第55話 京都の実家

「手伝いに来てくれてホンマに助かったわぁ。急なことやったから、臨時のパートさんも集まらなくて困っとったんよー」


 みやびに案内されてやって来たのは、京都の中心部に位置する相良家。

 瓦屋根の木造住宅は、京の街並みと調和するノスタルジックな雰囲気が漂っていた。


 そして外観の古めかしさとは裏腹に、室内は綺麗にリノベーションされている。東京のタワマンも立派だったけど、京都の家もそれに劣らないほど立派だった。


「想像以上に立派なお家で……」


 千颯ちはやが緊張しながら呟くと、ほかの3人も同意するように頷いた。


「そんなことあらへんよ。古いだけの家やから」


 千颯たちが圧倒されていると、雅の兄である朔真さくまがリビングに現れた。


 朔真は千颯の顔を見るとあからさまに顔をしかめたが、すぐに完璧な笑顔を愛未たちに向けた。


「いらっしゃい。店を手伝ってくれるんやって? 3人も手伝いに来てくれて助かるわぁ」


 1、2、3と数えてから、自分が頭数に入っていないことを察した千颯。苦笑いを浮かべていると、雅が朔真を睨んだ。


「お兄ちゃん! 千颯くんも頭数に入れてあげて!」

「ああ、陰が薄くて気付きまへんでした」


 この流れはある程度予想していたから、いまさら傷つくことはない。シスコンの朔真に、存在を認めてもらうにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 そっと溜息をついた後、着物姿の女性がリビングに入ってきた。その瞬間、千颯は背筋を伸ばした。


 着物の女性は丁寧にお辞儀する。


「はじめまして、雅の母です。急なことやったのに、バイトを引き受けてくれて助かりました」


 淡々とした口調で挨拶する雅母。流れるような所作が美しくて、千颯は思わず見惚れてしまった。


(綺麗な人……)


 キリっとした顔立ちで背筋をしゃんとして佇む雅母は、間違いなく美人の部類に入る。だけどどこか近寄りがたいオーラを放っていた。ほんわかした雰囲気の雅とは、少し印象が違う。


 千颯の視線に気付いた雅母は、不思議そうに目を丸くした。その反応を見て、千颯は慌てて頭を下げる。


「はじめまして。雅さんのクラスメイトの藤間千颯です」

「まあ、あなたが。雅からよう話は聞いてます」


 というのは、のことだろうか? 説明を求めようと雅に視線を送ったが、わざとらしく逸らされた。これはあまり良い評判ではないのかもしれない。


 千颯が挨拶を済ませると、なぎ愛未あいみ芽依めいも続けて挨拶をした。その間も雅母は表情を崩すことなく対応していた。


 一通り挨拶が済むと、雅母は淡々と告げた。


「お店に入るのは明日からになるんで、今日はゆっくりしとってな」


 雅母は頭を下げると、リビングから出て行った。

 ピリッとした緊張感が薄れると、雅はいつものほんわかした笑顔を浮かべた。


「せっかく京都に来たことやし観光でもしよかぁ うちで良ければ案内するで」


 その言葉でみんなの表情がパッと明るくなる。


「行きたいところとか、やりたいこととかある?」


 雅が尋ねると、凪はビシッと挙手しながら発言した。


「はいはーい! 私、着物着て京都の町を散策したいです!」


 いかにも観光客らしい発言に、千颯は苦笑する。京都の街並みを背景に綺麗な写真を撮りたいというのは女子の憧れなのだろう。


 とはいえ、いまから着物のレンタルをするのはあまり現実的ではない。「無茶言うな」と窘めようとしたところ、雅はあっさりと凪の願望を受け入れた。


「ええやん。うちの浴衣で良ければ貸すで?」

「ええ!? 良いんですか!?」

「かまへんよ。何着か出せるし、せっかくやからみんなで着よかぁ」


 雅の言葉で、愛未と芽依が顔を見合わせる。


「私達までいいの? 私、着付けとかできないけど」

「私も、着付けできません……」


 困惑する愛未と芽依に、雅はにっこり笑いかけた。


「ええよ。浴衣の着付けくらいやったら、うちでもできるし」


 雅の頼もしい言葉に、愛未と芽依はもう一度顔を見合わせる。はじめは遠慮していた二人だったが、雅が社交辞令で言っているのではないと分かると、素直にご厚意に甘えることにした。


「それじゃあ、よろしくね。雅ちゃん」

「任せとき!」


 トンっと胸を叩く雅。そんな女子達のやりとりを温かく見守っていると、思いがけず千颯にも火の粉が飛んできた。


「せっかくやから、千颯くんも浴衣着たら? お兄ちゃんに着付けてもらって」

「「え」」


 思いがけない提案に、千颯と朔真の声が重なる。ふと朔真の表情を伺うと、冗談じゃないと言いたげに顔を引き攣らせていた。


「雅。彼はええんやないかな? 男は浴衣なんて興味ないで?」

「お兄さんの言う通りだよ。俺は遠慮しておくよ」

「あんたにお兄さん呼ばわりされる筋合いはないんやけど」

「あ、そういうつもりじゃなかったんですけど、すいません……」


 朔真からチクリと刺されて思わず謝る。朔真の放つどす黒いオーラがひしひしと伝わってきた。


 しかし朔真は、表面上は紳士的に微笑んでいることもあり、凪と芽依には本心までは伝わらなかった。


「いいじゃん、千颯! せっかくだし着せてもらえば?」

「私も見てみたいです。お兄さんの浴衣姿……」


 二人からキラキラした瞳で見つめられると、断りにくい雰囲気になる。そんな中、雅が追い詰めるような発言をした。


「お兄ちゃんはもっと千颯くんに優しくしてあげて。明日から一緒に働くの分かっとるん? このままやと店の空気が悪くなるから、今日中に打ち解けといてな」


 そう告げると、雅は男二人をリビングから追い出そうとする。


「冗談やない! なんでこんな奴と仲良くせなあかんのや! 言っとくけどなぁ、お兄ちゃんはこんな男が彼氏なんて絶対に認めへんからな!」

「なんでいちいちお兄ちゃんに認めてもらわなあかんの? シスコンも大概にせえや?」

「シスコンちゃうわ! 僕は妹に変な虫が付かんように見張っとるだけや!」

「そんなら千颯くんが変な虫やないってことを、ちゃんと自分の目で確かめたってなぁ」


 雅は有無を言わさずに朔真をリビングから追い出す。それから千颯にも視線を向けた。


「千颯くん、うちのお兄ちゃん性格悪いけど、根は悪い人やないんよ。ちょっと相手したってなぁ」

「いやいや! 俺、完全に嫌われてんじゃん! こっから関係修復なんてどう考えても無理」

「まあまあ、そう言わんといて」


 千颯に藁にも縋る思いで愛未に助けを求める。愛未はすぐに千颯の視線に気付いてくれたが、両手を胸の前でグッと握って微笑むだけだった。


 声には出していなかったけど、口の動きから「頑張れ」と言っているのが伝わる。残念なことに千颯の味方はどこにもいなかった。


 そのままバタンとリビングから閉め出される。千颯と朔真は顔を引き攣らせながらお互いの顔を見合わせていた。

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