伺う。すべての事情を知っている雅は、とくに口出しせずにニコニコと微笑んでいた。


 その笑顔に怯みつつも、芽依は俯きながら真実を語った。


「好きな人は、いるよ……」


 その瞬間、凪は歓喜の声を上げた。それから凪は「誰誰誰?」とさらなる情報を求める。芽依が答えられずに戸惑っていると、愛未が話に加わった。


「芽依ちゃんは、その人のどこが好きなの?」

「どこが、ですか?」

「うん。芽依ちゃんがその人のどこに惹かれたのか知りたいな」


 愛未は芽依の想い人が千颯であることを知っている。知った上で、その質問を投げかけているのだ。


 事情を知っている雅は、素知らぬ顔でにっこり微笑む愛未に慄いていた。


(愛未ちゃん、エグイ質問するなぁ。本人ここにいるのに)


 案の定、芽依は顔を真っ赤にしながら俯いていた。そして俯いたままチラチラと千颯の様子を伺う。


 しかし千颯本人は、芽依の苦悩なんて知る由もなかった。


(こういうノリって面倒くさいな。話を振られないように気配を消して、忘れ去られた頃に逃げよう)


 なんて逃げる算段を立てていた。

 ステルスモードに入った千颯に構うことなく、話はどんどん盛り上がる。


「愛未さん、いい質問しますね! 誰とは聞かないから、どこを好きになったかだけでも教えてよー!」

「えー……そんな……」


 戸惑う芽依だったが、凪と愛未からの追求からは逃れることができない。答える以外に道はないと悟った芽依は、俯きながら蚊の鳴くような声で答えた。


「相手の気持ちに一生懸命寄り添おうとしてくれるところが好きです……」


 ほう、と納得した人物が二名いた。雅と愛未だ。

 声には出さなかったが、二人は芽依を賞賛していた。


(芽依ちゃん、よう分かっとるなぁ)

(うん。合格かな)


 事情を知る二人は、こっそり目配せをして静かに笑い合った。

 そんな中、一切の事情を知らない凪は両手を組みながら唸っていた。


「へー、立派な人がいるもんだねー」


 芽依の想い人が千颯であるなんて、微塵も想像していなかった。

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