第53話 好きでいてもいいですか?
翌日、
しばらくすると、髪を綺麗にまとめた小柄な美少女がやって来た。芽依は慌てて駆け寄る。
「あ、あの! 彼女さん!」
芽依の声に気付いて、雅は振り返る。すると
「あーあ、芽依ちゃん! また千颯くんに会いに来たん?」
「いえ! 今日は彼女さんにお話があって……」
「うちに?」
雅は首を傾げながら芽依を見つめていた。
校門ではなんだからということで、雅に連れられて中庭のベンチにやって来た。芽依がどう切り出すか考えていると、雅は優しく話を引き出す。
「で、どないしたん? もしかして千颯くんのこと?」
芽依はコクコクと頷く。それから意を決して想いを打ち明けた。
「私、千颯さんのことが、好きです……。でも、彼女さんがいるのも分かってます……」
「あーあ……」
雅は困ったように苦笑いを浮かべる。その反応を見て、芽依は慌てて言葉を続けた。
「彼女さんと千颯さんとの関係を引き裂こうっていうわけじゃないんです! 私なんかじゃ、彼女さんには敵わないことは分かっているので……」
「そんなこと」
「いいえ! 気を遣っていただかなくて結構です!」
芽依はぶんぶんと両手を振る。雅は困ったような表情を浮かべた。
「そんなら芽依ちゃんは、なんでうちにそないな話を?」
雅は芽依の目的が掴めずにいた。
そこで芽依は、雅を呼び出した目的を明らかにした。
「彼女さんに認めていただきたかったからです。その……千颯さんを好きでいることを……」
「認める?」
雅は首を傾げる。すると芽依は、意を決したように言葉を続けた。
「私、相手のカッコ悪いところを見ると、すぐに気持ちが冷めてしまうんです。千颯さんといる時も、ちょっと冷めてしまう瞬間もありました」
「あーあ……。まあ、千颯くんやからなぁー……」
雅は妙に納得していた。思い当たる節があるのだろう。
だけど芽依が千颯に感じたのは、それだけではなかった。
「千颯さんに冷めてしまう瞬間もありました。でも、それ以上にカッコいいって思わせてくれる瞬間もたくさんあったんです。だからたとえ冷めたとしても、千颯さんだったら何度でも好きになれるような気がします」
その話を聞いて、雅は感心したように頷いた。
「千颯くんの良い面もちゃんと見てくれとるんね。頼りなくて情けないところもあるけど、あれはあれで優しくて男らしいところもあるからなぁ」
「は、はい!」
雅の言葉に、芽依は全力で同意する。
その反応を見て、雅はようやくこの話の着地点が見えてきた。
「要するに、芽依ちゃんは千颯くんのことが好きで、その事実を彼女であるうちにも認めてほしいゆうことか。簡単にいえば、彼女公認の片想い」
「そういうことです。千颯さんとの関係を進展させようとは考えてしません。ただ、傍に居られればそれでいいんです」
「なるほどなぁ」
雅は両手を組んで考え込む。目を細めながら何度か頷いた後、カラッとした笑顔を浮かべた。
「ええよ。千颯くんのことを好きでいても」
思いのほかあっさり承諾されたことに、芽依のほうが拍子抜けした。
「本当に、いいんですか?」
「なんやの? 自分から言い出しといてー」
「その……無理なお願いだと思っていたので……」
「まあ、普通の彼女やったら、ブチギレてるかもなぁ」
雅の言葉を聞いて、芽依はゾッとした。キレられなくて良かったと心の底から感じた。
青ざめる芽依を見つめながら、雅はにっこり笑った。
「うちは気にせんでー。推しの尊さを共感できる仲間が増えるのは、喜ばしいことやかならなぁ」
「推し……ですか?」
「せやで。推しは退屈な日々に刺激を与えるスパイスや」
雅の言っていることはイマイチ理解できなかったけど、千颯を好きでいることを認めてもらえた。
「ありがとうございます」
芽依は雅に深々と頭を下げた。
*・*・*
芽依が去った後、雅は中庭のベンチで空を仰いでいた。すると、聞きなれた声が背後から聞こえた。
「またライバルが増えちゃったね」
「愛未ちゃん……」
振り返ると、口元に手を添えて意味ありげに微笑む愛未がいた。
