第三部

第54話 いざ京都へ

 一学期が終わり、夏休みが始まった。


 千颯ちはやはリビングのソファーで棒アイスを齧りながら、これまでの怒涛の日々を振り返っていた。


 始まりは、彼女だった木崎きさき愛未あいみに僅か1日別れ話を切り出されたことだ。ショックを受けた千颯は、愛未を見返してやりたい一心で、京都から転校してきた相良さがらみやびに偽彼女を演じてほしいと頼み込んだ。


 その後、愛未が蛙化現象に悩んでいることが発覚。紆余曲折ありながらも、愛未と和解することに成功した。


 一件落着と思いきや、愛未はなぜか千颯の愛人に立候補してきた。愛未いわく、愛人というポジションであれば蛙化現象は起きないとのこと。愛人という関係を成立させるためにも、雅には引き続き偽彼女を演じてもらうことになった。


 そして最近は、妹の友達である芽依めいからも妙に懐かれている。芽依がどういう意図で自分に近付いているのかは分からないが、好意を寄せられていると考えるのはやや自意識過剰な気がした。


 そんな波乱に満ちた日々も、夏休みが始まったことで一時中断となった。みんなに会えないのは少し寂しいけど、千颯の心に平穏が訪れた。


 穏やかな日々を享受していた時、不意にスマホが振動した。チラッと画面を見ると、京都に帰省している雅からメッセージが届いていた。


 内容を確認すると、そこには思いがけない言葉が並んでいた。


『千颯くん! 助けて!』


 思わずソファーから立ち上がる。その拍子に、棒アイスが床に落ちた。


 頭が真っ白になる。一体何が起こったというのだ?


 居ても立ってもいられなくなり、千颯は電話をかけた。すると雅はワンコールで電話に出た。


「助けてって、どういうこと?」


 挨拶もなしに本題に入る千颯。すると電話の向こう側から、雅の弱々しい声が聞こえた。


「千颯くん……うち、あかんかもしれん……」


 いつになく深刻そうな物言いに、千颯は焦る。


「あかんってどういうこと? なにかマズい状況になってるの?」

「相当マズいなぁ。うちだけじゃどうにもできひん」

「どうにもできないって……。俺に何かできることある?」


 雅の力になりたい一心でそう申し出ると、思いもよらない言葉が返ってきた。


「そんなら、ちょっとこっちに来てくれへん?」

「へ?」


 こっちとはどっち? 固まる千颯に、雅は詳しい事情を明かした。


 *・*・*


「まもなく京都です。今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございました」


 車内アナウンスが流れると、乗客はいそいそと手荷物をまとめる。千颯も網棚に乗せたリュックを降ろそうと席から立ち上がった。


 その瞬間、窓際に座っていた同乗者に思いっきりTシャツの裾を引っ張られた。


「京都だってよ! ヤバい、テンション上がる!」

「落ち着け、なぎ

「落ち着いてなんていられないよ~! だって京都だよ? キョート!」

「英語っぽく言うな。ほら、愛未と芽依ちゃんに笑われてるぞ」


 凪を窘めながら、向かいの席に視線を向ける。愛未と芽依は、千颯たちを交互に見ながら笑っていた。


「凪ちゃんがはしゃぎたくなる気持ちも分かるよ。私も京都は修学旅行以来だから楽しみ」


 口元に手を添えながら微笑む愛未。喧しい凪の言動を許容する微笑む姿は、聖女のようにも見えた。愛未の眩しい笑顔を目の当たりにして、自然と頬が緩む。


 すると愛未の隣に座っていた芽依も、二人の意見に同意するようにコクコクと頷いた。


「私も楽しみです。……お兄さんたちとお泊りできるのも」


 ポッと顔を赤くしながら俯く芽依。恥じらう様子が可愛らしくて、千颯はさらに頬が緩んだ。


 その表情を見て、凪が冷めた視線を向けた。


「なんだろう……兄が着々とハーレムを形成している気がするんだが……」


 その言葉を光の速さで否定する。


「何言ってんだよ! ハーレムなんかじゃないよ!」


 きっぱり否定するも、凪は疑いの眼差しを向けている。

 そこで愛未が面白そうに話に加わった。


「いっそのこと、凪ちゃんもハーレムに加わってみたら?」


 その言葉に凪はブンブンと両手を振りながら拒否する。


「ご冗談を! この人のハーレムなんてごめんですよ。確かに千颯は、兄とか召使にするには最高ですが、それ以上の使い道はありません!」

「おい、しれっと兄と召使を同列に扱ってんじゃねーよ」


 思わずツッコミを入れる千颯。いまの発言で妹からどう思われているのかがはっきり分かった。


 そんなやりとりをしているうちに、新幹線は速度を落としてホームに入る。うっかり乗り過ごさないように、急いで網棚のリュックを取った。ついでに愛未たちの荷物も降ろす。


「ありがとう、千颯くん」

「すいませんお兄さん。私の分まで……」

「いやいや、ついでだし」


 全員の荷物を回収したところで、4人は座席から立ち上がった。

 新幹線の扉が開くと、凪が真っ先にホームに降り立った。


「いやっほーい! 京都だ!」


 凪は目を輝かせながら、いまにも走り出しそうな空気を醸し出す。千颯は咄嗟に凪のリュックを掴んで引き留めた。


「走るなって! 頼むから落ち着いてくれ。それに分かってるのか? 今回は遊びに来たわけじゃないんだぞ?」


 千颯が窘めると、凪は頬を膨らましながら振り返った。


「もー、分かってるよー! 京都に来たのは雅さんのお手伝いをするためでしょ?」


 そう、千颯たちがはるばる京都までやって来た理由は、雅のお手伝いをするためだった。


 夏休みが始まって1週間が過ぎた頃、雅から重大な使命を受けた。実家の和菓子屋を手伝ってほしい、と。


 雅の母方の実家は、京都で和菓子屋を営んでいる。話に聞く限り、どうやら江戸末期に創業した老舗とのこと。


 そんな和菓子店が、この夏危機的状況に陥っていた。なんとパートのおばさまたちが夏風邪で次々と倒れてしまったらしい。


 幸い職人は無事だったため、和菓子の製造は問題はない様子。しかし、販売スタッフが圧倒的に不足していた。


 おまけに夏休み期間は、和菓子作り体験も企画しており、既に何件も予約が入っているそう。人手不足で通常営業もままならない状況では、イベントの開催も危ぶまれた。


 そこで雅は、千颯に助けを求めてきた。パートのおばさまたちの体調が回復するまでの5日間、和菓子屋でバイトをして欲しいと依頼された。


 時給1200円。交通費全額支給。宿完備。三食付き。

 雅から提示されたのは、十分すぎるほどの好待遇だった。


 それに京都というロケーションも悪くない。お金を貰いながら旅行気分が味わえるなんて最高だ。


 これと言って夏休みの予定がなかった千颯は、二つ返事で雅の頼みを引き受けた。


 そして雅は、凪、愛未、芽依にも声をかけていた。おそらく千颯一人では不十分だったのだろう。


 そんな事情から、千颯たちは遥々京都までやって来たのだ。


 京都駅に到着した面々は、人波に流されながら駅を出る。カラッと晴れた空を見上げると、京都タワーが視界に入った。


 思わず立ち止まり白いタワーを見上げていると、聞き馴染みのある声が耳に入った。


「みんなー、こっちやでー」


 声のする方向に視線を向けると、白のシャツワンピ―スをまとった雅がひらひらと手を振っていた。


 元気そうな雅の姿を見て、千颯は一安心した。


◇◇◇


本作をお読みいただきありがとうございます。第三部がスタートしました。

「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら★で評価いただけると幸いです。

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また、第三部は京都が舞台となっておりますが、あくまでフィクションなので実在する人物・団体等とは一切に関係ありません。ご了承ください。


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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