「聞いとったんかぁ」
「うん。二人が中庭に行くのを見かけて、気になって後をつけてきたの」
愛未に見られていたのは誤算だった。芽依のことは雅だけで処理しようと考えていたからだ。
「勝手なことして申し訳ないとは思ってる。愛未ちゃんからしたらライバルが増えたらかなわんよね?」
「いまさらライバルがもう一人増えたからって、どうってことないよ」
「大人やなぁ」
「雅ちゃんほどではないよ」
愛未はフッと笑いながら、雅の隣に腰掛けた。
「雅ちゃんはさ、千颯くんを独り占めしたいと思わないの?」
「独り占めしたってええことないやん。みんなでいた方が楽しい」
「それは友達の場合でしょ? 恋人は違う」
愛未の指摘はもっともだ。雅は言葉を詰まらせる。
困ったように笑う雅を見つめながら、愛未はさらに核心を突く質問をした。
「雅ちゃんはさ、千颯くんのこと本当に好きなの?」
その質問にドキッとする。
千颯のことは人として好きだ。一緒に過ごす中で、千颯の良い面も悪い面もたくさん見てきた。そのうえで、人として好きとははっきりと言える。
だけどそれが異性としての好きなのかと訊かれたら、返答に困る。友達としての好きと恋人としての好きの境界がイマイチ分からなかった。
だけどそんな心境を愛未に晒す必要はない。いまは千颯から与えられた役割をまっとうすることが最優先なのだから。
「好きやよ。それなりに」
雅はさも当然のように答えた。
「それなりに、か……」
愛未は癪全としない表情を浮かべていた。
これ以上、雅から本音を引き出すのは無理と判断したのか、愛未はベンチから立ち上がった。そして雅に背中を向けたまま言葉を続ける。
「もしもこの先さ、千颯くんを独り占めしたいと思う日が来たら……」
「来たら……?」
続く言葉を待っていると、愛未が勝気な表情を浮かべながら振り返った。
「正々堂々勝負しようね」
そう言い残すと、愛未はひらひらと手を振りながら去っていった。
愛未の背中を見つめながら、雅は考える。
「勝負かぁ……」
この先、千颯を独り占めしたいと思う日が来るのだろうか? もし来たとして、自分は愛未に勝てるのだろうか?
(愛未ちゃんには敵わへんやろなぁ……)
もともと千颯は愛未のことが好きだった。それはいまでも変わらないはず。愛未との関係を進展させたいから、こうして雅と偽の恋人を演じ続けているのだ。
千颯が自分に対して信頼を寄せてくれていることは分かっている。異性としても多少なりとも意識されているような気がする。
千颯の家に泊った日、妻のような存在と言われたのも、そういった心境があってのことだろう。
だけど愛未と自分を比較されたら負ける気がする。積み重ねてきた時間が圧倒的に違うからだ。
千颯にとっての一番は、きっと愛未だ。
「本気になったら負けやろなぁ……」
夕日に染まる空を見つめながら、ぽつりと呟いた。
千颯に本気になるのはやめよう。雅はそう決意した。
◇◇◇
ここまでをお読みいただきありがとうございます!第二部はこちらで終了となります。
「面白い!」「続きが気になる!」と思ったら★★★、「まあまあかな」「とりあえず様子見かな」と思ったら★で評価いただけると幸いです。
♡やレビューもいつもありがとうございます!執筆の励みになっております。
第三部の舞台は京都になります。雅の過去にも触れていきますので、どうぞお楽しみに!
作品ページ
https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839
【予告】
本作と同じ世界線のラブコメを近日公開予定です。(8/31に1話投稿予定)
クロスオーバーしている部分もあるので、本作をお読みいただいている方にはより楽しんでいただけるかと思います。
「ハグとも ~疲れたときにハグで癒してくれる友達ができました~」
クラスで3番目に可愛い女の子と、こっそりハグする関係になる話。
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